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魔将軍カイゼルの受難  作者: 一代 半可
第一部 魔王軍の新任幹部
25/43

【025】最後の晩餐

 ベルゼと決闘した日の夜。俺は決戦を間近に控えた魔族たちを鼓舞するために、出陣式と称して宴を催すことにした。要塞の敷地内、星空の下で行われる食事会だ。


「その肉をくれ!」


「俺にもだ! あとそっちの串焼きも!」


「はい、ただいま!」


 ドルベアら文派が取り仕切る炊き出しは、要塞内に残る食料を大量に使った、豪華な食事になった。


 明日には集まった農兵を編成し、明後日早朝に要塞を発つことになる。


 恐らくこの戦いは最初で最後の決戦になる。戦場に持っていける最低限の食料以外は、今日明日で全て使い切る予定だ。


 食事を受け取った魔族たちは思い思いに席に着く。ただし机も椅子も無い、夜風に吹かれての食事。


 席と言っても彼らが仲間同士で輪を作り、地面に腰を降ろしただけ。そんな円陣が今は要塞内のあちらこちらに出来上がっていた。


 人間と言う共通の敵が現れたためか、表立った争いは見られない。だがこれまでの溝がそう簡単に埋まる訳もなく、文派や武派、ミルドと言った者たちはそれぞれの派閥に別れて交わろうとはしていなかった。


 やはり、すぐに和解とはいかないのだろう。今はとりあえず、問題さえ起こさなければそれでいい。


 一人で要塞内を練り歩きながらそんな光景を眺めていたら、見慣れた顔が俺の元へと駆け寄ってくる姿が見えた。


 ドルベアだ。


「閣下! お食事はされておられますか?」


 相変わらず痩せぎすで細い体をしているが、その表情は初めて会った時に比べて随分と晴れやかだった。


「ああ。頂いている。それと、遅くなってしまったが偵察の件、よくやってくれた。おかげで命拾いしたよ」


 肩をすくめておどけて見せると、ドルベアは愉快そうに笑う。


「お役に立てて何よりです。ですが、あのベルゼ様を倒してしまわれるとは驚きました。それも傷つけないよう手加減までして。これから戦いになることを想定した采配、お見事です」


 あ、そういう風に見られてたのね……本当に何もできなかったってことは墓まで持っていくとしよう。


「それより偵察の件だが、あれは君が直接見てきたのか?」


「はい。私はご覧の通り有翼種ですから、誰かに任せるよりは早いと思いまして」


 そう言ってドルベアは両腕に張った皮膜を広げてみせた。


 確かに、魔物がはびこる広野を抜けて湿地を渡り、山脈をのぼるくらいなら空から見下ろした方が早いというのは道理だ。しかしドルベアは「それに……」と表情を暗くして続けた。


「我々有翼種のほとんどは、このように体も骨も細く、武具も持てません。戦いのお役には立てそうにありませんから、せめてそのくらいのことはやりたいと思ったのです」


 ドルベアの言葉によって、俺の中には納得が生まれていた。


 おかしいとは思っていた。魔族の中に空を飛べる者が居るのなら、それは強力な戦力になる。


 空から岩を落とすだけでも効果的だろうし、もし魔法なんて使えたらそれだけで敵は混乱し、壊滅する。だというのにそのための部隊は影も形も見当たらないのだから。


 てっきりここが僻地で、はみ出し者の集まりだからいないだけだと思っていたが……ドルベアの言うように、翼のある魔族は戦いに向かないのだとすると納得だ。


 タカやワシ、或いは空を飛んで戦う魔物を思い浮かべてみても、戦いの基本は一撃離脱。武具を持ってぶつかり合うことは想定しちゃいない。そう考えてみると、動物の延長線上に居るような生態をしている魔族もそうであることは想像に容易かった。


 とは言えその一方で、飛竜のような魔族を乗せて空を飛べる生物もいる。この辺りの線分けは魔界独特で謎も多い。空を飛べるから弱いという先入観は持たない方が良さそうだ。


 なんて、魔族の翼について考えを巡らせている時だった。


「……何だ?」


「騒ぎ……でしょうか」


 少し離れたところから、誰かが争う声が聞こえてきたのだ。


 ドルベアと顔を見合わせ、頷き合う。きっとどこかで派閥別の争いが始まってしまったのだろう。声のする方へ小走りに向かうと、案の定ミルド族の男と文派と思わしき華奢な魔族が言い争っていた。


「もしそれが本当なら辻褄が合わないはずだ!」


「それは君の考えが……!」


「何の騒ぎだ。何があった?」


 辺りの野次馬たちをかき分けて間に割って入ると、俺に気付いた魔族たちは慌てたように跪いた。


「閣下……! その……このミルドの者が……」


「それはこの者が……」


 もごもごと歯切れ悪く言い淀む両者に首を傾げて見せると、やがて辺りに居た野次馬の一人が「そういえば、閣下は勇者と戦われたのでは……」なんて言い出した。


 その呟きが野次馬たちの間に広がっていく。


「そうだよ、閣下ならもしかしたら……」


「閣下に聞いてみようぜ……!」


 何だ? 何の話だ。話が全く見えんぞ。


 何故か期待に満ちた視線を一斉に浴びせられて困惑していると、先ほど言い争っていた二人のうち、まずはミルド族の男が俺に聞いてきた。


「あの、閣下、お教えください。人間は……人間とは、我々魔族を頭から喰らってしまうほどの巨体を持つ、大きな生物だと言うのは本当なのでしょうか」


「……は?」


 一体何を問われているのかわからず、素っ頓狂な声が出る。しかし続けて、華奢な魔族の方が口を開く。


「私が聞いたのは、大きな体を持つ生物だということなのですが……このミルドの男が言うには、竜のような強靭な体を持ち、強力な魔法を繰り出す、醜悪な外見をした生物だと……」


「我々ミルドの伝承では人間はおぞましく、狡猾で、そのうえ卑怯だと伝えられています。ですからきっとそのような見た目なのだろうと思っているのですが……」


 すると今度は野次馬たちが、堰を切ったように一斉に喋り出す。


「むかし母さんがばあちゃんから聞いた話なんだが、奴らは俺たちを巧みな嘘で騙して後ろから襲って来る卑怯な奴らだとか……」


「もし人間が飛竜のような翼を持っていたなら、ダヴォザ湿地を飛び越えてこの要塞まで一気に攻め寄せてくるのではありませんか?」


「いや、人間は四本脚で駆竜みたいに走るんだ。昔、人間を見たって奴が言ってたぞ」


 彼らが語るのは、荒唐無稽こうとうむけいにも思える人間の噂の数々だった。その噂を聞かされている俺はと言えば、開いた口が塞がらない思いだった。


 なんだそれは……こいつら、人間をどんな化け物だと思っているんだ……


 思わず頭を抱えたくなってしまう。この騒ぎは魔族たちが思い描く様々な人間像に食い違いがあったのが原因か……!


 きっと人間を知らない魔族たちの憶測や噂が、数十年の間に誇張されてとんでもない人間像を生み出してしまったのだろう。


 確かに、敵を知って正しく恐れることは必要だ。敵を侮って大敗した強国の話は古今東西枚挙にいとまがない。


 だが、必要なのはあくまでも正しく恐れること。彼らのそれは少々行き過ぎている。今までの話を統括すると、人間は巨大な体を持った醜悪な化け物ってことになってしまう。


 これを真に受けた魔族たちが怯えて、脱走に繋がる可能性だってあり得る。戦う前から敗走されてはこっちも困るのだ。ここは何とかして、彼らを落ち着けなくちゃならないか……


「……なるほど、よくわかった。では、私が見た人間の話をするとしよう」


「おぉ……!」


 俺があえて勿体ぶってこほんと咳払いすると、魔族たちは興味津々と言った様子で姿勢を正す。そして俺が促すと、俺の周りに次々腰を下ろした。


「さて……どこから話すべきか」


 あまり詳しすぎるとその理由を突っ込まれるし、かと言ってあんまり適当を言えば戦いの際に邪魔になる。加減が少々難しいところだが……


「では、見た目の話から……! 遠目からではありますが、私が見てきた人間は鉄の体を持っているように見えました……!」


 すると、いつの間にか周りと一緒になって腰を下ろしていたドルベアが、手を挙げると同時に声を上げた。


 ドルベア、お前もか。


「見た目か、良いだろう。まず、鉄の体と言うのは間違いだな。きっとそれは鎧だ。我々がそうするように、奴らも鎧を身にまとう。そもそも、人間はそこまで大きな体は――」


 それから俺は、魔族たちが次々投げかけてくる人間像に対して、少しずつ訂正を加えていった。


 中にはむしろこちらが驚かされるような魔族の常識に触れることもあり、改めて彼らが人間とは全く違う文化に生きる者たちなのだと思い知った。


 ……と言うか、こいつらの噂を野放しにしていたら、そのうち人間が魔王より強い化け物になりかねないな。


 そうして魔族たちと言葉を交わしていると、いつの間にか周りには初めにいた者たちだけでなく、他のミルド族や文派の者たちに加え、武派の者たちやミノンドロス配下の騎兵たちまで集まって、俺の話に耳を傾け始めていた。


「じゃ、じゃあ、人間は魔族を好んで喰うって噂は嘘なのか!?」


 武派の魔族が驚いたように声を上げれば。


「誰が流したんだそんな噂……そもそも君たち同様に、人間だって魔族のことを知らないんだ。好むも何も無いだろう」


「た、確かに……」


 ミルドの民が納得したように頷く。そんなことをやっているうちに俺を取り囲む魔族の輪は一層大きくなっていて、遠くの方では立ち見している者までいるほどだった。


 人間への興味は先日までの対立をも上回るらしい。未知に興味を抱くのは人間も魔族も同じなのだろう。


 活き活きとした表情の彼らを見ているともう少し話していたい気持ちになるが、そろそろ疲れてきたのも本音だった。そろそろこの辺りで少し休もうか……と視線を泳がせていた時だった。

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