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魔将軍カイゼルの受難  作者: 一代 半可
第一部 魔王軍の新任幹部
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【001】魔界に置き去りにされまして

『――はここに置いて行く――』


 混濁する意識の中、勇者アイツの声だけがはっきりと聞こえた。


 何も見えない一面の闇。おぼろげになる意識の端で、勇者アイツが俺を置き去りにしようとしていることだけ理解できる。


 この闇が自分の瞼の裏の世界なのだとわかったのは、瞼をいくらこじ開けようとしても体が全く言うことをきかなかったからだ。


『――!』


『――ッ』


 誰かの言い争う声。やがて言い争いは収まって、俺の意識も闇の中に沈んでいく。どうやら意見はまとまったらしかった。


 俺は自分の耳を素通りしていくそれらの音を聞きながら、ひたすらに訴え続けていた。


 ――俺は起きてる、置いていくな!


 しかし段々と気は遠くなっていき、瞼の闇が色を増す。そんな中、勇者アイツの声が近くで聞こえた気がした。


『――れは、もらっていく――』


 ――行くな、俺はまだ――!


 やがて離れていく勇者たち(あいつら)の気配と共に、俺の意識もまた遠くなっていった。





 思えば初めから、俺と勇者たち(あいつら)の間には酷い温度差があったんだ。


 片や田舎の平凡な村人。取り柄と言ったら生まれつき使える癒しの力――療術――くらいで、村人たちの傷や病を癒して日々食いつなぐだけのしがない凡人。


 片や女神ルヴィアの祝福を授かった勇者とその仲間たち。人々に見送られて盛大に王都を旅立ち、魔族の王を討つため戦いに赴いた人類の希望。


 本来出会うはずのない俺たちが出会ってしまったこと、それが全ての間違いだったんだろう。


 俺には人を救いたいだとか誰かを守りたいだとか、そんな崇高な願いがあった訳じゃない。


 ただ、旅の途中で俺の村に立ち寄った勇者に療術士としての腕を見込まれて、力を貸してほしいと頼まれただけ。


 始めは俺も乗り気じゃなかったが、国からの支援金がもらえるだとか様々な手当が付くだとか、今にして思えば都合が良過ぎる誘い文句の数々に心を動かされ、最後は村人たちの後押しもあって旅に同行することにした。


 だが、現実はそう甘くはなかった。


 勇者たちの旅はほとんどが慈善事業のようなものだった。寄る村寄る村その全てで人々に頼み事をされて、それを勇者が二つ返事で承諾するのが日常だ。


 特に、人間を襲う凶悪な化け物――魔物――の討伐は俺たちが受ける依頼の中でも危険なものばかりだった。


 俺たち一般人にとって、魔物との戦いは命がけだ。


 戦うことだけに全てを捧げたような生態をしている魔物は、人里に降りてくれば多数の死傷者を生み出してしまう。


 だから討伐には軍が動くが、軍の到着を待つ間にも被害はみるみると拡大してしまう。


 だから勇者は軍を待たない。俺を含めた勇者一行の四人だけで魔物を討伐しようとするのだ。


 結果、俺たちは命がけの魔物討伐にいつも付き合わされ、心身ともにぼろぼろになっていた。


 だと言うのに、勇者サマが「当然の事をしたまでです」なんて言った日には、村人が用意したわずかばかりの報酬すら受け取れなくなる始末だ。


 その村人の治療をしたのは他ならぬ俺だってのに。


 ……いや、それならまだいい。ひどい時には魔物による被害で明日の食べ物さえ失った村人に、自分たちの懐から金や食料を渡してしまうから始末が悪い。


 しかも、それをやっているのが『勇者アイツ』じゃなくて『勇者たち(あいつら)』だってのが始末の悪さに拍車をかける。


 俺を除いた三人全員がそんな調子だ。そしてその慈善は、同調圧力という名の無言の圧によって、もちろん俺もやる羽目になるわけで……


 おかげで勇者一行は、毎日毎日金欠金欠。


 森の中で魔物にいつ襲われるかとビクビクしながらの野宿なんて当たり前だし、酷い時には食事すらままならない。


 一生金に困らないと聞かされていた旅は、いつしか戦いと飢えと痛みにまみれた日々になり、俺の日常は支援金程度では全く割に合わない、奉仕と酷使と死に埋め尽くされた地獄の日々に塗り変わっていた。


 そんな俺と勇者たち(あいつら)の間の温度差が開くのは当然のことだったんだ。


 それでも仕事として三人の傷や病は治療していたし、頼まれれば無償で人々の治療も行った。本来なら金を取れるようなことも全てやった。そう、全てだ。


 ――だってのに。


「……だってのにこれが……その俺に対する仕打ちだってのかよ!!」


 天に向かって咆えた俺の声が、魔界の空に広がっていく。


 嫌味なほど澄み渡る青い空。心を逆なでするように高くのぼった陽。人っ子一人居やしない、どこまでも広がる不気味な湿地。


 戦いの痕と思わしき焦げ付いた岩や抉られた地面と、その中に転がる魔族たちの死体。それ以外には何も――そう、誰も居ない。


 置き去りにされた。


 その事実を理解した途端、足から力が抜け落ちて、体は地面に崩れ落ちた。


 四つん這いになった俺の顔が、地面に溜まった泥水に映り込む。汗と泥に濡れた、今にも泣き出しそうな情けない顔だ。


 ……最悪だ。


 最悪の気分だった。


 そりゃあ俺にだって、勇者たち(あいつら)の気に入らないところは山ほどあった。


 勇者は度の過ぎたお人よしだし、剣士の男は何考えてんのかわからねえし、魔法使いの女はとにかく口うるさい。


 どいつもこいつもムカつく奴らばっかりだ。だけど、それでも仲間だと思っていた。長い旅の中で、信頼を築けていると……そう思っていた。


「……クソッ……畜生……! 何なんだよ……! ここまで来て、ふざけんな……!」


 ぽつぽつと、泥水に水滴が零れ落ちる。ゆるゆると広がる波紋は、相変わらず澄んだ青空を揺らしていた。


 後悔とか、怒りとか、悲しみとか。そういう感情がぐちゃぐちゃに入り交ざって、ただただ歯を食いしばる。


 勇者たち(あいつら)と一緒に旅する中で、築き上げている途中だった信頼は全部崩れ去ってしまった。


 結局、人間はどいつもこいつも自分が一番可愛いらしい。あれほど人類救済に奔走した勇者でさえ、最後は手ひどい裏切りを選んだのだ。


 荷物の一つも残っていない辺り、奴らは金目のものはもちろん、俺の食料や寝袋なんかまで全部持っていったらしい。


 残されているのは俺が腰に下げていた、安物の鉄の剣一本だけ。


 きっと気絶した俺を運びながら移動するより、俺を置き去りにした方が安全だとでも思ったのだろう。俺の命より、荷物を優先したんだあいつらは。


 ――荷物を、全部?


 その時、なんだか嫌な予感がして、俺は自分の身や辺りをくまなく探し回った。


「……! ない……! ない! 形見の指輪が……!」


 そう、ジジイから貰った形見の指輪がどこにも見当たらなかったのだ。


 普段は指輪に紐を通して、首から下げていたにも関わらず、いつの間にか無くなっている。もう一度辺りを探して回ったが見つからない。


 おぼろげな記憶の彼方で、勇者の声が残響する。


『――れは、もらっていく――』


 まさか、あの時……!


「……ンの野郎……! どこまでもふざけやがって……!!」


 いつしか、泥に塗れた両手に力がこもっていた。


「何が勇者だ……! 何が魔王だ……! 何が人類救済だ……!!」


 今までの鬱憤が怒りに変わり。


 今までの信頼が憎悪に変わり。


 俺の中には、この魔界に置き去りにされたことに対するどす黒い感情が渦巻いていた。


「覚えておけよ……絶対に生きて帰ってやるからな……! 俺を見捨てたこと、必ず後悔させてやる……!!」


 この日、魔界に置き去りにされた俺は、たった一人ででも生き抜いてやるという覚悟を決めた。

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