第三十四話
この時、海軍の大村基地には厚木の第302空から分派され新設された第334海軍航空隊が駐屯していた。そして偶然にも334空はこの日、実弾飛行演習のため離陸寸前であったのだ。
「支那大陸から大型爆撃機が接近中!?」
第334空飛行隊長の白根少佐は通信兵からの報告に冷や汗を流した。
(まさか……遂に来たのか……)
唸る白根を他所に赤松飛曹長らは即時出撃を主張した。
「隊長、行きましょう!! 我々の女房である『雷電』は此処、大村にしか無いんです!!」
「そうです!! 陸さんの『鍾馗』三型はまだ九州には配備されていません!! 九州の国民を守れるのは我々しかいないんです!!」
彼等の主張は正しかった。陸軍も排気タービン過給機付の『鍾馗』三型を生産配備していたものの、配備されていたのは南京から関東地方に再配置された飛行第九戦隊と飛行第二二戦隊しかなかったのだ。
しかし、大村にいた334空も完全配備ではなく2個中隊18機でありしかもそのうちの7機は発動機の不調で不稼働状態だったのだ。
だがそれでも白根少佐は赤松飛曹長らの主張を受け入れ出撃を決断したのである。
「出せる『雷電』は全て出せ!! 噴進弾の搭載は怠るな!!」
『オオォォォォォ!!』
大村基地は慌ただしく動き回りやがては準備が出来た『雷電』から次々と離陸していくのである。
「今日は発動機も調子は良さそうだな」
配属されたばかりの土屋二飛曹は上昇しながら呟く。彼自身は第202空からの転勤での配置替えでありそれまでの零戦からの乗り換えには苦労すると思われたが土屋二飛曹は特に気にしなかった。
彼自身はミッドウェー海戦にも参加しており『蒼龍』乗組の零戦パイロットだった。SBDの急降下も飛行甲板で目撃しており急上昇でSBDを撃墜してやれたものをと悔やんでいた中での『雷電』との出会いだった。
「この『雷電』があれば今度は守れる」
土屋はそう言う程であった。11機の『雷電』隊は高度1万2000まで上昇すると五島列島方面に向かう。白根少佐は奴等の爆撃目標を粗方読んでいたからだ。
「恐らく大型爆撃機は北九州の八幡製鉄所をやる筈だ。我々は待ち伏せをしてそこを叩く!!」
その一方で機上対空電探(十八試空二号無線電信機)を搭載した第765空の九六式陸攻による実験哨戒飛行(十八試空二号無線電信機の実用化の為にたまたま飛行していた)が五島列島方面から接近する大型爆撃機の編隊を探知したのである。
『此方実験飛行中のクジラ1、五島列島方面から本土に向かう大型爆撃機の編隊らしきモノを探知。繰り返すーー』
(当たりだ)
無線からの報告に白根少佐はニヤリと笑みを浮かべて無線機のスイッチを入れた。
「此方、第334空のイヌワシ1。犬鷲1以下11機は高度1万2000にて飛行中。大型爆撃機の情報を逐次頼む」
『此方鯨1、了。情報についてはーーー』
斯くして白根少佐ら334空の『雷電』隊は待ち構えるのである。そして彼等が発見したのは正しく超空の要塞であった。
「ッ、隊長。十時下方!!」
発見したのは土屋二飛曹であり白根少佐が十時下方を見ると銀色のジュラルミンを纏った大型爆撃機の編隊であった。
「あれが……B-29か!?」
この時、日本本土に迫ろうとしていたのは成都の航空基地から飛び立った第20航空軍所属のB-29 25機であった。彼等のB-29が今現在運用出来る最大の数でもあったりするがそれでも爆撃機のパイロット達の士気は高かったのである。
『隊長、自分に先陣を斬らして下さい!!』
「土屋か。まぁ良い、お前が突っ込んだところを我々も突っ込み掻き乱す!! 良いか!! 奴等を本土に入らせさせるな!! 奴等を此処で全滅させろ!!」
『オオォォォォォ!!』
「土屋行け!!」
『了解!! よぉぉぉぉっし、イッケェェェェェェェェェェェェ!!』
土屋機の『雷電』11型は『ハ42-21ル』を最大公称馬力近くまで唸らせ土屋機は急降下を開始したのである。
その一方でB-29隊も警戒はしていたが、彼等が警戒していたのは下方からであった。
『此方、上部銃座異常無し……あれはッ!?』
銃座員が気付いた時には土屋の『雷電』は距離1000を切っていた。
『ろ、六時上方からジャップの戦闘機!!』
『寝惚けるな!! 俺達は今高度1万を飛んでいるんだぞ!!』
『しかし、ジャップの戦闘機です!!』
銃座員は12.7ミリ機銃を撃ち出す。様子を見ていた主パイロットは戦闘機を見て叫んだ。
『NO!! ジャップの新型機だ!!』
『そ、そんな……う、撃て撃て撃て!!』
B-29隊は慌てて射撃を開始するが土屋二飛曹は先頭にいるB-29に照準したのである。
「イッケェェェェェェェェェェェェ!!」
土屋は叫びながら三式一番二十八号噴進弾一型(ドイツ空軍のR4Mをライセンス生産したモノ)のスイッチを押すと左右の主翼から1発ずつ発射された。B-29に向かって飛翔し、1発は左翼付け根に、1発は外れてその下方を飛行していたB-29のコックピットに命中した。
「やったか!?」
左翼付け根に命中爆発したB-29は左翼付け根がバキッと折れて海面に向かって落ちていく。コックピットをやられたB-29も同様であった。
「全機突撃!! 土屋に戦果を持って行かれるぞ!!」
『あいよォォォッ!!』
土屋の2機撃墜を見て白根少佐は突撃命令を出し赤松らも突撃する。『雷電』隊は噴進弾を発射しまくり、B-29隊は混乱に陥るのである。
『助けてくれ!! 死にたくない!!』
『隔壁がやられた!! 消火器を持ってこい!!』
『全機、編隊を密にせよ!! 繰り返す、編隊を密にせよ!!』
『恐ろしく脚の速い奴等だ!!』
『俺、これが終わったら結婚しようとアリゾナにいるティアナに……』
B-29隊は1機、また1機と撃墜されていく。噴進弾を撃ち尽くした『雷電』隊は16機のB-29を撃墜していた。残る9機のB-29は遁走を図っていたが排気タービン過給機付の『雷電』はあっという間に追いついて今度は20ミリ機銃弾をB-29に叩き込む。
20ミリ機銃弾は空気式信管のマ弾も搭載しているので効果は大であり場合によっては1発の被弾で飛行不能にまでなる機体もあったりする。
「最大速度で逃げろ!!」
B-29隊は何とか逃げようとするも『雷電』隊の方が速度は上であり向こうは戦闘機である。
その最後の1機も最大速度で追い付いた土屋機に撃墜される事になるのである。
「もうちょい……もうちょい……撃ェッ!!」
下方からの銃撃にB-29は左右内のエンジンが火を噴き、あっという間に爆発四散したのである。斯くして日本本土に迫ろうとしていたB-29 25機は第334空の『雷電』隊によって全機撃墜という被害を受けたのである。
(マジか、まさか全機撃墜とはな……)
柱島泊地に停泊する旗艦『高雄』の作戦室で近藤はホッとした安堵の息を吐いていた。
「恐らく発進基地は成都でしょう」
「ん。動向は分からないが暫くは九州は空襲を受ける可能性も否定は出来ないな」
「帝都にいる『雷電』隊を九州を回しますか?」
「万が一もあるから駄目だな。厚木の『天雷』隊を回しても良い」
草鹿の問いに近藤はそう言う。史実の双発局地戦闘機『天雷』は『誉』発動機によっての妨害によって採用されなかったが此処では排気タービン過給機付である『ハ-43-11』を搭載した事で復活し採用され今は厚木空に10機程度が配備されているのに留まってはいるが軍令部は『雷電』と『天雷』を本土防空の任務に就かせようと模索しているのである。
「軍令部の一部が今回の空襲に備えて大陸に重点を置くべきではないかという声がありますな」
同じく横須賀から柱島泊地に出向いてきた福留もそう報告する。
「大陸は上海事変でこりごりしているけどな」
「その通りです。豊田呉鎮守府司令長官らが聞けばまた激怒しそうですな」
「豊田の言い分も分かるけどなー。まぁ良いさ」
福留の言葉に苦笑する近藤であった。その一方でアメリカはB-29隊の全滅に驚愕していた。
「そんな馬鹿な!? 幾ら何でも全滅は無いだろう!!」
キング作戦部長らも報告を聞いて唖然とした。B-29が全滅したのならマリアナ攻略も頓挫するのではないかと危惧したがルーズベルトからは「マリアナは予定通りに行うように」と言われたので安堵したりする。だがそれでもギルバートやマーシャル諸島の攻略は念押しが行われるようになり機動部隊による両諸島への空襲と日本海軍の一大根拠地であるトラック諸島への空襲作戦が12月を目処に発令されるのである。
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