第二話
まさかの架空戦記のランキング2位という快挙に驚きつつ急いで仕上げました。
ありがとうございます。
近藤のドイツ駐在は凡そ4年にも及んでいた。この4年でドイツ人技術者を106組、ドイツ製工作機械を多数日本に送り込んでいた。これにはハンナも協力していた。ハンナは技術者仲間から、情報を入手しては貧窮している技術者を近藤に紹介したりしており、技術者には食い扶持を、近藤には技術者を日本に送り込むWin-Winの関係を構築させていた。
近藤はハンナが良くしてくれるからと、ある日に理由を聞いた。ハンナ曰く「従業員が日本の捕虜になって、日本の生活を聞いた印象が良かった」だった。また、直ぐに閉じて、機械などを分散して売り渡すしかなかった父親の町工場を、近藤を通じて日本が高く購入した事で、ハンナ自身も日常生活が送りやすくなった事もあっての協力であった。他にも父親の町工場では短機関銃(MP18)の部品やアルバトロスD.3の部品等を製造しており、ハンナがその設計図等をコッソリと近藤に渡していたりする。
ちなみに近藤と会った時、ハンナは16歳であり、後に聞いた近藤が卒倒しそうだった。(それ程大人びていた)
「実はな、2ヶ月程イギリスに行く事になった」
「そうなのか?」
「あぁ。まぁ出張みたいなものだよ」
ベルリン市内にある喫茶店で、近藤とハンナはコーヒーを共にしていた。郊外の町工場は閉じた事で、ハンナはベルリンに引っ越して近藤の近くに居を構えていた。
口が悪い駐在武官の補佐官達からは、『ドイツ女を引っ掻けた』と茶化されていたりする近藤である。
「そう、か……少し、寂しいな……」
「済まん。なるべく早く戻るよ」
寂しそうな様子を見せるハンナに、近藤は苦笑を浮かべつつ頭を撫でる。撫でられたハンナに嫌がる素振りはなく、むしろ嬉しそうな表情を向けているのである。
それから2日後、近藤はイギリスへと向かった。イギリスに向かったのは無論仕事であり、その内容は空母『フューリアス』の視察であった。
(てか、何で俺が……)
近藤は客船のデッキで、近づくイギリスを眺めつつも溜め息を吐いた。近藤が選ばれたのは無論、自身が海大で書いた論文のせいだとは今更の事である。
近藤が命じられたのは『縦索式は有効か否か』を調べるためであった。
この頃の空母は、着艦時に縦索式という甲板の中央部に多数の鋼索を数十センチおきに前後に張り渡し、機体の車軸またはスキッドの中央に設けたV字型フックをこの鋼索に引っ掛けて、その摩擦を制動力として機体を停止させるという原理で用いられていた。
日本でも、空母として就役した『鳳翔』でこの装置を導入していたが、事故も多かったことから近藤に調査するよう命じられたのだ。上層部の思惑背景はともかく、近藤はイギリスに向かうのであった。
「成る程。これが縦索式ですか……」
近藤は空母『フューリアス』に乗艦し、着艦してくるソッピースパップを見遣って呟きを漏らした。ソッピースパップは着艦姿勢を見せていながら制動力が弱いらしく、着艦し切れないと判断したか、再び飛び立っていく。
「やはり一回での着艦は難しい様ですね。我々も試行錯誤を繰り返している最中なのです」
近藤の言葉に同調するように意を述べるのは、案内役を任された英国士官であった。
「ネルソン大尉、事故も多いと聞きますが?」
「えぇ。どうです少佐、着艦を経験してみますか?」
「……操縦は出来ませんよ?」
「私の後ろに乗れば大丈夫ですよ」
ニカッと笑うジャン・ラベール・ネルソン大尉に肩を竦めつつも頷き、飛行帽と飛行眼鏡を受け取る近藤であった。なお、着艦に成功したのは五回目であった。それから近藤とネルソン大尉は交友を深めるのである。
「貴様がニホンから来たというコンドーか!!」
「君は……?」
「余はグレイス・ネルソン!! 先祖にかのネルソン提督と戦った者を持つ者だ!!」
「あー……娘のグレイスだ。彼女、先祖を敬っていてね……」
ある日、ネルソン大尉の家に招待された近藤を出迎えたのは、金髪碧眼の持ち主でありつつ首元の緋色のアスコットタイは薔薇のコサージュが付いており、ボトムスはボタン留めの黒いラップスカートを装う女性であった。
「では、ネルソンという姓は……?」
「先祖がネルソン提督の下で戦っていたのは確かだよ。トラファルガーでも戦っていたらしい。提督の戦死後に名乗りだしたらしくて許可も貰っていたというけど、何処まで本当かどうか、まではねぇ……」
「何を言う父上!! 現に、その後も今日まで我が家は、ネルソンを姓として来たではないかッ」
父親の言葉にグレイスはムフーと意気込みながら、反論する。
「成る程。まぁそこはグレイス嬢の言う通りじゃないか、ネルソン大尉?」
「まぁ、それはね」
「おぉ、お前は良い奴なんだなコンドー!! よし、父上ッ。特別なラム酒を開けようじゃないか!!」
「君は飲んでは駄目だからね」
「何と!?」
「アッハッハッハッハッハ!!」
父親に釘を刺されるグレイスに、近藤は腹を抱えるのであった。そしてネルソン大尉との交友にグレイスも加わるのは言うまでもなかった。
「コンドー!! バトル・オブ・ツシマの事を聞かせてもらいたい!!」
「あぁ、日本海海戦ね。まぁ、俺も実際に目にしたわけじゃないからなぁ……」
そしてある時は……。
「何!? コンドーはパイロットじゃないのか!?」
「済まんね、ネルソン大尉のようじゃなくて……」
「しかし、それだと航空機の事は分からないのじゃないか? よし、なら余が教授してやろう!!」
「ん? 操縦出来るのかい、グレイス嬢?」
「無論だコンドー!! 父上に出来るなら娘の余が出来るのは当たり前の事だ!!」
「……ほんと危ないからやめて、と言ったのに、飛行免許まで取って来ちゃうしさ……」
グレイスから航空機の操縦を教えてもらい、その結果、近藤がドイツに戻る前日までに、無免許ながらも飛行させる事が出来てしまった近藤であった。
「戻るのかコンドー……」
「まぁ命令だからな。それに今生の別れではないだろ、また会えるよ」
港まで見送りに来たグレイスに、近藤は伝える。
「まさか娘が此処まで懐くなんてね」
「たまたまですよ、大尉」
そう言えば二人の笑い声が合わさった。
「暫くはドイツかい?」
「そうですね。本業がそっちですから」
「ならドイツ旅行をする際は、お邪魔出来ますかな?」
「むしろ日本でなら歓迎しますよ」
「ハハハ、成る程ね」
「おっと時間だ。それではお元気で」
「えぇ、少佐もお元気で」
そして、乗船時間を迎えた近藤がラッタルを登って中段目くらいの時、近藤を止めたのはグレイスだった。
「コンドー!!」
「ん? どうしたグレーー」
振り向いた近藤にグレイスは抱きつき、勢いそのままに近藤の唇にキスをした。
「ッ」
「ッ!?」
グレイスの行動に近藤は眼を見開き、ネルソン大尉は声にならない絶叫と共に硬直する。唇と唇のキスだが、グレイスはゆっくりと離れるが顔を紅く染め上げていた。
「必ず……必ず、また会おう!!」
グレイスはそう言いながらラッタルを駆け降りて埠頭に降り立つ。ちなみにネルソン大尉は、この世の終わりのような表情を浮かべて固まっているが、近藤は視線を反らすしか出来ずにそそくさとラッタルを登るしか出来なかった。
そして、暫くして汽笛が鳴り、船が埠頭を離れる。近藤はデッキで二人を見送り、グレイスはまだ顔を赤く染めつつ手を振り、衝撃から甦ったネルソン大尉は「畜生めェ!! これが嫁に取られた父親の運命なのか!!」と叫びながら近藤に手を振り、別れを惜しんでくれたのである。
(取り敢えず………ハンナにはバレない、よな……?)
船上にてイギリスの地が離れていくのを見据え、そう思う近藤であった。
「…………………」
「あー……どうしたハンナ?」
「……向こうで何かあったのか?」
「い、いや何でもなかったよ(す、鋭い……これが女の勘というやつか)」
ジーッと近藤を見るハンナに、近藤は内心冷や汗だったのは言うまでもない。その後、ハンナの不機嫌が直るまで多少の時間が掛かるのであった。
「フム……彼は上手くやれているようだな」
内閣総理大臣兼海軍大臣の加藤は、報告書を見て満足げに頷く。ドイツから技術者やドイツ製工作機械が日本に来てからは、海軍は元より日本の工業力は底上げされつつあった。(史実より向上されつつあった)
「だが……そろそろ任期もある。戻さないとな」
補佐官にも任期はある。そこで加藤は再来年(大正15年)に交代させる事にしたのだ。その為、史実では大正13年(1924年)にあった東宮武官兼侍従武官フラグは消失していたのである。
(この若者をまだ見てみたい……だが、私の身体が、な……)
この頃、加藤は大腸ガンに侵されていた。それでも、加藤は日本のためにと身体を振り絞って奮闘していたが、近藤の活躍を見る事は出来なさそうであった。
(……長官に話をするか……)
加藤はかつて、対馬沖にて聯合艦隊旗艦『三笠』の艦橋で一緒にバルチック艦隊と戦った鹿児島出身の上司を思い浮かべ、電話機に手を伸ばすのである。
「済まんハンナ」
「……本国に帰れるんだ。良いことだと思うぞ」
大正15年8月、近藤は内地への帰還命令が出された。聯合艦隊兼第一艦隊参謀への就任内示だったのだ。約8年近くのドイツ滞在でありドイツにも愛着はあった。しかし、命令なのは仕方ない。
当時16歳だったハンナも、今では24歳であり近藤に気を向けていた。だが、近藤は近藤で躊躇していた。
(本来の嫁さんいないのに……大丈夫なのか……?)
史実では日本人と結婚している近藤であるが、この世界ではまだ結婚すらしていなかった。見かねた同期等はお見合いを企画したりしているが、近藤は辞退していた。近藤はいつものように喫茶店でハンナとコーヒーを共にしていたが、ハンナは近藤が帰国する事に内心動揺していたりする。
(どうしよう……コンドーが帰ってしまう……)
ハンナは、近藤と良い雰囲気にはなっていたがそれ以上の事は踏み出せず、二人を知る周囲もやきもきさせていた。だからこそ喫茶店のウエイトレスは、ソッとコーヒーのお代わりを持ってきたと同時にハンナにコッソリと紙を渡した。
『Sturmangriff(突撃)!!』
「~~~~~~~~ッ!?」
紙に書かれた突撃命令に顔を真っ赤にするハンナに近藤は首を傾げた。そして夜、いつものようにハンナのアパートまで送った折りである。
「じゃあなハンナ」
「あ、あぁ……」
手を振り、階段を降りていこうとする近藤だったーーーが、それを遮ったのはハンナの手だった。
「ハンナ……?」
振り返った近藤に、ハンナはそのまま抱きついてキスをする。
「ーーーッ」
キスをされた近藤もしっかりと抱き締めてキスを返す。
「……今夜は帰らないで、ほしい……」
顔を真っ赤にしながらも意を述べ切ったハンナへ、近藤の理性がプッツンしたのは言うまでもなかった。
そして、近藤が帰国する日に一人の女性の追加があったのは、語る必要性が消失していた。
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