第三十八話
「来ました、旗艦『高雄』からの『Z』電文です!!」
「よし!! 攻撃隊、全機発進!! 始めェェェェェェェェェェェェッ!!」
ヤップ島の第一航空艦隊司令部に駆け込んできた通信参謀の言葉に小沢は直ちに攻撃隊発進を発令する。
滑走路では待機していた攻撃隊が一斉にプロペラを回し始めるのである。
第一航空艦隊攻撃隊
指揮官 野中五郎少佐
第721航空隊
【一式陸攻三四型54機】
第761航空隊
【一式陸攻三四型72機】
第522航空隊
【銀河一四型96機】
第524航空隊
【銀河一四型54機】
第755航空隊
【一式陸攻二二型54機】
第751航空隊
【一式陸攻二二型54機】
計384機の陸攻隊は護衛の戦闘機は無しで離陸するのである。
「親分、護衛の零戦はいないですけど本当に大丈夫ですかい?」
「あぁ、大丈夫だ。護衛の手配はしてあるから心配するな」
部下の問いに攻撃隊指揮官である野中少佐はそう言うが内心は笑みを浮かべていた。
(ったくよぅ……近藤の親父はえげつない事を考えるもんだ。これが山本の親父との差ってヤツか)
小沢中将から攻撃隊の護衛戦闘機は無しを聞かされた時は腸が煮えくり返る思いだったが小沢中将からの説明に野中も笑うしかなかったのだ。
(だが今は……腹に抱えた得物を奴等の土手っ腹に突き刺すのみだッ)
野中少佐はそう決意するのである。その一方で第一機動艦隊から発艦した第一次攻撃隊は敵米第五艦隊まで約110キロまで接近していた。
しかし、その付近にて第一次攻撃隊は米第五艦隊から発艦した戦闘機隊と交戦する事になる。
『敵戦闘機発見、第一次攻撃隊まで距離約2キロ!!』
「了!!」
第一次攻撃隊より先行していた高速偵察機『彩雲』からの通報であった。第一次攻撃隊指揮官の新郷少佐は無線機の送信スイッチを押した。
「此方、新郷。お客さんのお出迎えだ。先に一航戦隊で当たる。そこを残りが掻き乱せ!! 志賀少佐、任せたぞ!!」
『了解です!!』
「一航戦隊は俺に続け!!」
新郷は残りを『加賀』飛行隊長の志賀少佐に任せて操縦桿を引いて上昇を開始する。一航戦隊の『烈風』は高度6000まで上昇し米第五艦隊を目指すと数分後にて下方約4000メートルに接近してくる敵戦闘機隊を発見したのである。
「いたぞッ、全機掛かれェッ!!」
新郷少佐は真っ先に操縦桿を倒して突撃を開始する。『ハ42-21』2,400馬力が唸りを上げて新郷の突撃を支える。新郷機は太陽を背に突撃をしたのでギリギリまで気付かれなかった。F6Fが気付いた時は既に新郷は20ミリ機銃を放っていたのである。
一連射、僅か一連射で先頭を飛行していたF6Fは主翼に20ミリ機銃弾を受け主翼が吹っ飛んだ。胴体だけとなったF6Fはあっという間に落ちていくのである。
「畜生、ジークじゃない!! サイパン島にいる新型機でもないぞ!! 全く違うジークに変わる新型戦闘機だ!?」
『助けてくれトム!! 後ろに奴等がーーッ』
「アンソン!? 畜生!!」
F6Fは400機近くで対応していた。しかし、F6F約400機は一航戦の『烈風』198機に翻弄されていたのだ。しかもその混乱する場所に残りの144機の『烈風』が乱入してきたのだ。
『奇兵隊、参上ォォォォォォ!!』
『覚悟しやがれアメ公ども!!』
『コイツはミッドウェーで散った同期の分だ!! たっぷりと受け取りやがれ!!』
144機の『烈風』も参戦した事で数はF6F隊に有利ではあるもののパイロットの腕や機体の性能は『烈風』隊に有利であったのである。
この空戦で『烈風』は34機を喪失するも後の水偵等の捜索により22名のパイロットを救助し生還する事になる。対してF6Fは296機を喪失する羽目になったのでありその損耗は計り知れない事となる。
「親分、機動艦隊からの護衛戦闘機ですぜ」
「おぅ、大量とは近藤の親父も気前が良いもんだな」
野中少佐の第一航空艦隊の攻撃隊は第一機動艦隊付近にまで到着すると山口中将は各空母に残っていた零戦222機を発艦させ攻撃隊の護衛戦闘機としたのである。しかしながら、零戦隊を全て陸攻隊の護衛隊に出してしまえば空母の護衛はゼロになる。
だが、それも直ぐに解消された。陸攻隊と零戦隊が離れた10数分後に150機程度の『烈風』が飛来したのである。
「成る程。近藤長官も面白い策を考えますな」
「あぁ……俺も最初に話を聞いた時は慌てたもんだ」
参謀長の古村少将は『烈風』が着艦していくのを見ながらそう呟くと山口中将も苦笑しつつ頷く。そんな近藤は旗艦『高雄』の艦橋にてくしゃみをしていた。
「風邪ですか長官?」
「誰かが噂をしているのかもな……」
「山口中将か南雲中将辺りではありませんか?」
「……可能性はあるなぁ……」
白石の言葉に近藤は苦笑する。当初、『あ号』作戦の計画を話した時は酷く驚かれたモノだ。
「第一次攻撃隊を戦闘機のみの制空権奪取にするですと!?」
「では攻撃隊はどうするのですか!?」
「今回の作戦……主力は基地航空ーー陸攻隊が主力となる。空母は戦闘機隊の運用に近いだろう」
近藤はそう言って書類を見せる。
「これは……?」
「ドイツから輸入した滑空式誘導爆弾『フリッツX』だ。何とか約2個陸攻隊分になる120発程は輸入して今回の作戦に投入する。他の陸攻隊も攻撃主力は80番爆弾だ」
「……まさか長官……ッ」
近藤の意図を掴んだのか山口が息を飲む。遅ればせながら南雲や小沢も意図が分かり「マジかコイツ……」という表情をする。
「陸攻隊は水平爆撃で敵機動部隊を撃破してもらう。無論、空母に搭載予定の『天山』隊も水平爆撃のみだ」
「しかし長官ッ!! それでは……」
「分かっている。水平爆撃の効果が低いのは十分承知だ。VT信管の破壊装置が間に合いそうにないからこの方法しかあるまい」
軽巡『アトランタ』駆逐艦『フレッチャー』を鹵獲した時にVT信管が装備された対空砲弾の回収に成功し東大や大阪大学等に破壊装置の開発を行わせていたが完成するのが8月以降とされており今回の作戦に間に合いそうになかったのだ。
取り敢えずアルミ箔を付けた『ウィンドウ』なるぬ『電波欺瞞紙』として『彩雲』に搭載する事で一応のレーダー射撃妨害も行わせる予定である。
「今、無闇に敵空母に突撃すれば母艦航空隊は壊滅する。水平爆撃で飛行甲板を叩けさえすれば後は第一、第二艦隊で敵輸送船団ごと突っ込む。それしかあるまい」
「……分かりました。しかし、無茶は困りますからな」
「おいおい、俺がいつ無茶をしたんだ?」
「いつもではありませんか」
「……お前らなぁ……」
『ハハハッ』
笑う南雲達に近藤は肩を竦めるのである。
「まぁやってみなくては分からんからな」
「一応、戦艦は轟沈させてますからな」
「イタリアの戦艦だからなぁ……」
そう話す近藤と白石であった。そして基地航空からなる第二次攻撃隊は米第五艦隊上空に到着した。
「早く戦闘機を上げろ!!」
第五艦隊旗艦『インディアナポリス』のCICでスプルーアンス中将がそう吠える。戦闘機隊は第一次攻撃隊と空戦後、燃料と弾薬の補給中であり残っている機を上げるのは難しかった。それでも何とか98機のF6Fを発艦させる事には成功するのである。
「敵機の数は!?」
「凡そ600機余りです!!」
「馬鹿な!? 奴等、何処に空母を隠していたというのだ!!」
そう叫ぶスプルーアンスであるが答えは基地航空でありヤップ島に温存していたのでスプルーアンス自身も気付いていなかったのである。
「先に俺達がやるぞッ」
野中は自身の第721と第761航空隊が先に爆撃する事を優先させた。零戦隊はF6Fと交戦をしているので爆撃に集中出来るのもあった。
「投下用意ッ」
2個航空隊の一式陸攻三四型126機は高度6000を飛行する。それは訓練と同じ高度であるのだ。
「チョイ右……チョイ右……ヨーソロォーッ」
爆撃手が照準器で空母に狙いを定める。高度6000からではマッチ箱より小さい空母であるがそれでも選ばれた2個航空隊は照準を空母に合わせた。第五艦隊からも対空砲火を撃ち上げているが、他の陸攻等からアルミ箔を散布している事もあり疎らであった。
「用意……撃ェッ!!」
野中機から順次に『フリッツX』こと『三式独1.5(150番)トン滑空式誘導爆弾』を投下し滑空しながら誘導を行うのである。
「何だ……? 奴等、あんな高高度から爆撃を……?」
様子を見ていたスプルーアンスはそう呟く。あんな高高度(高度6000メートル)での爆撃は外れるのはほぼ確実である。
「しかし、対空砲弾が当たらんな?」
「恐らくはアルミ箔をバラまいているせいでしょう。レーダーも障害が発生しています」
そう話すスプルーアンスとブローニング参謀長であったが彼等の表情が変わったのは直ぐであった。最初に狙われたのは正規空母『ヨークタウン2』だった。対空砲火を掻い潜った『フリッツX』は『ヨークタウン2』の後部エレベーターに突き刺さり格納庫に転がった瞬間に爆発、付近で待機していたSBCやTBFを吹き飛ばし、後部エレベーターも吹き飛んだのである。
「『ヨークタウン2』被弾!!」
「何!?」
被害報告を聞き終わる前に更に『ヨークタウン2』は2発の『フリッツX』が命中、瞬く間に炎上したのである。
「長官、あれはナチスの滑空式誘導爆弾『フリッツX』です!! 地中海でイタリア海軍の戦艦『ローマ』を爆沈させたのもあの誘導爆弾です!!」
「shit!! 奴等め、高高度からの爆撃はそれだったのか!! 全艦回避運動!! 『フリッツX』を回避しろ!!」
「あぁ!? 『カボット』と『カウペンス』にも命中弾!!」
「更に『イントレピッド』にも2発命中!! 『イントレピッド』大火災発生中!!」
「何だ……何だこれは……こんな……こんな戦いが……」
スプルーアンスは次々と舞い込む悲報に冷や汗が止まらなかった。そこへ見張り員が叫ぶ。
「敵1機、突入してきます!! 右舷2時上空!!」
「ッ!?」
スプルーアンスは咄嗟にその方向を見る。2時上空から『フリッツX』が旗艦『インディアナポリス』に迫っていたのだ。
「か、回避だ!! 回避せよ!!」
「取舵一杯!!」
『インディアナポリス』は回避運動を開始するが、『フリッツX』にそんなモノが効く筈が無く、『フリッツX』はそのまま『インディアナポリス』の艦橋右側の根元に命中し爆発したのである。
『うわァァァァァァッ!!』
爆発の衝撃で艦橋にいた全員が床に倒れた。しかしそれだけで終わりではなかった。破壊された右側部分が重みに耐えきれずにバキバキッと割れて艦橋が倒れたのである。しかも艦橋は倒れた拍子に海面へと落下、あっという間に艦橋はマリアナの海中に引き摺り込まれていった。無論、脱出出来た者は無しであった。
「あれ? 狙ったの戦艦じゃなくて巡洋艦でした」
「おいおい野上、昨日の酒が残っていたのか?」
「それは山岡中尉でしょう? 二日酔いのまま操縦してるんですし手元がブレますよ」
「それでも艦橋を破壊したんでっしゃろ? なら撃破ですやん」
爆撃手である野上少尉と山岡中尉がそう言い合う中で沖宇美兵曹長がそう言うのであった。
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