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【005】大馬鹿野郎の後始末

「この要塞は元々、先代の魔王ジギルネダスの時代に対人間用前線基地として築かれました。現在はその要塞を我々ダルフェリア魔王軍が接収し、西の守りとして運用しております」


 要塞の中を見て回る間、ドルベアが自分たちの居城について細々と説明を重ねていく。それによると、この要塞は魔王の本拠があるダルフェリアとやらの西に位置し、本軍西側の守りとなる最前線の要塞らしい。


 ドルベアの説明通り、ウルディア要塞の中を見て回った感想としては、前線基地を名乗るだけあって頑強な造りの要塞に思えた。


 外から城内に攻め入るには、俺たちが駆竜でくぐり抜けて来た正面門を抜けるより他はなく、その正面門の周りには防御用の塔が並んでいるため守りは硬い。


 また将校たちの居館となる建物は更に一段上にあり、その居館に入るには正面門から反対にある城内の橋を渡り、その先の門を更にくぐらなければならない。なるほど、よくできている。


 ……そう、よくできているのだ。一見すると。しかし見れば見るほど、この要塞のおかしな部分が目についてしまう。


「……その割には随分と……」


 ……明け透けに言ってしまえば、随分と田舎くさい場所だった。


 見てくれこそ立派な要塞だが、よくよく観察してみれば城壁の一部が崩れていたり、石材の壁や道は苔むしていたり、何なら石畳が割れて土が剥き出しになっていたり。


 或いはそのまま、長い間放置されていることを伺わせるように、雑草が伸び伸びと生い茂っていたりと、最前線の要塞というにはあまりにずさんすぎる管理の跡があちこちに伺えたのだ。


 これが今も戦時中であれば理解もできるのだが、敵らしい敵の姿は見えず、要塞のあちこちに配置された兵士たちにも前線詰めのような緊張感はない。それどころか、どこか気の抜けた雰囲気が充満している始末だ。


 むしろ、使用人と思わしき者たちの方が何故だかやけに緊張している。逆だろ、普通。


 どこからか漂ってくる厩舎きゅうしゃに似た獣臭さや土の匂いは、田舎生まれの俺にとっては懐かしささえ覚えるほどだった。


 さっきなんか階段の横に畑が出来ていたぞ。これが最前線? 冗談だろ。


 ――といった旨の意味を込めて、抗議の視線をドルベアに向けてみると。


 ついに観念したかのように、ドルベアは「……実は」と続きを話し始めたのだった。


「当時、ジギルネダスの命によりこの要塞の建造に着手したようなのですが……閣下もご存知の通り、人間はそれから一度も侵攻してきませんでした……また魔界にもこのような西の外れの要塞を気にかける者はなく……」


「この要塞が戦いに用いられたことは一度もない、と?」


「はい……」


 どことなく緊張感に欠けるのどかさの原因はそれか……


 つまるところ『対人間用前線基地』などと聞こえの良い名前を使っちゃいるが、このウルディアは魔界の僻地に築かれた時代遅れのオンボロ要塞というわけだ。


 それも下手すると一〇〇年近く使われたことのないただの置物。そりゃあ兵士だって弛緩する。


 思わずため息が漏れた。


「まぁ、そういうことなら状況は理解した。だが、そうなると……私はなぜここに派遣された? 生憎と詳細を聞かされていないのだが」


 まるで連絡に不備があったとでもいう風に肩をすくめて見せる。目的はもちろん、カイゼルが派遣された理由を探るためだ。


 まさか王国軍の動向が魔王軍に漏れている……なんてことはないと思うが、だとしてもカイゼルの前線赴任と時期が噛み合いすぎている。


 カイゼルのウルディア派遣と聖戦軍の侵攻・・がたまたま一致しただけならばそれで構わないのだが……


 しかし意外なことにミノンドロスは、まるでドルベアのように視線を泳がせて「ええと……その」なんて言い淀み始めた。


 何だ? と首を傾げて見せると、歯切れの悪い反応を見せて「……閣下。実は、一つお伝えしなければならないことが……」と、まるで重大な何かを口にするかのように話し始めたのだった。


「実は……閣下が魔王軍への参陣条件としてご提示なされた、魔将軍職へのお引き立てについてなのですが……」


 何だか聞き覚えのない単語が羅列され、一瞬思考が止まる。今、将軍職への引き立てを要求って言ったか? 誰が? 誰に?


「やはり武勲の誉れ高く勇名を馳せた閣下とは言えども、いきなり魔将軍への就任は反発が大きく……まずは準魔将としてこのウルディアに着任いただき、相応の戦果をもって正式に魔将軍に就任いただく……宰相のゲルバルト卿は、そうご決断なさいましたわ」


 お伝えするのが遅くなり申し訳ございません、と頭を下げるミノンドロス。


 しかし、俺の頭の中はいまだそのほとんどを混乱が支配していた。


 ええと……つまりどういうことだ?


「それは……正式に魔将軍になりたかったら何でも良いからこのウルディアで戦果を上げろ、ということ……か?」


 とりあえず聞き取れた部分だけを咀嚼すると、ミノンドロスが「はい、その通りでございますわ閣下」と頷く。しかしその場合、少々おかしなことになってくる。


「……この場所はこれまで一度も戦いが起きたことはないのだろう? ならばどうやって戦果をあげろと……?」


「それは……」


 沈黙。ミノンドロスの視線が泳ぎ、ドルベアの顔色がより一層悪くなった。それからもう少し待ってみたが、答えが返ってくる様子はない。


 二人――二体? 魔族を数える単位って何だ? 面倒だから人で良いか。とにかく、そんな二人の反応を見て俺はようやく彼らの事情を呑み込めた。


「どうやら……私はこの地に左遷されたらしいな」


 何らかの理由でカイゼルを味方に取り込みたかった魔王軍と、魔王軍の足元を見て法外ともいえる要求を行ったカイゼル。両者の戦いは、どうやら魔王軍に軍配が上がったらしい。


 カイゼルは魔王軍への参加と引き換えに魔将軍とかいう役職を望んだが却下され、指揮官という肩書を与えられながらも送られたのは魔界の極西。


 魔王軍は戦果を上げれば引き立てる、とまるでカイゼルを試すようなことを言っちゃいるが、このウルディアでは戦果が挙げられるほどの戦いもない。


 つまりカイゼルはこのウルディア要塞に封じ込めを喰らったというわけだ。


 魔王軍がカイゼルを取り込みたかった理由はわからないが、少なくともカイゼル本人が欲しかったわけではないのだろう。


 だから今、このウルディア要塞で、カイゼルは飼い殺しにされようとしているのだ。


「閣下、どうかお気持ちをお鎮めくださいませ。要求通らねば陛下を相手に一戦交えると仰った閣下のご覚悟、ゲルバルト卿とて軽んじているわけではございません。ただ、今少しだけお時間を頂きたいのです。閣下の魔将軍就任に反対する者たちを、説得するだけのお時間が」


 黙り込んだ俺を見て何を勘違いしたのか、ミノンドロスはすぐに膝を付いて、そしてドルベアも彼女に続いて、俺に頭を下げながらまたしてもとんでもないことを口走った。


 誰を相手に一戦交える覚悟だって?


 ……やっぱり俺は、成り代わる相手を間違えたみたいだ。


 カイゼルって奴は俺が思っていた以上に傍若無人な馬鹿野郎だったらしい。それも、特大級の大馬鹿野郎だ。


 自分の要求が通らなかったら魔王を相手に一戦交えるなんて、冗談も休み休み言ってくれ。


 もしこれが人間界での出来事ならば、今頃何かと難癖を付けられて謀反人として首を晒している頃合いだ。生きているだけ奇跡と言っていい。いや、本人は死んでるんだけど。


 それとも、それだけ滅茶苦茶なことをやってなお魔王軍相手に生き残れるだけの自信があったのか。


 どちらにせよ、こんな大馬鹿野郎を手元に置いておきたくないのは当然で、カイゼルがこんな僻地にすぐに飛ばされた理由も、そしてミノンドロスたちがカイゼルの顔を知らなかったのも頷ける。


 この要塞の兵士たちがやけに俺に対して下手に出てくる原因もこれか。


 そりゃあ魔王相手に一戦交える、なんて言いのけちまうような奴の機嫌を損ねたら、どんな扱いを受けるかわかったもんじゃない。


 そんな大馬鹿野郎をなんで魔王が欲しがったのかもわからないが、きっと何か目的があったに違いない。


 そして恐らく、その目的は果たされた。だからカイゼル本人は用済みになって、こんな僻地に押し込まれて飼い殺しにされようとしているわけだ。


 誰がどう見てもカイゼルの野郎が魔王軍に嵌められた構図に違いない。もう少しまともな交渉でもしていれば、まだマシな結果だったかもしれないのに……欲をかくからだ。


 今は亡きカイゼルの蛮行に頭を痛め、思わず眉間に手を当てる。俺はこれからこんな大馬鹿野郎の後始末を付けなきゃならないのか……


 とりあえずこの馬鹿げた要求を下げるところから始めなきゃならない。じゃなきゃ俺への監視が厳しくなる一方だ。


 そう思って口を開きかけた時、俺の背筋に何か薄ら寒い物が走った。そして少し遅れて思考が理由に行き当たる。


 ……待てよ、それってかなりまずくないか?


 つまり魔王軍にとって、カイゼルの存在は目の上のたんこぶって訳だ。もう要らないけど下手に手放せば軍の情報が外に漏れるかもしれない。かと言って手元におけば、いつ反乱を起こさないとも限らない。


 そんな不穏分子が組織内にいる場合、時の為政者たちはどうしてきたか。恐らく、行き着く先は人間も魔族もそうは大きく変わらないだろう。


「……ッ」


 俺の脳裏に、"粛清"の文字がよぎる。

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