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第三十九話







「スプルーアンス長官は?」

「……崩壊した『インディアナポリス』の艦橋から脱出した者はいないと報告があります……」

「……そうか……」


 第七機動群司令官のリー中将は艦隊を臨時に纏めていた。本来の第五艦隊司令長官であるスプルーアンス中将は崩壊し海没した『インディアナポリス』の艦橋と運命を共にしてしまい司令部も全滅したのだ。なので参謀達も全くいない状況である。


「『レキシントン2』より発光信号!! 『我、攻撃隊発艦準備完了ス』」

「……威勢が良いのは分かるが今は艦隊を纏めるのが優先だミッチャー……」


 空母『レキシントン2』からの発光信号にリー中将は溜め息を吐いた。僅か2時間前、第五艦隊は第一航空艦隊からの攻撃を受けた。

 被害は軽空母『カボット』『カウペンス』『サン・ジャシント』が撃沈、同じく『ヨークタウン2』も先頃総員退艦が発令され波間に消えつつあった。『イントレピッド』は沈没の可能性は無いものの、機関故障し曳航する羽目になっていた。また、『バンカーヒル』も大破していたのである。

 しかしながら空母の被害はそこまでだったものの、人的被害がかなり高くついたのだ。重巡洋艦『インディアナポリス』は艦橋が崩落し海没、艦橋にいたスプルーアンス中将以下全員が戦死したのである。

 臨時に艦隊司令官となってしまったリー中将は一先ずは艦隊を纏める事を最優先としたがミッチャー中将は敵機動艦隊への攻撃を最優先としたのだ。敵機動艦隊(山口機動艦隊)の居場所は分かっていたのでミッチャーとしては飛行甲板だけでも叩きたい


「しかし司令……」

「分かっている。ミッチャーに攻撃隊発艦後は輪形陣を緩めないよう厳命をさせておけ」


 結局、リー中将はミッチャー中将の行動を容認しミッチャー中将は攻撃隊として戦闘機120機、艦爆116機、艦攻98機を出すのである。







「奴さんらはまだ諦めてない……流石はヤンキー魂と言ったところか」

「そのようですな」

「基地航空の再編は?」

「やってはいますが……被弾機が多いようで……」


 サイパン島沖を目指す旗艦『高雄』の艦橋で近藤と白石はそう話す。


「全く……功を焦った結果か……」


 近藤は溜め息を吐いた。基地航空の陸攻隊は水平爆撃のみとさせていた。実際に『三式独1.5(150番)トン滑空式誘導爆弾』を搭載していない一式陸攻二二型や銀河等は800キロ爆弾を搭載し高度3000の水平爆撃であった。この時にアルミ箔を流してVT信管の効果を半減させる事に成功するもこれを見た一部の銀河等が急降下を開始、800キロ爆弾の確実な命中をさせようとした焦ったのである。結果、急降下した銀河はアルミ箔が強風により飛び去った事もあり28機も撃墜され命中弾を与えたのは空母『バンカーヒル』の3発だけであった。それでも『バンカーヒル』は大破、波間に消えていないのが不思議なくらいに浮いていたのだ。


「敵機動部隊の位置は?」

「攻撃隊を発艦させた後は山口機動艦隊に向かっています。恐らくは攻撃隊の収容を兼ねた前進だと思われます」

「ん。ならこのままサイパン沖を目指す」

「了解です」


 米第五艦隊は攻撃隊を出した後は山口機動艦隊に向かって前進していた。近藤はその好機を逃さずにサイパン沖への突撃を決断したのである。

 しかし、それをひっくり返す事が発生したのである。


「ミッチャー司令、太平洋艦隊司令部より電文です!! 残存第五艦隊は直ちに撤退、オアフ島に帰還せよとの事です!!」

「な、何!?」


 通信文を持ってきた通信参謀の報告にミッチャー中将は目を見開く。太平洋艦隊司令部はスプルーアンス中将が生死不明の報告が来た時点でのマリアナ諸島からの撤退を決断したのだ。


「レイは彼等の調整役でもあるのだ。そのレイがいなければ彼等はバラバラになる」

「そうですね。此処は撤退させた方が宜しいです」


 ニミッツ長官の言葉にマクモリス参謀長も頷くのである。斯くして撤退の電文はサイパン沖の第五艦隊や上陸部隊の第51任務部隊に飛び、ミッチャーやリー、ターナー中将の下に届くのである。


「ミッチャー司令、攻撃隊はそのまま攻撃させましょう。攻撃隊は攻撃後、そのまま回収しますが最悪は不時着水をしてパイロットだけの回収を優先させます」

「そうです!! このままジャップに勝利させるのは……」

「……………」

「リー中将の旗艦『ワシントン』より発光信号ッ『攻撃隊ハ帰還サセヨ』です!! 繰り返し発光しています!!」

「……………………………攻撃隊に発信、直ちに帰還せよ……」


 ミッチャーは言い苦しそうにそう告げ、被っていた野球帽を床に投げつけたのである。


「……アイサー……」


 参謀達も無念そうに取り掛かるのである。斯くして攻撃隊は引き揚げの電文を受信、爆弾や魚雷を投棄後に反転し帰還するのである。

 その後、攻撃隊を収容した第五艦隊は反転し撤退を開始するのであるがーー対水上レーダーが接近してくる艦隊を探知したのが1700を過ぎた頃であった。


「敵艦隊だと!? 馬鹿な、奴等は何処から来たんだ!?」

「リー中将、レーダーの反応では大型艦が5、6隻もいる模様です」

「ムゥ……」


 部下からの報告にリー中将は顎を撫でる。恐らくは戦艦の主力部隊だとリー中将自身は認識していた。しかし、実際は何と近藤の直卒隊であったのだ。


「リー中将、此方は曳航中である『イントレピッド』と『バンカーヒル』を抱えています。この状態での戦闘は得策ではありません」

「……2隻を囮にして逃げろと?」

「一番はそれが宜しいかと。例え鹵獲されても大破している2隻が戦列になるのは大分先になると思われます。此処は我々の手で自沈をするのが……」

「……そうなるか……」


 参謀の言葉にリー中将は溜め息を吐く。日本艦隊(近藤艦隊)を釘付けにする為にも囮はどの道必要であったのだ。


「……2隻の曳航を中止とする。艦隊は全速にて離脱せよッ」


 2隻を曳航していた綱は切られ駆逐艦2隻が傾斜する2隻に魚雷を発射するのである。そして第五艦隊は全速で離脱を図るのであった。










「やはり逃げられたようです」

「駄目か……」

「まぁその代わりに獲物はいるようです」


 1時間半後の1830頃、近藤の直卒隊は第五艦隊がいた海域に到着したが既に逃げられた後であった。しかしながら、その海域には放置されていた空母が1隻いたのである。


「成る程。大破した空母を囮にか……まぁ今回のところはそれに釣られてやるとするか」

「では長官……」

「『日向』に発光信号、曳航の準備に取り掛かれ」

「しかし……宇垣中将らは悔しがるでしょうな」

「仕方ない。彼等は機動艦隊の前衛だからな」


 近藤の本来の予定であれば混乱から立ち直った米第五艦隊の側面から直卒隊が突撃をし嫌がらせの夜戦によるゲリラ戦を仕掛けて神経戦を展開しようとしていたのだ。それがまさかの米艦隊の撤退でありこれには近藤も予想していなかった事であった。


「油や浮遊物が浮いているのでもう1隻はいたようですが……沈んだようです」

「それもまた定めだろう」


 直卒隊は『日向』の曳航準備が完了次第、山口機動艦隊の方向に向けてゆっくりと対空対潜警戒をしながら向かうのである。

 斯くして日米両軍のマリアナ諸島を巡る戦いは6月22日に終了したのである。

 日本側の被害は航空機のみでありマリアナ諸島の戦闘を含むと戦闘機186機、陸攻42機、偵察機4機が喪失し被弾後廃棄されたのは戦闘機231機、陸攻94機であった。

 対して米第五艦隊は正規空母2隻、軽空母3隻が撃沈され正規空母1隻(後に『イントレピッド』と判明)が鹵獲されたのであるが上陸船団は無事であったのである。


「半分成功の半分失敗……か……」

「それはどういう意味でかな?」


 内地に帰還後、近藤は宮様に呼ばれ苦労を労ってもらい料亭で飲んでいた時にふと口を漏らした。


「『あ号作戦』の本懐は敵空母と上陸船団の撃滅です。両方を叩けば少しの時を稼げるとは踏んでいましたが……敵空母しか叩けていませんので米軍の侵攻は早まるかもしれません」

「ムゥ……とすると次は……」

「パラオでしょう。此処を占領すればフィリピンに繋がり、フィリピンを占領すれば内地と南方を切り離す事が可能です」

「ならばパラオは死守をせねばなるまい」

「いえ、パラオは基地施設等を破壊後はフィリピンに兵力を移動させます」

「な、放棄すると言うのかね?」

「はい。最初は玉砕覚悟でやってもらおうと思いましたがフィリピンで持久戦をやってもらおうと」

「フィリピンで持久戦かね?」

「はい。陸軍には何度か話を通してフィリピン防衛の為に軍を用意して頂いていますが、パラオを放棄するならその部隊もフィリピンに宛ててもらおうかなと思います」

「フム。それが良いかもな」


 近藤の言葉に宮様も頷く。この頃、陸軍もマリアナ諸島が攻略された後はフィリピンに来ると想定しており第14軍を7月に第14方面軍に改編昇格させ12個師団を念頭に準備が成されている最中であった。


「私も口添えで陸軍のところに赴こう」

「ありがとうございます。言い出しっぺの私も行きましょう」


 宮様の言葉に近藤は頷き、2日後に参謀本部に赴いたのである。


「先のマリアナ沖海戦の勝利、おめでとうございます」

「ありがとうございます。しかし、私は指揮を行っただけです。戦ったのは兵達です」

「それでも指揮をする者がいなければ成り立たない事です近藤長官。自らを誇って下さい」


 参謀総長を兼任している東條(たまたま参謀本部におり近藤と宮様が来たという情報を聞いたので自ら出迎えた)の言葉に近藤も素直に頭を下げた。


「それで、本日はどのような案件で?」

「フィリピンについてです」

「ほぅ……フィリピンですか?」

「はい。先の戦いで我々はマリアナを防備する事が出来ました。しかし、米軍は諦めておりません。次の攻略目標となるのが……」

「フィリピン……となるわけですか」

「はい。フィリピンを攻略すれば内地と南方は切り離す事が可能です」

「フィリピン防衛に専念するために我が海軍はパラオ諸島を放棄する予定です。陸軍も同じくパラオ諸島を放棄してその部隊をフィリピン防衛に補完すれば……」

「フム……ですがパラオも放棄するとなると向こうに勢いづかせまいか?」

「構いません。勢いづかせれば良いです」

「ほほぅ。というと?」

「恐らく敵将はフィリピンを追われたマッカーサーでしょう。彼は何が何でもフィリピンに帰りたいという執念があるので。マッカーサーがフィリピンの土を踏んだ後に上陸船団を叩けば良いでしょう。奴等には地獄を見てもらいますよ」

「……成る程。海軍さんはその方向で進んでいると?」

「はい。そして陸軍さんにも協力して頂きたい事があります」

「ほぅ、それは?」

「実はーーー」


 近藤の言葉を聞いた東條は目を見開く。


「そ、それは本気で言っているのかね!?」

「はい。これは『S』情報からも想定しています」

「な、『S』情報だと!? また君のところに……」

「……本人は来ませんでした。使者の対応したのが私の妻です。妻からは『ドイツが負け、ソ連が満州に攻め込む』としか言わず、そのまま言い残して去ったそうです」

「ムムム……」

「(何がムムムだ……)彼は余程追い詰められています。それでも我々に情報をくれるのは我々、日本に対し最後の賭けをしているのではないかと思います」

「……成る程……。確かに満州を取られてはそれこそ次は日本が危ないですな。分かりました、直ぐに協議致しましょう」

「ありがとうございます」


 東條の決断に近藤は頭を下げるのであった。







 1944年8月1日、日本陸軍は大陸打通作戦を正式に中止し大陸からの撤退を開始するのであった。







御意見や御感想等お待ちしていますm(__)m

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― 新着の感想 ―
いつも楽しませていただいております。 快進撃と史実との変容に感嘆しています。 図々しいのですが、日本陸海軍全体としての大陸などの方向性を示していただけないでしょうか
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