第三十一話
昼食後に再開された会議は結局は夜中まで続けられた。宇垣や南雲達は情報が断定され過ぎていないかと思っていたが『S情報』が正確過ぎた事もあり納得せざるを得なかった。
また、海上護衛に聯合艦隊も期限付ながら新編成された『阿賀野』を旗艦とする第五水雷戦隊と『由良』を旗艦とする第三十一戦隊を海上護衛総隊に派遣し海上輸送の徹底を図る事になる。
しかし5月12日、米軍はアリューシャン列島のアッツ島に上陸を開始したのである。アッツ島守備隊は5月30日まで徹底交戦を行うが大本営経由での北方軍司令官の樋口中将からの降伏許可が出た事で山﨑大佐は残存兵力と共に30日0800に米軍に白旗を掲げたのである。
極めて異例な措置であったが陸軍を説得したのは海軍(近藤)であった。
「最後まで戦うのは良い。しかし、自身は満足しても他の者が満足するか? 兵士にも家族があり親があり恋人がいるのだ。最後まで刀折れ、矢尽きた者に死ねと命令するのは陛下の赤子を殺すのと同じである」
近藤は東條らにそう具申し東條も陛下の名を出されては文句も言えなかった。何より陸軍は近藤からの『S情報』に随分と助けられておりその為『戦陣訓』である『生きて虜囚の辱を受けず』という文を消す事にまでなったのである。無論、近藤の具申に陸軍側は反発したがそれを聞いた陛下が苦言を陸軍に呈した事で一気に沈静化したのである。なお、陛下に具申したのが宮様だったと近藤も後から聞くのである。
それはさておきの6月1日、海軍でも戦艦の全ては工廠で新型対空電探の取り付けと対空火器の増強の為に改装工事に入った。これはエジプトを占領したドイツ経由から購入したFuMO25レーダー等を搭載するためである。
また、ウルツブルクレーダーを12基購入しこれは内地に配備する事になっている。更に改装を進めたのは近藤にも理由はあった。
(まぁこれで『陸奥』爆沈フラグは無いと思うが……)
近藤は『陸奥』爆沈フラグは避けたかった。そしてたまたまドイツ製の兵器が届いたのでそのまま改装して載せる事にしたのだ。また、万が一に備えて話を聞いた零夢からも御札(力を込めたと言っているが聞くのは躊躇ったらしい)を貰い『陸奥』の見学として乗艦した時に第三砲塔の分からない死角に御札を貼ったりするのであった。
なお、その後の噂では「改装工事の第三砲塔の上で女と血塗れ女が揉み合い血塗れ女がドックに落ちていった」等という噂が出るのであったりする。
それはさておき、戦艦と手の空いた正規空母はレーダー等の改装工事に移行するのである。
6月16日、史実であればルンガ沖航空戦が発生し零戦等30機程度の損失になるがそもそも近藤からの防空戦命令のため航空戦は発生していない。
しかしながら史実に似たクラ湾夜戦が7月5日に発生するのである。この時のショートランド諸島方面も日本軍は順次ラバウルに撤退しており秋山少将の三水戦はその撤退支援でショートランドに展開していた。しかし、米軍は航空偵察で三水戦をショートランド諸島の増援と認識し三水戦を撃破するために艦隊を派遣したのである。
無論、秋山少将も航空機の偵察を受けていたのは知っていたので第八艦隊に増援を要請、鮫島中将に交代していた第八艦隊はトラック諸島から増援で第八艦隊に組み込まれていた第五戦隊(『妙高』『羽黒』)と第六戦隊(『青葉』『衣笠』『石狩』)を派遣したのである。
五戦隊司令官の大森少将は積極的に艦を前進させ結果として『妙高』に搭載された32号水上電探が接近してくる敵艦隊を探知したのである。
「高角砲に星弾を準備させろ」
「では司令……」
「先に此方が仕掛けるぞ。総員戦闘配置!!」
この時、五戦隊等に近づいてきたのは米海軍第36.2任務部隊であり旗艦は『アトランタ』であった。彼女は第三次ソロモン海戦が発生しなかった事もありまだ戦没はしていなかった。しかし、その代わりかは不明だが『ホノルル』『セントヘレナ』等が戦没しており史実の第36.1任務部隊は編成出来ず『コロンビア』と駆逐艦6隻(『フレッチャー』『ニコラス』『ストロング』『オバノン』『シャヴァリア』『ド・ヘイヴン』)で出撃してきたのだ。
先に仕掛けたのは五戦隊側だった。2302に『妙高』は高角砲から星弾ーー照明弾を撃ち上げたのだ。瞬く間に周辺海域が照らされその海域を航行していた第36.2任務部隊は星弾に映し出されたのである。
「クソッ!! ジャップは気付いていたか!!」
第36.2任務部隊司令官のエインスワース少将は舌打ちをしながらも戦闘配置をさせるがそれが終わる前に五戦隊は砲撃してきたのである。しかも砲弾は旗艦『アトランタ』の至近であった。
「やりました!! 近弾です!!」
「続けて撃ちまくれェ!!」
「はッ!!」
「電探射撃も思っていた以上の成果ですな」
「あぁ」
参謀の呟きに大森少将は頷く。五戦隊は電探射撃を行っていたがその精度は大森少将らが思っていた以上の精度であった。『妙高』『羽黒』の五戦隊は僅か三斉射目で『コロンビア』に命中弾を与えたのである。それに続く形で六戦隊も砲撃を行い『アトランタ』を炎上させたのである。
エインスワース少将も必死に指示を出していたが水上レーダーからの報告で大型艦が5隻もいると分かった時点で罠と悟り撤退を決意した。
「全艦反転!! 直ちにたいきーーー」
だが、『アトランタ』の艦橋に『石狩』の砲弾が飛び込みエインスワース少将ら艦橋にいた全員が戦死するのである。『アトランタ』は司令官、艦長、副長等幹部が全員戦死した事で指揮権を継承する者がおらずただ突き進むだけになってしまったのである。そしてその進む方向は五戦隊の方向であり突き進む『アトランタ』に五戦隊も回避運動を優先した事で砲撃が停止した。
炎上した『コロンビア』はその隙を突いて駆逐艦を率いて離脱するのであった。しかし、その離脱途中に駆逐艦『フレッチャー』は機関に『衣笠』が放った20サンチ砲弾が飛び込み、不発ではあったものの『フレッチャー』はそれ以上の航行は不能であった。仕方なく、『フレッチャー』の艦長は総員退艦を発令させたが退艦して『フレッチャー』を処分しようとした時に追撃に来た三水戦が追い付いたのだ。
『ド・ヘイヴン』の艦長はやむを得ず『フレッチャー』に魚雷を発射しその場を逃走したが魚雷は碌な深度調整をしていなかった事もあり『フレッチャー』の艦底を通過してしまい『フレッチャー』を処分出来なかったのである。
「司令、敵は駆逐艦を残して逃走しました」
「深追いはするな。残った駆逐艦を包囲して臨検、敵兵がいなければ曳航準備だ。お宝はあるだろう」
三水戦司令官の秋山少将は笑みを浮かべる。五戦隊の方も炎上した『アトランタ』を包囲したという報告を受けているし探せば何かのお宝があるのは間違いないだろうと秋山も思っていたのである。そして海戦後、『アトランタ』と『フレッチャー』の2隻は鹵獲されるのである。『アトランタ』にいた生存者も5隻の巡洋艦に包囲されてはどうしようもないと悟り降伏したのである。
その後、2隻はトラック諸島で簡易修理をされてから内地まで曳航され調査されるのである。
この調査で『アトランタ』からはSKレーダーとGFCSMk.37が『フレッチャー』からはSCレーダーにSGレーダー、同じくGFCSMk.37とMk.51が回収され研究が行われ調査報告書が8月に提出され波乱が起きるのは言うまでもなかった。
他にも40ミリ機関砲が回収されたのは大きかった。史実であれば『アトランタ』は40ミリ機関砲の搭載は無かったが第三次ソロモン海戦は無いし日本軍の航空機対策でニューカレドニアのヌーメア基地で突貫工事ではあるものの28ミリ四連装機銃を撤去し40ミリ四連装機関砲4基搭載したのだ。戦闘で2基は破壊されていたが残る2基は無傷で回収されたのである。
無論、この40ミリ機関砲の回収により陸海軍で開発していた40ミリ機関砲は完成を迎え四式四十粍高射機関砲(海軍は高角機関砲)として採用され艦艇や地上基地に配備されるのであった。
そしてこの2隻の中にVT信管が搭載された対空砲弾も存在しておりこの対空砲弾も回収され調査に回されたのは言うまでもなかったのである。
8月2日、史実であればソロモン海にて駆逐艦『天霧』と米海軍の魚雷艇が衝突し沈没、魚雷艇長のジョン・F・ケネディが負傷するがこの世界ではたまたまかは分からないが『天霧』が魚雷艇に衝突する事はなかった。
近藤は横須賀空におり地上から上空を飛行する戦闘機を見学していた。
「フム。あれが『鍾馗』……ではなく海軍の『雷電』か」
「はい、頗る調子は良いようです」
「成る程。排気タービン過給機も異常は無いか?」
「ありません」
今、上空を飛行しているのは陸軍の二式単戦『鍾馗』を元に中島が海軍用として再設計した十八試局地戦闘機『雷電』であった。これは試作中だった二型丙がモチーフとされており発動機は『八42』を搭載、速度も高度6000で648キロを記録していた。
武装は対爆撃機用として翼面積が増量された主翼に20ミリ機銃を4門も搭載していた。
そして何と言っても特徴的なのが排気タービンを搭載していた事である。これは航空本部長時代の近藤による命令で排気タービン過給機を搭載するよう要請していたからだ。
しかし、排気タービン過給機は熱を持つ事で故障が多かったので中島は反対していた。
「こんなのは羽が付いたボートと同じです!!」
「だったら外気で冷やせばいいだろ!!」
「外気で……?」
「そうだ。コイツが活躍するのは高度1万、気温はマイナス50度の極寒の世界だ。極寒の世界なら排気タービン過給機も故障せず冷えるだろ!!」
「……その手があったか!!」
近藤の言葉に中島の技師達は頷き直ちに排気タービン過給機に鉄板を敷かずに『雷電』を作りあげたのである。なお、その話を『烈風』を作りあげたのは良いが過労で倒れて軽井沢で養生していた堀越の耳にも届いた。
「排気タービン過給機を直接外気で冷やす!? 成る程、それなら『烈風』の局戦にも搭載出来る!! こんなところ(軽井沢)でクレソンを喰っている場合じゃない!!」
堀越は急遽、会社に戻り『烈風』の局地戦闘機の図面に取り掛かる程であった。
「『雷電』はいつまでに配備される?」
「何とか1個中隊9機は9月までに横須賀に配備される予定です。その後は更に3個中隊27機が横須賀に配備され少なくとも年内には横須賀に1個航空隊、佐世保に1個航空隊は配備させます。いや、必ず配備させます!!」
「ん。期待している」
中島会社の技師に近藤はそう労うのであった。
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