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【041】戦いの果てに

 聖ルヴィア歴一六八五年。人類史における二度目の魔界侵攻、後に第二次聖戦軍と呼ばれる戦いの初戦は、聖戦軍総戦力のうち十分の一、二万にも及ぶ人命を一度に失う結果に終わった。


 ダルフェリアの魔王が放ったたった二発の魔法は、一瞬のうちに一万人余りを蒸発させ、南方聖戦軍は被害状況の確認すらろくに出来ないまま、魔界からの撤退を余儀なくされたのだった。


 撤退の道中で負傷者の脱落や魔物の襲撃、恐慌に陥った兵士たちの逃走などが相次ぎ、ウェグニード山脈中腹に布陣する南方聖戦軍本隊と合流する頃には、魔界侵攻の先鋒を担った二万の軍勢はわずか二千余りの兵しか残っていなかったと言われている。


 この被害によって南方聖戦軍の進軍は完全に停止。南方聖戦軍前軍の総指揮を採っていた騎士団長ルード・トゥイール・ボルグヴァーチカやその他指揮官級騎士複数名の戦死が確認され、行方不明者及び聖ルヴィア教会の司祭セレアート・ユリシースの捜索が打ち切られると、南方軍は事実上の撤退が決定された。


 今後南方聖戦軍はウェグニード山脈の補給路及び連絡線の維持に努めるに留まり、聖戦の行方は残る北方軍、そして東方軍の戦果に寄るところとなったのだった。





「はぁっ……! はぁっ……! 他に逃げ遅れた者は居ないか!」


 ウェグニード山脈道中、南方聖戦軍本隊へと至る道の中腹で、勇者ナインはその手に剣を携えて、味方の撤退を支援し続けていた。


 先ほどまで負傷者や彼らを支える者たちが次々とこの道を進み、その後ろから迫る魔物たちをひたすら討伐していたが、どうやらそれも一息ついたらしい。


「……さっきの人たちで最後みたいね」


 共に戦っていたダリアが辺りを見渡して呟いた。


「ああ……あれだけ居て、戻って来られたのはたったこれだけか」


 兵士たちが進んでいった先を見て、苦しそうに呟くリジーム。彼の言う通り、二万もの大軍勢で入った聖戦軍は、もはや見る影もない。


 今ここにいるのは、僅かばかりの生き残りだけだ。


「魔族の追撃が無かったおかげで命拾いしたわね。もしここで追撃をかけられていたら、一体どうなっていたことか……」


「あれだけの足を持っているんだ、追って来ても良さそうなものだが」


 二人が訝しむと、ナインは遠い目をして魔界の方角に視線を向けた。


「……きっと、彼が止めてくれたんだ」


 その呟きに、ダリアはまた険しい顔をする。


「彼って……さっきも言ってたわよね。何者なの、あの魔族」


 真実を知らないダリアが問う。ナインは一瞬言うべきか迷って、それでも決意した。彼女たちには真実を語るべきだと。


 経緯を話し、カイゼルの正体を告げた時、目を驚きに見開いて真っ先に動いたのはダリアだった。


「待てダリア!」


 咄嗟に彼女の腕を掴んだリジームを振り払うように、彼女は叫ぶ。


「離してリジーム! 本当にアイツが生きてるなら、早く迎えに行かないと!」


「冷静になれ、今迎えに行ってどうなる!」


「私は冷静よ!! このまま帰ったら、私たちはまたアイツを……! 独りで……っ」


 それ以上、ダリアの口から言葉が紡がれることは無かった。嗚咽を漏らし、涙を流すダリア。しかしそこにあるのは悲しみではなく、安堵の涙だった。


「生きてた……生きてたんだ……! 良かった……良かった……!」


 彼の死を最も悲しんでいたのはダリアだった。だからこそ、その分安堵も大きいのだろう。その場に崩れ落ち、静かに涙を流していた。


「だが……なぜだ? アイツはあの時、確かに……」


 ダリアの腕を離したリジームが静かに呟く。この場で最も年長の彼は、同時に最も冷静な思考を巡らせる大人でもあった。ナインが考えたくない可能性も、彼の中にはきっと浮かんでいるのだろう。


「……わからない。彼も、なぜ生き返ったのかわかっていなかった。彼が本人なのか、それとも……」


 ナインが呟くと、リジームは「そうか」と静かに呟いた。それから少しばかりの沈黙があって。


「……だったら、調べないとな」


 リジームはそう続けた。


「え?」


「アイツが生き返った理由だ。なぜ生き返ったのかわからなくとも、理由は必ずある。それならきっと、答えもこの世界のどこかにあるはずだ」


 普段物静かな彼が、しかし珍しく流暢に語る。その目に、声音に、確かな希望を宿して。


「アイツが自分の意思で魔界に残ったなら、俺たちはアイツの手が届かないところを……人間界を調べ尽くそう。魔界と人間界、その全てを調べつくせば、手がかりくらいは見つかるはずだ。きっとな」


 その言葉を聞いて、今度はぐすっと鼻を鳴らしたダリアが立ち上がった。


「……そうよね。アイツだって、私たちの仲間だもの。きっと一人でもしぶとく生き延びるわよ。だったら私たちも……こうしちゃいられない。そうでしょ、ナイン」


 涙で赤くはれていたが、それでも硬い意思の宿る瞳。彼女の目を見て、ナインは頷いた。


「……ああ、そうだね。それに、今回の聖戦にも腑に落ちないところがいくつもある。僕たちで調べよう、真実を」


 二人と視線を交わしてお互いに頷きあうと、やがてリジームは小さく笑った。


「ここからまた、俺たち四人で再出発だな」


 彼の言葉に、ナインは思わず「四人?」と問い返す。すると今度はダリアが笑う。


「指輪、あるんでしょ?」


 ああ、そういうことか。得心し、ナインは自身の懐を探る。


「……そうだったね。例え離れていても……僕たちは繋がっている」


 取り出したのは、ぼろぼろに歪んだ金の指輪。仲間の形見だったそれは、彼との繋がりを示す大切な絆になっていた。


 ナインの言葉を聞いて、まずはダリアが小さく笑った。


「アイツの事だから、きっと今頃『鬱陶しい奴らだな……』って愚痴っているわよ」


 するとリジームも、その言葉を笑って肯定した。


「だな。眉間に皺よせて、こーんな顔してんだろうな」


「はははっ怒られるよ、リジーム」


「そのくせ、結局最後はついてくるのよ。へそ曲がりでお人好しで、付き合いだけはいい奴だから」


「あはははははっ。うん、きっとそうだ……何だかんだで彼が一番お人好しだったからね……じゃあ、行こう。また四人で」


「ええ」


「おう」


 彼らは最後にもう一度だけ、魔界の空を見上げてその場を後にした。


 もう哀しみの影は、彼らのどこにも残ってはいなかった。





「人間と魔族、一緒に葬っても良かったんですの?」


 あの戦いの翌日。快晴の空の下、ダヴォザ湿地に赴いた俺たちはウルディア要塞の兵士たちと共に、戦死者の埋葬を行っていた。


 戦場には魔王の放った魔法によって抉られた二つの直撃痕と、戦いによって死んだ者たちの遺体が泥に塗れて残されていた。


 それでも魔法によって消された人間たちの残骸は何一つ残っておらず、二万の軍勢が壊滅したにしては、不気味なまでに死体が少ない戦場だった。


 僅かに残された人間と魔族の遺体を埋葬し、戦場跡の石碑を立てて、石碑に手を合わせ終わったところで俺は隣に立つミノンドロスを見上げた。


「ルヴィア教としては禁忌なんだろうが……まぁ、人間も魔族も死んだら全部あの世行きだ。どうせ同じ場所に辿り着くなら、送り方なんて何でも良いだろ、多分」


「そういうものですか?」


 不思議そうに首を傾げる彼女に、俺は「そういうもんだ」と返事する。


「それに……元はと言えば、俺が原因で始まった戦いだしな。ちゃんと俺が送ってやらなきゃならねえだろ」


 俺が呟くと、ミノンドロスは「……閣下がどんな選択をしても、この結果は変わらなかったと思いますわ」なんて慰めらしい言葉をかけてきた。


 頭ではわかっていた。あの時、俺が籠城を選んで聖戦軍との決戦を回避したとしても、結局は魔王が全てを消し滅ぼしたことだろう。


 むしろ俺が乱戦を選んだからこそ、味方撃ちを避けた魔王の攻撃が戦場のど真ん中を避けて、被害を最小限に抑えられたとも言い換えられる。


 それでも甚大な被害が及んだことに変わりはなかったが。


「――だとしても。俺は……自分の意思で、こいつらと……お前たちを、死なせることを選んだんだ」


 結局どんな言葉で飾り立てようと、その事実は変わらなかった。


 あの戦いが始まる瞬間、俺は自分自身の意思で聖戦軍を、そしてミノンドロスたちを死なせる決意をした。他ならぬ俺自身が助かるためだけに。


「けれど、それで救われた者も多数おります。もちろんわたくしもその一人。それで納得がいかないというのであれば……あなたがこれから、もっと多くを救えばよろしいのでは? そのための力はあるのですから」


 ミノンドロスはそう言って、俺に微笑みかけたのだった。

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