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【031】咎の生

 一通りの報告を終えたところでドルベアは本陣を後にした。そんな彼の背中と入れ違うようにして、俺の元へとやってくる人影が一つ。


「長年魔界をさすらって参りましたが……このような戦いは初めて見ます。一体どこでこんな戦い方を?」


 セルジドールだ。ミルドの長たる彼もまた、今回の戦いに指揮官として参戦していた。彼には中央の魔法隊を構成するミルド隊の指揮を任せていたはずなのだが……


「故郷の師に学んだ。師は独学だと言っていたか」


 すると机の上の駒をまじまじと眺めながら、淵に沿ってこちらへ歩いてきていたセルジドールが顔を上げた。


「閣下の故郷と申しますと……確か、メンザミニアでしたか」


 どこだよそれ。ていうか何でお前が知ってんだよ。どれだけ有名なんだカイゼルって奴は。


「国境沿いの小さな村だ。山の中にあるような田舎だから、あまり知る者も居ないかもしれんな」


 肝心な部分をぼかして答えてやると、セルジドールはなるほどと頷いた。本当は人間界のウェグニード山脈ふもとにある小さな村なのだが……まぁどうせわかりゃしない。


 それにウェグニード山脈のふもとも、ある意味国境みたいなもんだろ。人間界と魔界のさ。


「それよりセルジドール。君は部隊の指揮に戻らなくていいのか? 間も無く戦いが始まるぞ」


 これ以上詮索されても敵わんと、今度はこちらが気になっていたことを問う。すると彼は「はい、そちらは問題ありません」と自信の垣間見える笑みを浮かべてみせた。


「部隊の指揮はザプマに任せております。あの者は私よりずっと鼻が効きますから、問題なくやり遂げるでしょう。ですから私は、ここで閣下のご采配を学ばせていただこうかと」


 ザプマと言えば、セルジドールの副官だったはずだ。あまり話す機会こそ無かったが、セルジドールに負けず劣らず生真面目な男だったと記憶している。確かに、あの男なら問題なさそうだ。


 しかし参ったな……せっかくミノンドロスを遠方に配置して見張りを剥がしたというのに、今度はセルジドールか。聖戦軍に紛れ混む際の邪魔にならなければいいのだが……


 まぁ、ミノンドロスよりは何とかなりそうだし、どさくさに紛れて遠ざけるか……


「そうか、わかった」


 顎を引いて短く返事し、今度は本陣から見える遠くの地平に目を凝らす。その先ではいくつもの旗が小さくなびき、黒い点のようになった人影が無数にうごめいていた。


「ザプマには例の話、伝えてあるか?」


 視線は正面を見据えたままに、声だけをセルジドールに差し向ける。彼が視界の端で頷いたのが垣間見えた。


「はい。予め用意した防護柵からは出ないよう伝えてあります。また、敵が射程に入り次第、まずは魔法障壁を開くようにとも」


「よろしい。我々の目的はあくまでも敵の足を止めて中央に引きつけることだ。無茶はさせるな。守りに徹するよう重々伝えておけ」


 今回の作戦はこちらの中央部隊がどれだけ敵の圧力に堪えられるかにかかっている。高度な魔法を操るミルド隊、そして徴兵した農兵たちの連携が肝要だ。


 両翼に展開するミノンドロスとベルゼにも既に作戦の概要を伝えてあるが、彼らは本格的な作戦を用いての戦いが初めてになる。予定通り動いてくれるかはわからない。


 念には念を押しておくか。


「ミノンドロス隊! ベルゼ隊!」


「は、はい!」


「はいただいま!」


 声を上げると、控えていた有翼種の者たちがすぐさま駆け寄って来た。ウルディア要塞に居た有翼種はドルベア含めて全部で五名。今回はその五名全てが俺の直轄で働いている。


 彼らはミノンドロス隊とベルゼ隊への伝令役を任せた者たちだ。


「両隊共に、合図まで敵と当たらぬよう伝えろ。くれぐれも違えることのないようにとな」


「しょ、承知いたしました!」


「承知しました!」


 不慣れな様子で返事した彼らは、すぐさま本陣から出て行くなりそれぞれの方角へと飛び立っていった。


 空を見上げ、彼らの姿を見送ったところで俺は再び地図に視線を落とす。


 馬を走らせるよりもずっと早く、情報の伝達を行うことが出来るのが彼ら有翼種だ。


 軍隊において、こうした素早い連絡手段は屋台骨とも言って良い。だと言うのに、彼ら有翼種が魔界で軽視されている理由。それは、魔族が作戦を必要としないという点に大きく関わっていた。


 作戦とは、戦いや任務において目標を達成するための大方針を指す。


 今回の戦場で言うならば、ガラエゴの奇跡になぞらえた奇襲を行う、という部分が作戦になる。


 だが、魔族はこうした作戦を必要としない。なぜなら目の前の敵とぶつかり合い、強い者が勝つのが魔族の戦いだからだ。必要なものは将兵の質と数のみ。小手先のからめ手は必要ない。


 おかげで作戦の周知にはひどく苦労した。ミノンドロスにもベルゼにもセルジドールにも、なぜそんなことをする必要があるのかと再三問われ、最終的には魔将軍の権限を使って作戦承認をごり押ししたほどだ。


 しかし、そうでもしなければ今頃、ベルゲート方面軍の最前線を『四〇〇〇騎狩りのカイゼル』が真っ向から駆け抜ける羽目になっていたことだろう。


 そう、人間では到底考えられないことだが、彼ら魔族の基準に当てはめると『総大将が最前線を駆け抜ける』なんてめちゃくちゃな戦い方が正攻法になるのだ。そしてこれこそ、魔族が作戦を必要としない最たる理由でもある。


 今まで見てきたように、魔族という存在は非常にいびつだ。見た目も強さも様々で、まるで別の種類の生物を魔族という括りに無理やりまとめたような連中だ。だからこそ、絶対的な力の指標が存在しない。


 人間にとって絶対の力とは何か。それはもちろん数である。


 どんなに個体差が広がろうと、所詮人間という枠の中でしか逸脱できない人間は、数こそが絶対の力となる。


 権力も財力も結局のところ、どれだけの数の味方を用意できるかの目安に過ぎない。


 ましてや個人の持つ力だけで戦局を変えることなど、到底できやしないのだ。


 しかし、魔族は違う。魔族は一人で数の利を覆すだけの力を持っている。


 ミノンドロスがそうであるように。ベルゼがそうであるように。或いは本物のカイゼルがそうであったように。魔族にとって、数は絶対的な力の差にはなり得ない。


 カイゼルが『四〇〇〇騎狩り』の異名を取ったことからもわかるように、魔族の中にはたった一人で戦況を覆すほどの力を持つ化け物が居る。


 そんな奴を相手にすれば、数は絶対の勝利条件にはなりえない。


 だからこそ、魔族は数以外の絶対的指標を必要とした。


 魔族にとって、王と呼ぶにふさわしい存在は誰で、何をもって王とするかを模索した。


 あらゆる姿、あらゆる価値観、あらゆる文化を有する多種多様な魔族を統べるに相応しいものは何かを探し続けた。


 その結果こそ、個人の有する力だった、というわけだ。


 故に彼らは細かな作戦を必要としない。彼らの戦いはあくまでも力の優劣を決めるためのものであり、将兵という名の力をどれだけ持っているかの力比べでしかないからだ。


 だから戦いは常に正面からのぶつかり合いとなり、そうなれば当然、作戦も必要なくなるという訳だ。


 なんとも動物的な、野蛮な考え方に頭を抱えたくなるが、魔族という種の歴史を知るとそうせざるを得なかった経緯が見えてくる。


 そんな混沌とした世界で権威なんて振りかざしたところで、そりゃあ役になんてたちゃしないだろう。


 それに、例え魔族の戦いに作戦という概念を持ち込んだとしても、きっとすぐに破綻することになる。


 何せ本物のカイゼルのような化け物がたった一人居るだけで、戦局は大きく変わるのだ。


 個人の動向に左右される作戦など何の意味も価値も無い。そんなもののために時間や労力を割くよりも、個人の力を頼みにしたほうが手っ取り早いというわけだ。


 そしてそんな彼らだからこそ、ドルベアら有翼種を必要としなかった。猛獣同士の戦いに鷹の目は必要ないのである。


 しかし今回は別だ。今回の敵は人間であり、知性ある生物同士の戦争だ。戦争において、翼の有無は可能性の有無に直結する。


 ドルベアたち有翼種の持つ力が今、俺の元で如何なく発揮されようとしていた。


「とはいえ……課題は山積みだな」


「課題ですか?」


 セルジドールがおうむ返ししてきたことで、この場には俺以外の者が居ることを思い出して首を横に振る。


 思わず呟いてしまったが、言葉通りの意味だ。彼ら有翼種は全員が文派であることもあって、戦いに全く慣れていない。


 前線に出ないとは言え、戦場独特のひりついた空気は、それだけで彼らを萎縮させる。


 まずはこの空気に慣れさせて、その上で他の課題を片付けていかなければならない。本格的な運用にはまだ時間がかかるだろう。今後の改善点だな。


 そこまで考えを巡らせて、自嘲する。今後の改善点とは何だ。この戦いで俺は人間界に帰るというのに。次なんてものは存在しないのだ。


「閣下……?」


 首を傾げるセルジドールを他所に、俺はひとしきり一人で笑って、改めて地図を眺めた。


 俺はこれから、俺が生き延びるためだけに、これだけの数の命を奪うことになる。


 人間も、魔族も、全て見境なく。だとすれば今、この戦場で最も醜く、最も利己的なのは他でもない俺なのだろう。


「……そろそろ時間だ。我々の戦いを始めるとしよう」


「は。カイゼル閣下のお力、存分にお振るいくださいませ」


 ならばせめて、胸に刻もう。俺が一体、何を踏みにじって生き延びたのかを。

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