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【023】精兵たちの戦備

 ……やりすぎた。というか、煽りすぎた。


 つい気持ちよくなって奴らを煽ってしまったが、それがどうもよくない方向に向かっている気がする。


 俺が魔族たちを焚きつけた後、彼らはそれぞれの部隊を率いて戦いの準備に入ったわけなのだが、その結果ウルディア要塞は異様な熱気に包まれていた。


「野郎ども! 覚悟はできてるかァ!!」


『ウオオオオオオァァァァーッ!!』


 城門の前から魔族たちの怒声が響き渡る。


「久方ぶりの戦場だ! 今日この時から、俺たちはベルゲート方面軍の尖兵となる! ただ切り裂け! ただ喰らえ! 敵を踏み越え蹂躙しろ! 無様な戦いを見せるなよ!!」


『ウオオオオオオァァァァーッ!!』


「これよりダヴォザ湿地へ偵察に向かう! 長年続けていた湿地訓練の成果を見せる時だ! 行くぞ、俺に続けェ!!」


『ウオオオオオオオオアアアアアアアアアアッッッ!!』


「……何あれ。こわ」


 視界の向こうでは、馬鹿みたいな熱気に包まれたベルゼ率いる魔族の歩兵部隊が、今にもはちきれんばかりの勢いと共に城門から飛び出していった。まるでこれから決戦にでも赴くかのような気勢だ。


 確かにベルゼ隊には湿地の偵察を依頼した。このまま聖戦軍が山脈を降りてきた場合、山脈のふもとに広がるダヴォザ湿地帯を通ることになるだろうという見立てからの判断だ。


 ダヴォザ湿地帯とは俺が目を覚ましたあの沼地の名前らしい。聖戦軍ほどの大軍が山脈を降りる場合、十中八九あの湿地を通ることになるだろう。


 だからこそ下見は重要なのだが……それはあくまでも下見。今湿地に向かったところで聖戦軍はまだ到着していないし、もし居たとしてもそれは少数の偵察部隊で、あそこまでの士気も必要ない。


 下手すりゃこのまま開戦しかねないな……人選――もとい魔選を間違えた……


「張り切っておられますわね、ベルゼ殿は」


「……ミノンドロス」


 ベルゼ隊の熱気の高さに気後れしていると、横から見慣れた赤い鎧が現れた。今回はご丁寧に兜まで被って、右手には槌矛メイスをひっさげている。


「張り切ってるとかじゃないだろあれは。何か危ない薬でも使ってるんじゃないか」


 ベルゼ隊の去った城門に視線を向けながら肩をすくめて見せると、彼女はクス、と小さく笑った。


「こんな僻地に左遷され、二度と日の目を見ることは無いと半ば諦めていたところに、手柄を挙げるには絶好の戦場と自分の力を評価してくださる将が現れたんですもの。誰だって張り切ってしまいますわよ」


 力を評価、ね……


「まぁ、士気が高いに越したことはないんだが……君のそれもそうか?」


 ミノンドロスが身に着けた兜を顎で示す。彼女も既に臨戦態勢。いつでも出陣できると言いたげだ。


「わたくしがこうしていれば、兵たちも自然と気が引き締まるでしょう? 中央から連れて来た者たちですから大丈夫だとは思いますが、念のためですわね」


「なるほど、頼もしい限りだな」


 できればその右手の獲物を下ろしてくれると心穏やかに過ごせるのだが。


「閣下こそ、この要塞に来られてから一度もその仮面をお外しになっておられませんもの。人間たちと戦いになること、ずっとわかっていらしたのでしょう? だから仮面を脱がなかった。わたくしの兜も閣下と同じですわ」


「そ、そうか……」


 違うと思うけど……


 ミノンドロスの相変わらずの勘違いに居心地が悪くなって、思わず視線を遠くへ逸らす。その先では丁度、大きな魔物を連れた兵士たちが続々と要塞の外へ出て行くところだった。


「あれは君の部隊か?」


「え? ……ああ。ええ、そうですわ。わたくしが中央から連れてきた精兵一〇〇騎に加え、元々この要塞に詰めていた騎兵二〇〇騎、合わせて三〇〇騎がわたくしの指揮下に加わります」


 騎兵三〇〇。決して少なくない数だが、敵の数が数だけにどうしても見劣りする。


 だが、見た目の迫力もある。走る巨大トカゲに跨る異形たちを、戦場で初めて見ることになる聖戦軍は、騎兵以上の衝撃を受けることになるだろう。この一撃が恐らく勝敗を決することになる。


「まぁ、騎兵っつっても馬じゃないんだけど……」


「何か仰いまして?」


「いや、何でもない」


 確か、竜とか言ったか。魔族たちが連れている大型の魔物に目を凝らす。


 やはり何度見ても、その姿は二足歩行する巨大トカゲだ。しかし、あの巨大トカゲはミノンドロスの重鎧を乗せたまま、湿地を難なく駆け抜けるほどの力を持っている。ただのトカゲではないことは確かだろう。


 ……一体何喰うんだろうな、あのトカゲ。


「それから、この要塞には連絡用と思われる飛竜ひりゅうが二騎おりました。うち一騎は既に魔王城へ援軍要請のため飛翔済み、残りのもう一騎はいつでも運用可能です。便宜上、今はわたくしの指揮下に入れておりますが閣下がお乗りになられますか?」


 その時また聞き慣れない単語が現れた。


「飛竜?」


 首を傾げる俺を見てミノンドロスが指さしたのは、要塞内にある厩舎きゅうしゃの一角だった。


 そこには先ほどの巨大トカゲに似た、しかし両腕には皮膜が貼り、まるで翼のようになった竜が鎖に繋がれて、肉を喰らっている最中だった。


 いや待て。今、飛翔と言ったか? まさか……飛ぶのか? あれが? しかも俺に乗れと? 冗談だろ……


 だがこれで得心がいった。随分と本隊との連絡が早いとは思っていたんだ。


 僻地だ僻地だという割に、一日二日で連絡のやり取りを出来るほどの距離なのかと疑問に思っていたのだが、まさか空飛ぶ魔物を手懐けていたとは……


 人間が未だ至っていない空の開拓を、魔族は既に成し遂げたということか?


 そういえばドルベアも空を飛んでいたな……魔族にとって、空は決して憧れに満ちた、大地を包み込むだけの青い空間というわけではないのだろう。


「閣下? 如何なさいましたか?」


「は……いや、何でもない。随分と立派な……竜だと思ってな。驚いていた」


「閣下にそう仰って頂けるのであれば、世話係も喜びましょう」


 肉を喰らい終わったのか、長い舌を伸ばして口の周りをべろべろと掃除している飛竜。その姿を見てふと、俺の脳裏にある考えが思いついた。


 ……アレに乗って帰れば良くね?


「なぁミノンドロス。因みに……仮に、なんだが。飛竜に乗ってウェグ――じゃなかった、大陸の背骨を飛び越えることは……可能だと思うか?」


 はやる気持ちを抑えてミノンドロスに問うと、彼女はまた笑った。


「面白い発想ですが、困難かと。飛竜の飛べる高度では山越えは不可能ですし、そもそも大陸の背骨には飛竜喰いが住まうこと、閣下もご存知でしょう?」


 ご存知ないのだが、名前からしてよほどの魔物が居るらしい。


「或いはこう、数を揃えて一斉に飛び立って飛竜喰いを惑わすとか……」


「それだけの飛竜を揃えるためにはまず、飛竜の食料を何とかしなければなりませんわね。彼らは肉食ですから数を揃えるのは少々骨ですわ。魔王軍本隊ですら同時に運用するのは五〇騎ほどが限界かと」


 肩をすくめるミノンドロス。どうやら飛竜を使って人間界を目指すことは困難で、最低限の編隊を組むことくらいしか出来そうにない。


 そうか……残念だ……本当に残念だ。


「……さて、そろそろわたくしも失礼いたしますわ。合流した者たちの訓練をせねばなりませんもの」


「そうか、わかった。ミノンドロス、君の働きに期待している」


 俺が最後にそう告げると、ミノンドロスは姿勢を正し、魔族式の敬礼をしてガッシャガッシャと自分の部隊へ戻っていった。いつも傍に居たからか、彼女の背中を見るのは新鮮な気分だった。


 ……君の働きに期待している、か。


「どの口で言ってるんだろうな、俺は」


 あまりに白々しい声かけに自嘲してしまう。本心では彼女の働きに期待するどころか、そもそも俺たちベルゲート方面軍が聖戦軍に勝利することすら難しいと思っているというのに。


 何せ、あまりに数が違いすぎる。


 伝承では魔族一体を討ち取るのに三人の犠牲を必要としただとか、魔王の力は万の軍勢にも及ぶだとか言われているが……


 それが正しいとした場合、俺たちベルゲート方面軍二〇〇〇の兵力だけで聖戦軍二万を倒せるか問われると誰もがこう答えるだろう。


 答えは否だ、と。それほどまでに戦場における数の利は大きい。


 戦いにおいて最も強い戦術は何か。それは当然、敵を包囲し殲滅することだ。より多くの面で敵と接触し、そのまますり潰す。包囲殲滅はその完成形であり、兵の数はそのまま、包囲の広さと厚さに直結する。


 敵の部隊を包囲し、敵の布陣を包囲し、敵の城を包囲し、敵の国を包囲する。人間は長い歴史の中で様々な戦略や戦術を考案したが、結局は包囲に勝る戦い方を生み出すには至らなかった。


 そしてそれは、魔族との戦いにおいても同じ話だ。


 いくら個人が強くとも、千の兵に囲まれればいずれ負ける。例え千の兵を揃えようとも、万の敵に囲まれればいずれ負ける。例え万の兵を揃えようとも、布陣した土地そのものが包囲されればいずれ負ける。


 より大きな盤面で敵を包囲し、敵を孤立させ、そしてすり潰す。これこそ絶対が存在しない戦場における唯一の絶対であり、必勝法とも言って良い。


 その正しさは少数で多数を打ち破る英雄譚が世に溢れていることからもよくわかる。出来て当たり前のことはいちいち後世に伝わらない。数差を覆すのはそれだけ難しい戦いになるという証だ。


 だからこそ戦略の基本はいかに敵を包囲し、いかに敵の包囲を破るかに主眼が置かれるのだ。その基本に基づけば、今回の戦いがどうあがいても五分になり得ないのは明白だった。


 とはいえ今回は聖戦軍が優位に立っている。人間の俺からすれば好都合だ。


 聖戦軍が勝てば、俺はどさくさに紛れて聖戦軍に加わるだけで後はどうとでもなるのだから。


 しかし、よくよく考えてみると実はそう都合よく行かないことにすぐに気付いた。


 もし今回の戦いで聖戦軍が勝利した場合、奴らはまず間違いなく魔界に留まることになる。これは魔王を討つまで終わらない"聖戦"なのだ。魔王軍の先鋒に勝っただけで終わるはずがない。


 そしてその時、次に戦うことになるのは魔王軍本隊になるだろう。


 魔王軍本隊の戦力は未知数。しかし確実なのは、僻地に追いやられた魔族の集まりである俺たちベルゲート方面軍を下回ることは絶対にあり得ないということ。


 或いは、あのカイゼルやベルゼのような化け物が魔王軍の本隊に無数に居たとしたら。もしくは魔王軍が数十万にも及ぶような大戦力を引き連れてきたとしたら。


 その場合、聖戦軍は間違いなく敗北する。それもただの敗北じゃない。七〇年前の”聖戦”の再来だ。人間を遥かに凌駕する能力を持つ、魔族たちによる蹂躙が始まる。


 聖戦軍が壊滅すれば、ウェグニード山脈を越えることはまず不可能。そして聖戦軍がウェグニード山脈を越えられなくなれば、俺が人間界に帰るための芽も今度こそ本当に潰えてしまう。


 聖戦軍と何とかして合流し、聖戦軍と共に人間界に帰ることこそ、俺が現状で唯一人間界に帰ることができる手段だからだ。


「……手を考える必要があるか」


 ただ負けるだけではダメだ。負け方を考えなければ。


 俺が生き残り、聖戦軍を退却させ、魔王軍本隊との決戦を避けて、そのうえで聖戦軍に合流して人間界に帰る。そんなことが出来る戦略を。


「……そんな都合のいい手、あるのか?」


 やはりこの場所には、俺の疑問に答えてくれる奴は誰もいなかった。

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