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【011】意外な結末

「実はな。ミルドの一族、その歴史を知りたいのだ」


 俺が目的を告げると、セルジドールらは一瞬の硬直の後に恐る恐る顔を上げて、それから視線を斜め上に彷徨わせて、たっぷりの時間を使ってからようやく答えた。


「……我らの歴史、にございますか……?」


 まぁ、そうなるよな。露骨に困惑した様子のセルジドールに頷き返す。


「ああそうだ。ミルドの歴史、特に七〇年前の"大侵攻"の折、一体何があったのかを聞かせてはくれないか」


 その意味を理解したのだろう。セルジドールたちの表情が瞬く間に凍りついた。


「そ、それは……それは、我らに裏切りの歴史を語れ、ということでございましょうか」


「ああ。君たちミルドの民が魔王を裏切り人間に味方した、その理由と真実が知りたい。一切の誇張も、一切のごまかしも無くな」


 もし、彼らミルドの民が今だに人間に味方する魔族であれば。俺の正体が人間であることを伝えれば、快く力を貸してくれるかもしれない。今回の支援はそのための先行投資だ。


 この要塞を抜け出し、強力な魔物がはびこるウェグニード山脈を越えて、人間界に帰る。俺一人じゃ到底困難な道のりも、彼らがいればもしかすれば。


 だからこそ、まずは真実が知りたい。七〇年前、一体何があって彼らミルドの民が人間に味方したのか。


 俺が決して冗談や冷やかしのつもりで聞いている訳ではないことが伝わったのか、セルジドールは一度目を伏せて……そして頷いた。


「……承知いたしました。我らミルドの民は長命ですが、それでも当時のことを直に知る者は多くありません。長老を連れて参ります。我らの中で唯一、あの戦いの真相をその目で見た者です。カイゼル様のご要望にもお答え出来ましょう」


 どうやら、俺の目的は達することが出来そうだ。それも、都合よく当事者まで居るとは。やはり運が巡ってきたらしい。


 セルジドールに「ああ、よろしく頼む」と頷いてみせる。すると彼は「はっ」と返事して、その後すぐにまた頭を上げた。


「それで……他には?」


 ……他?


 他、と言われて思わず疑問符が浮かぶ。他って何だ?


 ……まさか、ミルドの歴史を嫌々語らせるのだから、他にも何かよこせと……そういうことか? 存外(したた)かな奴らだな……嫌いではないが。


「他には何が?」


 食料や天幕、灯りや衣服に加えて、他に一体何が必要なのかセルジドールに問いかけると。


「……この者などは……?」


 セルジドールはどういうわけか、隣の女に視線を向けた。


 先ほど彼女が現れた時、随分際どい格好をしているなとは思ったが……セルジドールの恋人か何かか?


 仮にそうだとして、それを俺にどうしろと? 彼女を自由にしろとかそういう意味合いか?


 だが、ご覧の通り既にセルジドール共々解放済みだ。まさか、彼女の身を自由にする権利を寄越せってことか? さすがにそこまでは俺の領分じゃないと思うのだが……


「彼女は……君の同胞では?」


 認識が間違っていないか、改めて聞くと。


「え、ええ。その通りですが……?」


 セルジドールもまた、そう返事した。何故か困惑したような表情を浮かべて。


「???」


「???」


 おそらく何かが食い違っている。それはわかっているのだが、何が食い違っているのかがさっぱりわからない。こいつは何を言いたいんだ?


 何とも間抜けな時間ばかりが過ぎていく。セルジドールが一体どんな言葉を求めているのかわからず沈黙を続けていると、やがて俺たちの様子を見かねたのかミノンドロスが咳払いした。


「閣下はあなたたちミルドの歴史に興味があり、それ以外のものは求めないと、そう申しておられるのですわ」


 すると何かしらの誤解が解けたらしいセルジドールが、ハッとした表情を浮かべた。


「それは……本当に我らの歴史を語るのみでよろしいので……!?」


 初めからそう言っているだろうに。


「ああ、構わない」


「し、しかし……それだけでは我々が受けた施しに対して、余りに対価が釣り合わないのでは……」


「そうか? そもそも我々軍人が民を救うのに、それほど多くの理由は必要ないと思うが」


 すると俺の言葉の一体何に衝撃を受けたのか、セルジドールは驚いたように口を半開きにして硬直した。


 女の方に至っては今にも泣きそうになりながら口元に両手をあてている。一体何がどうしたというのか。


「民……我らミルドを、民と……?」


「……? それ以外に……誰が?」


 顔を見合わせるセルジドールとミルドの女。何やら意思疎通を図っているようだが俺にはさっぱりで、すっかり置いて行かれている気分になる。


 何なんださっきから。もしかして俺、何か変なことを言っているのか?


 不安になってミノンドロスに視線を送るも、俺の視線に気づいた彼女は呆れたように肩をすくめるばかり。


 俺が人間であることが疑われているわけではなさそうだが……何なんだ本当に。


「あの、私、みんなにこのことを伝えに行ってもよろしいでしょうか……!」


 そして唐突に、ミルドの女がそう声を上げたのだが……伝えるって一体何を? 誰に?


「そ、そうだな。よろしく頼むニニトゥーラ。カイゼル様は――いえ、閣下はしばしこちらでお待ちくださいませ……! すぐに長老をお連れいたしますゆえ……!」


 一方のセルジドールも慌てた様子でそう告げる。なんで急に閣下呼び?


 何をそんなに驚いているのか、彼らは少し慌てた様子で足早に俺の元を去っていく。何が何だかさっぱりわからず、俺は最後まで取り残された気分になった。


「……私は何か、おかしなことをしてしまったのだろうか」


「いえ、おかしなというか……変わっているとは思いますが」


 ミノンドロスからも何だか歯切れの悪い回答。なんだというんだ、一体。


 それから少しして。


『わあっ!』


「ッ!?」


 突然、少し離れた天幕から若い女たちの声が上がった。始めは悲鳴かと思ったが、悲鳴というにはあまりに喜色が滲み出ている。


 どちらかと言えば黄色い声、とでも表現すべきだろうか。何か嬉しいことでもあったのだろうが……


「なんなんだ、本当に……」


 魔族という奴らがますますよくわからない。





「長老をお連れいたしました、閣下」


 セルジドールが長老と思わしき老人を連れて戻ってきたのは、それから更に少しだけ時間が経って、ミノンドロスが退屈そうにあくびをした頃のことだった。


「お初にお目にかかります閣下。わたくしはミルドの一族、名をベズェラスと申します。まずは我らの同胞をお救いくださったこと、御礼を申し上げます。その対価として、七〇年前の歴史にご興味があるとか……」


 いかにも長老ですと言わんばかりの長髪と髭を蓄えた老人だった。七〇年前の戦いを直に目にしたといわれて納得できるだけの貫禄もある。疑っていたわけではないが、どうやら本当に当時の戦いを見てきた人物らしい。


「ああそうだ。教えてくれるか、何が起きたのかを」


 するとベズェラスはふうと一呼吸おいて、その長いヒゲをゆっくり撫でた。


「……ミルド以外の者に語るのは、長い生涯の中でも初めてのこと。まずはこの機会をお与え下さったことに感謝を……そしてこれから語るのは、我らミルドの民のみが知る真実。魔界の者たちは誰も知ろうとすらしなかった、我らの真の歴史。その全てをお語りいたしましょう」


 なんか……随分と重々しいな。まぁでも裏切りの歴史なんてそんなものか……


 そしてべズェラスは一呼吸置く。


「これは我らミルドの一族に伝わる、裏切りの真実にございますが……」


 と仰々しい前置きをするなり、突然目をカッと見開いて――


「我々は嵌められたのです……! あの卑劣なる人間どもによって……!」


「……ひょ?」


 ――まさかの切り出し方で、歴史の真実を語り始めたのだった。

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