第三十五話
この時、米海軍の機動部隊再建は進んでおり正規空母4隻、軽空母4隻の8隻と戦艦7隻を中心にした機動部隊でありギルバート諸島、マーシャル諸島への攻略もこの機動部隊ーー第50任務部隊が宛てがわれていたのである。そしてその機動部隊を率いているのがレイモンド・スプルーアンス中将であった。
「フム……両諸島を攻撃したが、思っていた程の被害は無いようだね」
旗艦『エセックス』の艦橋でスプルーアンス中将は報告に眉を潜める。作戦前の航空偵察では滑走路脇の駐機場には多数の航空機、海岸砲、高射砲、守備陣地を確認しており念には念を入れての作戦発令だった。しかし、攻撃してみれば地上からの対空砲火は無くやりまくりだったのだ。
「……まさかとは思うがね……(だが、彼等ならやりそうだな。それはキスカ島でも実証済みだな)」
報告を聞いたスプルーアンスはそう思うがそれでも両諸島の攻略は着実に行い……両諸島はほぼ3日で占領した。両諸島の日本軍は既に撤退した後であり米海軍は弾薬の消費だけの損害であったのだ。
だがそれでも日本海軍は出てこなかった。彼等はひたすら訓練訓練また訓練を行っていたのである。
「しかし長官。トラック諸島の迎撃作戦を発令しなくても良かったのですか?」
「構わん。本命はマリアナだからな」
白石の問いに近藤はそう答える。当初、近藤らGF司令部は米海軍がトラック諸島を攻撃した時は全力迎撃で迎え撃つ作戦を思案していたが(作戦名『星の屑』)第一機動艦隊司令長官に改めて就任した山口中将や基地航空が主になった第一航空艦隊司令長官小沢中将らの反対により廃案となったのだ。
「トラック諸島で迎撃すれば米海軍の占領する矛先がマリアナからトラック諸島に変わる恐れがあります」
「なのでマリアナに最初から来てもらうならトラック諸島はあえて防空はせず弾薬の消費をさせてやる方が宜しいかと思います」
「フム……(まぁ確かにその可能性もあるわな。九州空襲の事もあるから俺も焦っていたかもしれんな……)」
彼等の主張に近藤も頷き、トラック諸島は地上施設からの対空砲火での迎撃に変更されたのである。そのトラック諸島も艦船の殆どはパラオ泊地へと移動し滑走路に駐機しているのは故障して捨て置かれた旧式機等であった。民間人のトラック撤退は9月頃から実施されており料亭『小松』(トラックパイン)等も12月上旬には内地に撤退したのであり民間人(日本人)は0の状況であった。
「小沢の基地航空艦隊の状況はどうか?」
「錬成も順調です。彼等の主力となるヤップ島の滑走路拡充も2月の末には終了予定です。またパガン島、ロタ島も滑走路の拡充は完了しています。両島も航空偵察からはバレないよう滑走路の偽装も施しています」
「ん。それなら大丈夫だな」
マリアナ諸島の要塞化も大詰めを迎えていた。第一航空艦隊の主力部隊の基地となるヤップ島も滑走路や駐機場等の拡充を施していた。サイパン島も不時着用としての滑走路はあるがサイパン島は主に防御陣地の要塞化を行っていたのである。
第一航空艦隊は史実と同じく基地航空艦隊としての運用に方針が転換されており今の時点では2個航空戦隊が錬成途中であった。なお、予定では史実と同じく1600機程度の編成予定であり他にも第二航空艦隊が鹿屋で発足し司令部は台湾の台南に移動して錬成を続けていたのである。
「……………」
「何か懸念でも?」
「……サイパン島に航空隊を置きたい」
「航空隊を……ですか?」
「あぁ。と言っても防空専門にやってもらい、敵をサイパン島に釘付けにしたいのだよ」
「成る程……それなら2個航空隊程でしょう。それに陸さんにも協力してもらいましょう」
首席参謀の奥宮中佐は近藤にそう言う。奥宮の言葉に近藤も興味が沸いたのである。
「首席参謀、その意義は?」
「陸さんにも航空戦力の負担をしてもらおうという事です。陸さんの航空隊も我が海軍航空隊の協力で洋上飛行や対艦攻撃も可能となっています。今更第一航空艦隊には組み込めませんがサイパン島等の防空として配備するのも一つの手だと思います」
陸海軍は昭和18年5月から陸海軍共同での飛行訓練を実施していた。それは洋上飛行等を不得意とする陸軍航空隊に海軍航空隊が訓練を施すというモノでありこの訓練後からは陸軍航空隊も洋上飛行や対艦攻撃もそれなりにやれるようになったのである。
「フム……成る程。なら少し協議してみるか」
近藤は頷き海軍省を通して陸軍にもマリアナ諸島への陸軍航空隊の投入を要請したのである。海軍からの要請に陸軍も直ぐに承諾をというわけにはいかなかった。
陸軍も大陸戦線はさるながら本土防空も任しているのでそう安々と請け負えるわけではなかった。
だが、話を聞いた陸軍航空隊では「やりましょう!」「是非ともやりたい!」という声が上がっており結局は東條も首を縦に振らざるを得なかったのである。
そして陸軍はサイパン島防衛の為に戦闘機が主である3個飛行戦隊、ヤップ島に重爆(『飛龍』)で編成された2個飛行戦隊が投入されるのであった。
「親分、何とか訓練のおかげで高度6000でも当たるようになってきましたぜ」
「おう、ソイツは上々だな」
第721海軍航空隊飛行隊長に就任していた野中五郎少佐は部下からの報告にべらんめぇ口調で答える。彼等第721空は基地航空艦隊に改編している第一航空艦隊に組み込まれており日夜、爆撃訓練を行っていた。
「しかし、コイツは80番より重いんで操縦はフラフラになりそうですよ」
「仕方ない。それでもコイツを載せる事が出来るのは一式の三四型のおかげだぞ」
野中はそう言って着陸してくる一式陸攻三四型を見つめる。開戦初期から比べたらかなりの能力は向上していた。発動機は『ハ42-21』に換装し速度も500キロまで出せるようになった。爆弾倉も大型爆弾が搭載出来るよう改造、主翼も史実三四型と同じくインテグラルタンクを廃止して防弾タンクを装備、武装も20ミリ機銃4丁、13ミリ機銃1丁と強化されていた。その分の航続距離は低下するがそれでも左右主翼下に300リットルの落下式燃料タンク(木製)を装備する事で5000キロの航続距離を得ている。今の段階(1943年12月)ではまだ60機程の生産配備だったが第721空(一式陸攻定数48機)は全ての一式陸攻を三四型に更新され訓練をしているのだ。
その三四型でさえもじゃじゃ馬娘に等しい『とある爆弾』(野中命名)の訓練をしていたがそれでも何とかなりそうな気配にはなってきたのである。
(お偉いさん方はコイツを決戦兵器としているけど……まぁ通常の水平爆撃に比べたら命中率はまだマシなのかもしれないけどな……)
野中は水平爆撃の訓練する羽目になった『とある爆弾』を思うのである。
「はぁ……」
「溜め息が多いなノブ」
「ん、済まん。この頃は忙しいからな」
大晦日、近藤は久しぶりに自宅に戻っての年越しをしていた。本当は『高雄』で過ごす予定だったが白石らに「たまには休んでください」と強引に休暇とされたのである。今は子ども達も寝に付した2330頃だがそれでも近藤やハンナ達は年越し蕎麦を啜り酒を嗜んでいた。
「そういやグレイス、ラム酒の備蓄は大丈夫なのか?」
「無論だ。それに横浜に行けばまだラム酒はあるからな」
グレイスはムフーと鼻息を荒くそう答える。既にラム酒を飲んでいるのか顔は仄かに赤く染まっている。なお、ドイツ(エジプト)との交易で大量の外国の酒(ドイツワイン等)を仕入れており外国人が多数居留する横浜にもラム酒は大量にあったのだ。ちなみにラム酒はエジプトを占領した時にイギリス軍が保有していたのをドイツ軍がくすねてそれを日本に輸出したのだ。
敵国の酒だからと敬遠している者もいたので業者はラム酒を安く売っていた事もありグレイスはラム酒を大量に購入する事が出来たのである。
「んっ」
「ほら、肩も凝っているわね」
「む」
スッと後ろに座り近藤の肩を揉む零夢、それを見てハンナは目を細めるがハンナも座卓をスッと退かして近藤の前に躍り出る。
「は、ハンナ?」
「たまにはこういうのも良いだろう」
そう言ってハンナは自身の胸を近藤の顔に押し付ける。石鹸の匂いが近藤の鼻腔を擽りハンナの腰に両手を添え抱きしめる。
「あー!! ズルいぞクラウツ!! 余もノッブにやる!!」
「フン。早い者勝ちだな」
「やれやれ……」
ハンナの様子を見て騒ぐグレイスにハンナは勝ち誇った表情をし零夢は苦笑しつつ肩を竦めるのである。そんな三人を見て近藤も苦笑しハンナを抱きしめつつグレイスを手招きし三人を抱きしめるのである。
『ッ』
「そうだな。たまにはこんな事も良いかもしれんな」
「……本気にするぞ?」
「余は本気にしたぞ!!」
「取り敢えずグレイスは酔いを覚ました方が良いわよ。信さんの上で腰を振っている時に吐かれたら敵わないしね」
「それは以前にヤッたぞ!!」
「ヤッたのね……」
グレイスの言葉に溜め息をハンナ達であった。取り敢えずは短い休暇を楽しめた近藤であったのである。
米海軍が動いたのは年が開けた2月17日であった。
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