【037】因縁
「閣下、お待ちしておりました……!」
……最悪だ。どうしてこうなった。
「ヘッ、随分と良い時に現れるじゃねえか」
予定では今頃、聖戦軍に紛れ込んでとんずらかましてる予定だったのに。
「お前は……!」
「あの時の銀仮面……! まさか、アイツの仲間……!?」
「生き残りか……! 今度こそ討つ……!」
どうして俺は昔の仲間に殺意を向けられてるんだ。どうして俺は、よりによって最前線に立つ羽目になっているんだ。そして何より、どうしてこんなことになったんだ。
――いや、どうしてかなんて決まってる。そう、全てはセルジドールだ。あいつがまたやらかしてくれた。
『閣下。僭越ながらわたくしの方で全て手筈を整えております。どうぞ、後はお心のままに本懐をお遂げくださいませ』
一体何を勘違いしたのか、俺たちが反撃に出た途端、セルジドールはそんなことを口走り、どこに用意していたのか飛竜を持ち出してきた。
そしてあれよあれよという間に飛竜の背中に乗せられた俺は、気付けばこんなところまで連れて来られていた。
「閣下! ご武運を!」
俺を飛竜に乗せた魔族が、決め顔でそんなことを言い残して飛び去っていく。
どうやらあいつら、俺が勇者と決着を付けようとしているなんて与太話を信じているらしい。ふざけるな。
誰が人類最強兵器と一騎打ちなんか……!
だが、幸運だったのはこの場にミノンドロスとベルゼが居たことだ。ウルディア要塞最強の二人がこのに居れば、まだやりようはある。
こうなったら総力戦だ。ミノンドロスとベルゼをけしかけて、三人がかりで蹴りをつけてやる。
卑怯だと笑いたければ笑うが良い。俺は昔から、勝てる戦いしかしない主義なんだよ!
「ミノンドロス! ベルゼ!」
俺が名を呼ぶと、二人はすぐに返事した。
「承知しております! 勇者の仲間たちは我々が! 閣下は勇者との決着をお付けくださいませ!」
「いや違う、俺たちで力を合わせて――!」
「一番手柄は譲ってやるよカイゼル! こんなところでくたばるんじゃねエぞ!!」
「おいなんでこんな時だけ素直なんだお前は!」
「他の二体は私たちが引きつけるわ。だからあなたは――!」
「うん。僕があの銀仮面の相手をする」
「……任せた」
お前たちもかよ! こんなところで意気投合してんじゃねえよ!!
「待て、お前ら――!」
俺の叫びも虚しく、俺と勇者を残して他の奴らは場所を変えるように走り去っていった。
辺りでは未だ戦いが続いていると言うのに、なぜかこの場には俺と勇者の二人が取り残されていた。
そんなことってあるかよ……
呆然とする俺をよそに、勇者はゆっくりと剣を向ける。
「お前にはいくつか、聞きたいことがある」
その瞳に、様々な感情を入り交ぜて。
「……生憎と、私には無いのだがね」
嫌味まじりに答えてやると、それが意外だったのか、勇者は一瞬驚きの表情を見せた。
珍しいな、あいつが驚くなんて。
仕方なく、俺も腰から剣を引き抜く。もういい、諦めた。どうにでもなれ。
この際、ここまでこじれた俺たちの因縁に決着をつけてやる。
敵は人類最強。山場の相手としては不足なし、だ。
……本当、一体どうしてこうなるんだろうな。
◆
俺と勇者たちが初めて出会ったのは、俺がまだ生まれ育った田舎でもぐりの療術士をやっていた頃だった。
勇者様が魔物に襲われて怪我をした。すぐに助けに来て欲しい――隣村の奴らに叩き起こされ、真夜中の山道を走り抜けたことを今でもよく覚えている。
噂には聞いていた。女神ルヴィアから超人的な力を授かった勇者が、魔族たちの王を討つために旅立ったのだと。
なぜその勇者がこんな田舎にいるのかその時はわからなかったが、後々本人から聞いた話だと人間界のあちこちを旅して、魔物を討伐してまわっていたらしい。
魔王の影響なのか、魔物の活動が近頃活発化していて、隣村が魔物に襲われたのも王国軍の対処が遅れている矢先のことだった。
俺は覚悟した。魔物が村まで降りてきた場合、大抵は凄惨な光景を目にすることになる。魔物に食い散らかされた村人たちの残骸。赤く染め上げられた地面。倒壊し、人々を押しつぶす家屋。
生唾を飲み込み額の汗を拭ってようやく隣村にたどり着いた時、俺は目の前に広がる光景に愕然とした。
『おっ、勇者様は酒もいける口か! だったらもっと飲んでくれ!』
『ちょっとアンタ、あんまり勇者様に無理させるんじゃないよ!』
『いえ、ぜひいただきます』
『お姉ちゃん! これ私が作ったの、食べて!』
『わあすごい。ありがとう、美味しそうね』
『お兄さんすごい筋肉ね。やっぱり、騎士様ってすごいのね』
『いや……自分は元なので……今は騎士ではありません……』
『――なんだこりゃ?』
隣村の奴らが酒盛りしていた。村の中心で。見慣れない奴らと一緒に。
呆気に取られていた俺に最初に気づいたのは、勇者様、とやらに酒を勧めていたこの村の村長だった。最近代替わりしたばかりの、まだまだ働き盛りの陽気な男だ。
右腕を怪我したのか布でぐるぐる巻きにしていたが、それでも心底愉快そうに笑っていた。
『お、隣村の! 早くきてくれ! 勇者様が怪我しちまったんだ!』
頬を赤くした村長に手招きされ、俺は村の中央まで駆け寄るなりつい『……魔物は?』と呟いた。
すると村長が『勇者様が倒してくれたんだよ!』と村の外れを指さした。俺もそちらに視線を向けると、小屋と同じ大きさはあろうかと言う巨大な獣の亡骸が、首を落とされて転がっていた。
『勇者様が居なかったらどうなっていたか! ガハハハハハ!』
『凄かったんだぜ、剣で一撃だ!』
『俺ァもうダメかと思って、ルヴィア様にお祈りしてたぜ! ワハハハハ!』
そうして最後に、立ち上がった勇者様は苦笑いしながら俺に言ったのだ。
『君が隣村の療術士だね? 腕が良いって聞いてるよ。それで、早速で悪いんだけど……治せるかな。左腕が使えないと食べにくくて』
青黒く腫れ上がって、明らかに関節ではない場所から折れ曲がった左腕を掲げて。
『折れてんじゃねえか! 呑気に飯食ってる場合か!!』
それが俺たちの最初の出会いだった。
◆
二度、三度と振り抜いた剣を、勇者は難なくさばいていく。当然だ。こいつは勇者で俺はただの人間。そんな俺の剣がこいつに届くわけがない。
だが。
「悪いが勝たせてもらう!」
ナメるなよ勇者! お前の剣を、この目で何度見てきたと思っている!!
「ッ!」
振り抜いた先で、わざと剣から指を離す。すると案の定、勇者は俺の手元に視線を向ける。勇者は目が良い。その人並外れた動体視力は、或いは魔族すらも凌駕するほどに。
だからこそ、見えてしまう。俺の理外の行動が。本来あり得ない行動が。だからそちらに気を削がれてしまう。目で追ってしまう。
――それこそがお前の弱点だ。見え過ぎなんだよ、お前は!
「ハアアアアアッ!!」
勇者の視線とは反対側から、勇者の剣を蹴り上げる。剣を持ったままの勇者の右腕は、そのまま釣られて跳ね上がる。いくら目が良かろうが、見えていなければかわすこともできやしない。
これでトドメだ。俺は自分の剣と手首をつなげていた紐を引いて、勇者にその刃を向けた。
勝った――!
「――ッ!」
――だが、俺の剣は未だ勇者に届かなかった。奴はあろうことか、切り返した俺の剣先スレスレを目で追って、首をわずかに逸らすことで回避したのだ。
……いいや、まだだ。勇者ならこの程度できて当たり前だ。だから更にその次を狙う。
俺が態勢を崩したところに振り抜かれる勇者の剣。本来はかわすところだが、勇者はその回避動作を狙ってくる。ならば。
「はあっ!!」
「ッ!」
あえて踏み込む。
踏み込む途中で僅かに勇者の剣先がブレる。俺は構わず更に踏み込んで、剣先が俺の胸元から首筋、そして後ろに流れていく感覚を味わいながら空いた左腕で殴りつけた。
「がッ……!」
一撃を喰らった勇者は、思わずと言ったふうに二度、三度と後ろに飛び退る。
癒しの加護を前提とした捨て身の一撃。普通の人間なら負傷を嫌って真似しないだろうが、再生の力を宿した俺ならば迷わず選べる、即死だけを回避した不意打ちだ。
これまでの旅の中、どうやれば勇者に勝てるかを考え続けた俺の一撃が、ついに奴に届いた瞬間だった。
「はっ……はっ……」
時間にして僅か数瞬。だが密度は余りに濃い。あの一瞬の応酬で息が切れ、汗が一気に噴き出した。
だが、それでも俺の中に喜びはない。むしろ疑念が宿る。勇者のあまりの手ぬるさに。
――さてはこいつ、手加減してやがるな。
勇者が本気なら、恐らく俺は三度は斬られていたはずだ。今の一撃だって、不意打ちとは言えそのまま反撃できたはず。それをわざわざ取りやめてまでの時間稼ぎ……
これは、勇者が相手の出方を伺う時の戦い方だ。おそらく何かを見ている。俺の戦い方の何かを。魔族の戦い方を知ろうとしているのか? それとも……
「勝ちきれないか……さすがだな勇者」
勇者の目的を探るため、あえて言葉を投げかける。すると勇者は意外にも、俺の言葉に応えてみせた。
「……お前のその剣、僕が知る人物の剣によく似ている。いや、剣だけじゃない。太刀筋、不意打ちの掛け方、目線や意識の誘導、そして思考……だからこそ、僕はお前に問わなければならない。お前は一体――何者だ」
……あぁ、そうか。こいつが見ていたのはこれか。
そうだった。俺がお前の剣をよく知るように、お前は俺の剣をよく知っているんだったな。
まさか、それを見るためにだけに手加減してたってのか? 全く、随分と舐められたもんだな。
「……くくっ。くっくっくっくっ」
本当に、舐められたものだ。
「そんなことを聞くためだけに、わざわざ手を抜いてたのかよ。俺がお前に勝つため、旅の中でずっと考え抜いた技を、全て見切りながらか? ……前々から、そういうところが気に食わなかったんだ」
ついに観念した俺がそう告げると、俺の正体に気付いたらしい勇者は、その表情を驚愕に染め上げた。
「……まさか……」
「……あぁ、そうさ。何者だ、とは酷い言い草じゃないか。ついこの間まで、一緒に旅してたってのによ。そうだろ? 勇者」
「まさか、そんなはずは……! 嘘だ、ありえない……!」
「ありえるんだなぁそれが。俺はな、地獄の底から帰ってきたんだよ。お前たちに復讐するためにな……! お前たちに見捨てられた後、俺が魔界で生き残るためにどれだけ苦労したか想像がつくか?」
「ッ! それは違う! 僕たちは、君を見捨てたわけじゃ……!」
この期に及んでまだ保身に走るか……!
「何が違う! お前らは俺を魔界に残して、さっさと逃げ帰った! 俺が気に入らねえならそれでも構わねえが! やり方ってもんがあるだろうがァ!!」
まるでこうなるとは思っていなかったとでも言いたげな勇者に苛立ち、俺は再び勇者と肉薄する。剣を振り抜き、足をかけ、時には拳で殴りつけて襲い掛かる。
しかし勇者には先ほどまでのキレは無く、防戦一方。しどろもどろと言った様子で必死に俺の攻撃をさばき続ける。よほど俺が生きていたことが衝撃的だったらしい。
「違う! 君を見捨ててなどいない! ただ……!」
「ただ何だ! 俺が人間を裏切る羽目になるほどの理由があるなら言ってみろ!」
「……そんな……はずは……だって……君は……!」
その時、勇者は確かにそう告げた。
「君はあの時、確かに死んでいたんだ……!」
「……はぁ?」
全く持って意味のわからない、納得できるわけもないその理由を。




