第六話
「……成る程ね……未来で死んだ貴方の魂が近藤信竹に憑依した……というわけね。神降ろしと似ているわね」
巫女ーー白嶺零夢は近藤の説明に理解を示した。なお、襲った零夢だったが軍人である近藤にあっという間に組み伏せられたのは言うまでもなかった。
「それで……貴方はどうする気かしら?」
「どうする……とは……?」
「この国を亡国という運命を変える? それとも焦土とさせる?」
「それは出来ない!! 出来て……出来てたまるか!! この国は……この国は俺が生まれ、俺が死に、そして俺(近藤)が生まれた国だ!! その国を、その国をあの大統領の国に滅ぼされてたまるか!!」
零夢の言葉に近藤はそう吠える。吠えた近藤を見て零夢はニコリと笑みを浮かべる。
「ほら、言えたじゃない」
「ッ……」
「それが貴方の本心よ。大事にする事ね」
零夢はそう言って出涸らし茶を飲む。部屋は隙間風がビュービュー吹いておりその日の暮らしが精一杯な様子である。
「その白嶺君、両親は……」
「母は私を生んだ時にたまたま病気になってそのまま、神主だった父は幼い私を育てるためにカネを稼いだけど、結局身体を壊してそのまま……ね。だから神社も存続が出来ないから廃社になるのよ」
「そう……だったのか……代わりと言っては何だが……」
「待ちなさい」
近藤が何かを言おうとした口を白嶺は抑え込む。
「貴方は善意かもしれないが他の人が見たらどう思うかしら? 18になった女をたらしこむ男と思われるわよ?」
「構わない。俺の心を救ってくれた女を守るのが悪いかッ」
「ッ」
近藤の言葉に照れる零夢であった。その後、近藤は説得する事で零夢を保護という形に落ち着いたのである。なお後から零夢に聞いたところ、借金はなかったものの結局は風俗に身を落とすしかなかったようで近藤も一安心したのである。そしてこれで一件落着と思いきや翌朝、近藤の旅館に零夢が現れたのである。
「というわけで私も仲間になるわ。成る程、外国の女性を捕まえていたというわけね」
「………ノブ」
「は、はい!!」
「正座、そして説明」
「ヤ、ヤー!!」
「ほら、お前達は朝ごはんにしようか」
「グレイスママ、どうしてママはパパを怒ってるの?」
「なに、二人も喧嘩したい年頃なんだよ」
「そうなの?」
「そうだ。ちなみに余も後でパパと喧嘩するぞッ。パパには負け越してるからな!!」
「ふーん」
「ところでお姉ちゃんは誰?」
「フフ、貴女達のパパにお世話になるのよ。多分、ママになるわ」
「それってチャタレイ夫人の本と同じ?」
「チャタレイ夫人?」
「余の国の者が執筆した小説だ。卑猥だ」
「………似たようなモノね。てか貴女、それを子どもに聞かせているの?」
「英語を学ばせていたらいつの間にか読んでいたんだ!! だから余は悪くない!!」
ふんぞり返るグレイスであった。なお、ハンナの怒りは昼過ぎまで続いたのである。結局、零夢は近藤の家で居候する事になるのであった。
「あ、それと……」
零夢は筆で御札のような護符に何かを記入して護符にキスをしそれを近藤の背中にペタッと張り付けた。
「これは……?」
「私からのおまじないよ。私、『見る』事が出来るし、変な力があるからね」
「……聞かなかった事にするよ」
ニシシと笑う零夢に溜め息を吐く近藤であった。なお、これ以降は運が上昇したのかは知らないが近藤が具申していた各種兵器の予算増額が認められたりするのである。
そんな近藤だが、今日(1935年9月上旬)はアポを取って陸軍省を訪れていた。
「本日は突然の訪問、真に申し訳ありません」
「いやいや、海軍省内で何かと噂の近藤少将ですのでね」
会談の相手は陸軍次官の古荘中将であった。席に座った近藤は出されたお茶を一口啜り喉を潤してから持ってきた鞄の中から纏めておいた10数枚の大学ノートを古荘中将の前に出した。
「これは……」
「一先ず、中身を見て下さい」
近藤に言われ古荘中将は大学ノートを捲り中を一目すると表情を変えて近藤に視線を移す。
「こ、これは……ッ」
大学ノートに記載されていたのは敵国の戦車開発状況や戦車性能が記載されていたのである。
「私は以前、ドイツの駐在武官補佐官で滞在をしていました。その時にソ連の迫害から逃れてきた亡命ロシア人達と出会いました。彼ーー名をセルゲイと言っていましたが彼は特にソ連を恨んでいたようで第三国に情報を売り渡していました」
「……………」
「そのセルゲイが先日、日本に来日し私に此を渡して姿を消しました。彼は『可能な限りの努力をした。この情報を役立てほしい』と……」
「……話は分かりました。しかし、何故そのセルゲイ氏は日本に味方を……?」
「どうやら彼の父が日露戦争で旅順にいたようで……」
「何と、旅順にですか?」
「はい。その時に乃木閣下の第三軍と交流して我々に好意を持ったらしくいつか恩返しをしたいと言っていたようです。その父もソ連から脱出する際に殺されたらしく父の生前の言葉のために私に情報を持ってきたようです」
「うーむ……それで彼の行き先は分かりますか?」
「……残念ながら……ただ、彼は他の国にもこの情報を渡しているらしくどうやら色好い返事を貰えなかったらしいです。なので最後の頼みとして私に接触してきたようで……」
「成る程……セルゲイ氏には感謝しきれませんな」
古荘中将は笑みを浮かべる。
「分かりました。この情報は必ず活かす事を誓います。もし、セルゲイ氏と会えた時にはそう伝えて頂きたい」
「無論です」
頭を下げる古荘中将に近藤はそう言う。だがしかし、これは全くの嘘である。近藤はセルゲイ等というロシア人は知らないし会ってもいない、つまり近藤は戦車の情報を陸軍に渡すために架空の人物を造り出したのだ。
また、大学ノートにはソ連、アメリカ、イギリスの戦車開発状況や戦車性能が記載されており特にソ連のT-26軽戦車やBT-5快速戦車の情報は満蒙国境を抱える陸軍にも有り難かったのだ。
そしてこの情報ーー後に『S情報』と呼ばれる事になる情報は陸軍の戦車開発に大きな影響を与えるのは言うまでもなかった。
1936年(昭和11年)2月26日、その日は東京にも雪が降る日だった。しかし雪降る東京に昭和維新をせんとする陸軍青年将校達はクーデターを決行したのである。しかし、総理官邸に乗り込もうとしていた青年将校達が見たのは総理官邸を護衛する海軍陸戦隊であった。
「そんな馬鹿な!? 何故海軍が此処にいるんだ!?」
「情報が漏れていたのか!?」
「しかし此処で立ち往生していたら……」
「他の襲撃場所にもいるやもしれんという事か!?」
青年将校達の勘は当たっていた。近藤は『226事件』を知っていた事もあり2月24日には軍令部次長の嶋田中将と総長の伏見宮博恭王に「陸軍の青年将校達によるクーデター有り」を報告した。
「フム、クーデターか……」
「しかしね近藤君、情報をもっと精査をしないと……」
悩む宮様に嶋田中将はそう苦言を言うが近藤は反論する。
「その青年将校達が暴走をして皇居にまで押し入ったらどうするおつもりですか嶋田次長?」
「ッ」
近藤の言葉に嶋田は口を噤んでしまう。
「可能性は0に近いでしょう。ですが0では無いのです。最悪の事態も想像しなければなりません」
「最悪の……」
「事態……まさか!?」
「……場合によっては帝都で戦闘があるやもしれません。陸海軍の内乱が起こりうるかもしれません」
『……………………』
近藤の言葉に二人は顔を青ざめ宮様は直ぐに決断をした。
「分かった。非常事態だ、横須賀の陸戦隊に非常呼集をかけるのだ。直ちに部隊を編成して帝都に向かうのだ!!」
海軍は隠密に動いた。横須賀の海軍陸戦隊は直ちに2個中隊を編成し25日夕刻に帝都へ派遣、更には2個中隊を増援で25日の夜中に派遣したのである。これが事の顛末であったのだ。
結局、叛乱軍は陸軍省に参謀本部、警視庁等は襲撃出来たものの、肝心の総理官邸や高橋大臣邸に斎藤大臣邸の襲撃には失敗。丸込められそうになった陸軍省だが陛下が御自ら馬に乗り近衛師団を率いそうになったところで掌返しをして一気に叛乱軍の鎮圧に動いたのである。
これにより『226事件』は僅か2日で幕を閉じたのである。
「これも近藤君のおかげだな」
「いえ、違います。宮様と嶋田次長のおかげです」
「というと?」
「自分は情報を入手してお二人に具申しました。その具申を聞き入れて決断し陸戦隊を投入下さったのはお二人です」
事件後、神楽坂の小さな料亭で宮様、嶋田次長、近藤はそう話していた。
「なので私のおかげではありません。お二人のおかげなのです」
「そ、そうかね? いやぁハハハ」
「…………………(成る程……そういう腹か……)」
近藤の言葉に照れる嶋田次長を尻目に宮様は日本酒を飲みながら近藤の腹を確認したのである。その後、嶋田次長は近藤にたらふく飲まされ先に席を外すが宮様はまだ飲んでいた。
「……先の話だが、一先ずは君の功績というのは揉み消しておこう」
「……はッ」
「それで……見返りは何を求めるかね?」
「ッ(流石は宮様……か)」
ギラリと目を光らせて近藤を見つめる。近藤も思わず引きそうになるが耐えて口を開く。
「……各種兵器開発についてです」
「……案はあるのかね?」
「後日提出致します」
「フム。成る程、今日は酒の席だから持って来てはいない……か」
(ほんとは持って来ているけど……)
「まぁ良い。今日は酒の席だからな」
そう言って笑みを浮かべる宮様であった。
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