第四十話
分かっていても、小説の中だとは分かっていてもあの悲劇の回避するのは書きたかった。
「おのれジャップが!! よくもレイを殺しやがったな!!」
1944年7月上旬、ハワイオアフ島の太平洋艦隊司令部でビル・ハルゼー大将は親友であるスプルーアンス大将が戦死した事に怒り狂っていた。怒り狂うハルゼーを尻目にニミッツ大将は深い溜め息を吐いた。
「ビル、レイが戦死したのは私も悲しい。が、まだ戦争は終わっていない」
「分かっている……分かっている……だが、今日この日くらいは怒らせてくれ……」
「………………」
ハルゼーの悲しみな表情にニミッツは仕方なく、隠していたウイスキーを取り出して三人分を用意しハルゼーと二人で飲むのである。
ちなみに戦後、米海軍のインタビューに海軍大臣となっていた近藤はこう解答している。
「マリアナ沖? ありゃ失敗だよ失敗。上陸船団を叩けず空母を中途半端に叩いて終わったに過ぎない。敵将を討った? あれは海戦後に知った事だ、少なくとも『あ号作戦』に敵司令官を討つという目的は無かった。敵司令官を討てたのは偶然に過ぎないんだよ。それに敵司令官が乗艦している艦艇を知っていたらもっと違う戦法も取れていたよ」
それはさておき、米軍も侵攻の期間は止めてはいない。しかしながらマリアナ諸島の攻略は事実上延期となり代わりにパラオ諸島のペリリュー島とアンガウル島の攻略は予定通りに実施する動きであった。
そんな事よりも日本では主に陸軍が混乱状態をしていた。
「閣下!! 何故打通作戦の中止をなさるのですか!! 打通作戦はまだ完遂していません!!」
8月2日、大本営陸軍部作戦課長である服部卓四郎大佐は東條にそう主張する。彼はこの大陸打通作戦を企画立案をしており完遂出来ると自負していた。
しかし、東條は中止の撤回をしなかった。
「作戦課長、これは決定事項だ」
「しかしッ!!」
「……S情報だ」
「ッ!? ま、まさか……」
「欧州の独ソ戦でドイツが大々的に敗北したらしい。確認しているが……ドイツ軍は30個師団近くを喪失したとの事だ」
それは独ソ戦の中でもソ連軍が大規模な反撃を開始した『バグラチオン作戦』であった。ソ連軍は現時点(8月2日)でポーランドのカナウスールブリン線にまで到達、スターリングラードを守り抜いたワシーリー・チュイコフ大将の第8親衛軍、ポポフ中将のの第70軍等がワルシャワ東方20キロのヴィスワ川東岸まで進んだのである。東條もいくらS情報からだと言っても当初は懐疑的だった。
しかし、調べれば調べる程のドイツ軍の敗退に東條も真実だと判断するしかなかったのだ。だからこそ、東條は大陸打通作戦の中止を通知しその戦力をーーソ連軍の侵攻に一番の現実味がある満州に再配備する事にしたのである。
「ソ連軍も作戦が終了仕掛けているが、その戦力の半分はシベリア方面に回す算段らしい。既にシベリアにいる列車も西に向かっているとの事だ」
「ッ」
「これでも……これでも打通作戦を続けるというのかね?」
「……………………」
東條の言葉に服部は反論する事が出来ず、項垂れるしかなかったのである。かくして大陸における打通作戦中止は大陸中に駆け巡るのである。
「宜しい。我々の本来の目的はソ連軍を撃滅するにある」
中止命令と航空機の参謀移送により大本営の意向を確認した支那派遣軍司令官の畑大将は頷き、兵力の即時移動も含めた計画に移行するのであった。陸軍は打通作戦の他にも戦線の縮小を決断、上海や香港等の海岸地域までの撤退をも開始しその撤退は中国軍を惑わせる事にも成功するのである。
「日本軍が撤退した? 馬鹿な」
「何かの罠に違いない」
「日本軍だぞ? 絶対に我々を引き寄せて叩く腹だ」
中国軍の将官達はそう考え、日本軍が海岸地域まで撤退しても暫くは引き籠もって出てこようとはしなかったのである。
「しかし長官、よく陸軍を動かせましたね」
「あぁ……セルゲイの情報が来なければどうなっていたか……(セルゲイは架空だけどな)」
白石参謀長の言葉に近藤はそう頷く。8月以降、陸海軍は大陸戦線における位置的なものについては協議した上で決まっていた。
・大陸戦線は基本的に海岸地域まで撤退。以後、守勢とする。
・海岸地域に航空基地を置き、輸送船団の間接護衛を成し敵潜水艦への対処を行う。
等々が決定され、内地〜南方航路の輸送船団は間接的ながらも更なる航空支援を受けれる事になるのである。
そして8月21日、沖縄から10数隻の船団と護衛の海防艦隊が那覇港を出港し長崎へ向かう。この船団の中には沖縄が米軍の攻撃目標になる可能性が大として子ども等の疎開船が多く存在しその中にはあの悲劇として語り継がれる『対馬丸』も那覇国民小学校等の児童を乗せて航行していたのである。
敵潜水艦と接触したのは8月22日2135であり、接敵したのは船団の前衛を担っていた駆逐艦から護衛艦へと艦種を変更した護衛艦『蓮』と『栂』砲艦『宇治』であった。
「敵潜水艦の反応!!」
「至急、船団に連絡!! 対潜戦闘ォ!!」
「対潜戦闘ォ!! 爆雷調節深度120!!」
「ヨォーソロォー!!」
「用意良し!!」
「投下!!」
三隻は対潜戦闘を開始しジグザグ航行を行う。船団本隊も速度を上げて対潜戦闘に移行した。この時、疎開船団を狙っていたのは米潜水艦『ボーフィン』であった。『ボーフィン』は船団まで約5000まで近づいたが『蓮』等三隻の対潜戦闘により船団攻撃では無くなっていた。
「回避運動!!」
「漏水発生!!」
「漏水箇所を閉めろ!!」
「あぁ、神様……」
「更に爆雷来ます!!」
『ボーフィン』は最大深度の120mから更に140mまで潜ったが海上を航行している護衛艦『蓮』は爆雷深度調節を150mに変更していた。爆雷を投下し潜っていた『ボーフィン』の下方にて多数の爆雷が爆発し余波が『ボーフィン』を襲う。
爆雷の爆発が上方であれば被害はそこまで無く少ないが下方であればマトモに被害を被るのだ。『ボーフィン』は耐えていたがそれは2208までの事だった。
三隻の他にも駆けつけた海防艦『志賀』と『四阪』がトドメとも言える爆雷20発を投下、深度150で立て続けに爆発が起きれば『ボーフィン』も耐えきれなかったのである。
『ボーフィン』はその艦体を東シナ海に沈めるのである。
「そうか、疎開船団も護衛は強化しないとな」
柱島泊地に停泊するGF旗艦『高雄』で近藤は報告を受け安堵の息を吐いた。
(何とか『対馬丸』の喪失は避けられた……だが、まだまだ此処からだ)
この頃、陸海軍では陸海空戦力を結集して決戦するべく企図していた。この作戦は「捷号作戦」と呼称され、捷一号(比島)、捷二号(台湾、南西諸島)、捷三号(本州、四国、九州)、捷四号(北海道)の各作戦に区分されていたのだ。
なお、海軍では基地航空の第一航空艦隊は再編成の為に一旦は内地に戻しつつ被害が最小限の航空隊は台湾高雄にて編成完結した第二航空艦隊に組み込まれる事になる。
一方の陸軍でも8月中旬の整備を目途にフィリピン・台湾南部方面に約420機、台湾北部・南西諸島・九州方面に約150機、本土方面に500~600機、北島方面に150機の航空兵力を展開する計画を建ていた。
「白石、今から言う者達を呼べ。『捷一号作戦』の艦隊編成を煮詰めるぞ」
「分かりました。直ぐに呼びましょう」
「それで長官、我々を呼んだのは例の比島作戦ですか?」
「ん。まずは御茶でも飲んで喉を潤そう」
呼ばれたのは先のマリアナ沖海戦でも活躍した南雲中将、山口多聞中将、宇垣中将、西村中将であった。
「潜水艦等の偵察によって米軍はパラオ諸島の攻略を急がせている。そしてパラオ諸島が攻略されたら次はフィリピンを狙う」
「日本と南方地帯の遮断ですな……」
「フィリピンも防御陣地の構築は急がせているが……それでも何とか半年粘れば良い方かもしれんが、初撃だけは向こうに損害を与えたい」
「と言いますと?」
「……今回の『捷一号作戦』、我が海軍の目標は敵上陸船団だ。敵空母でも敵戦艦でもない。フィリピンを攻略せんがために上陸する敵陸軍の兵力を初撃で削る!!」
近藤はハッキリと告げたのである。
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