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【034】本当の目的

「ミノンドロス様。閣下より、予定通り作戦を決行せよ、との連絡です」


 本隊からもたらされた知らせを読み上げた伝令に、ミノンドロスは頷きをもって返事とした。


 全身を赤の重鎧で固めた彼女は、彼女の特徴とも言うべき巨大な槌矛メイスを掲げて高らかに吼える。


「これより我々は神速をもって湿地を渡り、敵中央を突破いたします! 出撃!」


 直後、跨った駆竜の腹を蹴って、ミノンドロスは湿地へと突入した。


 彼女に続いて騎兵隊も続々と湿地へ突入する。やがて彼らはミノンドロスを先頭に、槍の穂先のように鋭く湿地の中を突き進む。


 彼女たちの跨る駆竜は、泥沼や水場に強いイダゾイト種。元々湿原を生息地とする彼らにとって、このダヴォザ湿地は棲家も同然だ。


 遥か遠方に見える人間の軍勢目掛け、一陣の刃となったミノンドロス隊が湿地を切り抜ける。


「進め! 敵陣を切り裂くのですわ!」


 その逃げも隠れもしないド派手な進撃は、当然すぐに人間の知るところになる。彼女たちの姿に気付いた中央の人間軍は、すぐさま反撃とばかりに鉄の雨を降らせてきたが、空から自由落下してくるそれらの鉄塊程度では、騎兵隊を止めるに至らない。


「こんなもの!」


 ミノンドロスが槌矛メイスを横薙ぎに振るえば、鉄の雨は勢いを失って沼地に落ちていく。


 攻撃のつもりだったらしいそれらの鉄と枝は、彼女に続いて湿地を駆ける騎兵たちに踏み抜かれ、いとも簡単にへし折れた。


 やがてカイゼル隊の攻撃によって足踏みし、団子となった敵中央部隊の姿がはっきりしてくる。こちらに向けて申し訳程度に鉄の板を構えているが、駆竜の突撃はその程度で止められるほど柔ではない。


「ハアアアアアアアッ!!」


 直後、激突。騎兵隊の存在に気がつきながらも身動きの取れない人間たちは、駆竜の突進を受けて鉄の板ごと吹き飛んで横倒しになった。


 強靭な足腰を持つ駆竜の突進だ、まともに受けて止められるはずもない。人間たちはその見掛け通り、軽々と蹂躙されていく。


 また、倒れた人間たちの上を駆竜たちは情け容赦なく踏み抜いて、反対側へと駆け抜ける。その時愚かにもミノンドロスの進撃を阻もうとした者たちは、もれなく彼女の槌矛メイスを味わうこととなった。


 敵陣を食い破り、戦場の西側へと躍り出た騎兵隊は、大きく旋回して再び突撃の構えを見せる。その時、遠方から見慣れた顔が現れた。


「よォ、随分と楽しそうじゃねエか!」


「ベルゼ殿」


 ミノンドロス同様に中央へ取って返してきたベルゼ隊だ。どうやら彼らも手筈通り動いたらしい。


「戦果は如何です?」


「上々。人間なんてしょせんはこんなモンか」


 ゲラゲラと下品な笑いを浮かべるベルゼに、ミノンドロスは少しばかりの不安を覚えた。まだ、例の勇者が出てきていない。


 本当に勇者が居るのであれば、彼が言うほどこの先も上手くいく保証はない、と。


 そうこうしているうちに彼女に続いて敵陣を駆けていた騎兵たちが、彼女の元へと集まってきた。


 丁度いい。そう思いベルゼに視線を向けると、ベルゼはすぐさま頷き返した。どうやら言葉は不要らしい。


「もう一度突撃を仕掛けますわ! 全軍、進め!」


 直後ミノンドロスが号令するなり、旗下の騎兵とベルゼ旗下の歩兵が一斉に敵陣へ突撃を仕掛けた。


 二度目の突撃は、一度目より遥かな破壊力を伴って人間軍へと襲いかかる。


 まるで土石流のような勢いで押し寄せた魔族の軍勢に、人間たちはただ押し流されるばかりだ。その衝撃たるや、幾人もの人間が文字通りに宙を舞ったほど。


 ミノンドロスとベルゼの両名が、その流れの先端を切り開き、邪魔する人間をことごとくに討ち取っていく。両者の通ったその後には、雪かきでもしたかのように人間の残骸で道ができていた。


 そうして敵陣を突き抜けようとした時、ミノンドロスはふと気づく。その視界の先に、見慣れない四つ足の魔物に跨った人間がいることに。


 首と足の長い魔物だ。そしてその上には、豪奢な鎧の人間がいる。ミノンドロスは直感する。あれは名のある将に違いないと。


 手綱を引き、竜の頭を敵将に向けて、すぐさま竜の腹を蹴る。隘路あいろでごった返す人間たちの上を、駆竜は易々と駆け抜けていった。


「覚悟!」


 短い掛け声と共に振り下ろされるミノンドロスの槌矛メイス。敵将は慌てて剣で受けようとしたが、彼女の槌矛メイスはその剣と四つ足の魔物ごと人間を叩き潰した。


「敵将! ミノンドロスが討ち取った!」


 物言わぬ肉と鉄の塊となった人間を見下ろして、ミノンドロスは高らかに宣言する。


 しかし将にしては随分と弱い。てっきり勘違いかとも思ったが、人間たちは途端に混乱して三々五々に逃げ散り始めた。やはり、名のある指揮官だったらしい。


 魔族にとって、指揮官と言えば力ある者の象徴だ。てっきりこの人間もミノンドロスやベルゼほどの力はあるものと思っていただけに、少々拍子抜けしてしまう。


 ――やはり人間はこの程度ですの?


 無知ゆえに人間の普通が測りきれない。しかし気を取り直したミノンドロスは、人間たちの混乱に乗じて悠々と敵陣を駆け抜けた。


 二度目の突破は、ろくな抵抗すら感じられなかった。


 騎兵が開いた敵陣の乱れに、ベルゼ隊が次々と襲いかかる。瞬く間に崩れていく敵の陣営。その光景を少し離れたところから眺めていたミノンドロスは、騎兵隊が集結する時を待っていた。


 再び兵が集まれば、三度目となる突撃で敵の前衛を完全に崩壊させられるだろう。そうなれば予定通り、全軍で敵の本陣まで攻め上がる。総攻撃だ。


 はやる駆竜を制しながらその時を待つミノンドロス。予想以上に嵌ったカイゼルの作戦を目の当たりにして、思い返されるのは開戦前に交わしたセルジドールとの会話だった。


『セルジドール殿、あなたは閣下のお考えをどう見まして?』


 それはカイゼルから今回の戦いにおける作戦と、各部隊の役割について説明を受けた日のことだった。


 各部隊の隊長、および副官級の者が集められた会議の後、ミノンドロスはいくつもの疑問を抱えたまま会議室を後にした。


 その道中で見かけたのが、今回自ら参陣を志願したミルドの民の取りまとめ役、セルジドールだった。


『これはミノンドロス様――』


 反射的に礼をしようとしたセルジドールを手で制すると、彼は廊下を歩むミノンドロスの隣に並んで続けた。


『――私のような無才では、閣下の高尚なお考えを理解するに及びません』


 それは彼もまた、カイゼルの考えを図りかねているということだった。


『やはりあなたにもわかりませんか……閣下の目的、敵をダヴォザ湿地に誘い込むその理由が』


 カイゼルは言った。人間の軍勢をダヴォザ湿地に誘い込んで挟撃を仕掛けると。そしてミノンドロスが疑問に思っているのもやはりその点だった。


『閣下はどうして、人間が湿地を渡れないと断言できるのでしょう。駆竜を使えないとしても、ベルゼ殿のように湿地を駆ける力を有している者が居るやもしれません。或いは人間が翼を持っていれば、閣下のお考えは破綻しますわ』


 カイゼルの考えは全て『人間は湿地を渡れない』という前提のもと語られていた。事実、会議の場ではドルベアから、人間が翼を有している可能性について言及もあった。


 それに対するカイゼルの答えは『そうか、そうなるのか』という呆れの入った言葉と、人間は翼を有していないという断言だった。


『……まるで閣下は、人間をよくご存知のようでしたわ。思えば宴の席でもそうでした。みなの人間に対する勘違いを次々と……それに今回の戦い方だって、初めて見る考え方ばかりですわ。閣下は一体、どこでこんな知識を得たというのでしょう? ミルドのあなたたちですら知らない、このような知識を』


 ミルドの民は元々、魔界における知識の収集を行っていた者たちだ。一般的な魔族より知識は深く、それは国を失った今も変わらない。


 だというのに、カイゼルの有する知識はそのミルドを遥かに凌いでいる。


『……私も、一般的な魔族よりは物を知っていると自負しておりますが……それでも全てではございません。閣下は私よりも見識が広く、お詳しいのでしょう。それに――』


 セルジドールはこほんと咳払いし、続ける。


『――閣下は、勇者とも戦われたとか。だとすれば恐らく、現状で人間に最も詳しいのは閣下のはず。そう考えれば何もおかしいことは無いのでは?』


 あくまでセルジドールはカイゼルの言い分を支持する姿勢らしかった。


『……本当にそれだけなのかしら』


 ミノンドロスの胸に宿る違和感。これが果たしてただの杞憂なのか、それとも……


『ただ……あくまでも私個人の、何の確証もない意見にはなってしまいますが』


 手詰まりになりかけた時、そう切り出したのはやはりセルジドールだった。何やら彼も彼なりに考えがあるらしい。


『構いません。何ですの?』


 ミノンドロスが促すと、セルジドールは『では』と続ける。


『閣下にはおそらく……この戦に勝利する他にも別の目的があるのではないかと』


『別の目的?』


『閣下の本当の目的……それは――』


「――ミノンドロス様。騎兵隊の突撃準備が整いました」


 その時、騎兵の準備完了を知らせる報告が入る。気付けば既に、自身の後ろには騎兵たちが隊列を組んでその時を待っていた。


 ミノンドロスは頷いて、すぐさま槌矛メイスを空に掲げる。


「これより、三度目の突撃を行います。この突撃を持ってベルゼ隊と合流、敵本陣へ駆けあがりますわ! 全軍、続け!」


 そしてミノンドロスは三度、戦場を駆ける。その胸に、カイゼルに対する僅かばかりの疑念を宿して。

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