第十八話
「まぁ干し芋でも食いながらで話そう」
海軍省のとある一室にて山本と近藤は会った。というよりも山本から呼ばれたのだ。
「この干し芋、堀から貰ったヤツでな。お茶と飲むとこれがまた美味いんだ」
「は、頂きます」
干し芋が入ったササを貰い中に入っている干し芋を食べる。幾分かの時が経った時、口を開いたのは山本だった。
「ミッドウェー……本当に御苦労だった」
「空母を取り逃がしたのは残念ですがね。ですが、少なくとも8月までは出てこんでしょう」
「8月まで……か」
「えぇ。恐らく大西洋から空母を回すでしょう。大西洋はUボートという鮫退治をすれば良い。それは小型空母でもやれますからな」
「……成る程」
近藤の言葉に山本はお茶を啜る。
「実は一航艦全体を再編成したいと思っている。艦隊を常備した形にな」
「……となると3F(第三艦隊)くらいでしょうかね。3Fは3月に解散したばかりですし……」
「あぁ。これは淵田中佐からの具申でな」
「成る程(あぁ、確か史実は源田が具申していたな……)」
史実では6月12日に源田による『空母部隊再建案』が提出されておりその中に空母の建制化が謳われていたのだ。源田は戦死したのでそれを淵田中佐が補う形で具申化されたのだ。
「その予定した司令長官……誰が良いと思うかね?」
山本の言葉に近藤は目を細める。
「軍令部に相談も無しで私に……ですか?」
「ハハハ、あくまでも君の意見を聞きたくてね」
「成る程。それなら…現時点では小沢を推します」
「ほぅ、小沢か」
「南雲はこれ以上は難しいでしょう。年功序列のせいで南雲は大分心を消耗していましたので……」
「ウム。南雲と草鹿には仇討ちをしてやりたいが……」
「情に押されてはなりません。勝てる戦も勝てなくなります」
近藤の言葉に山本は無言で頷く。
「それと仮称第三艦隊は対米機動部隊用の決戦艦隊として整備したい」
「……予定する空母が揃うまで……」
「あぁ……一部の空母を切り裂いて米軍を消耗させるための機動部隊の編成を……と考えている」
山本の案はこうだった。空母を主力にした艦隊(第三艦隊)を編成し配備予定した空母が揃うまで機動部隊の航空決戦をしない方針だった。しかし、向こうは待つつもりは毛頭ないのは山本も理解している。そこで、一部の空母を第三艦隊から切り裂いて新しい機動部隊を編成、その機動部隊を米機動部隊に当てて消耗戦を仕掛ける腹だったのだ。
(うーん……やると決めたからにはとことんやる人だからな……)
そう思う近藤だが、ふと閃いたのである。その貧乏くじを誰にしたら良いのかを……。
「長官、その機動部隊の案、少し妙案があります」
「………聞こうじゃないか」
山本も勘づいたのか、はたまたはその予定だったのかは分からないが薄らと口角をあげるのである。それからその日は近藤と山本は深夜まで何か話をするのであった。
昭和17年7月14日、日本海軍は戦時編成改訂を発表した。これまでの第一、第二艦隊、第五、第六艦隊等は変化は無かったものの第三艦隊が新しく新編された。この第三艦隊は空母を主力にした艦隊であり日本海軍は漸く空母を常備した艦隊を持つのである。(これまでの第一航空艦隊は臨時編成)
それに伴い人事発令も行われた。
第三艦隊
司令長官
小沢治三郎中将
参謀長 大西瀧治郎少将
航空参謀 淵田中佐
旗艦『瑞鶴』(修理終了次第、『翔鶴』と交代予定)
第一航空戦隊
『翔鶴』(修理中)『瑞鶴』
第二航空戦隊(司令官 山口少将)
『飛龍』(修理中)『天城』(建造中)
第三航空戦隊
『瑞鳳』(修理中)
第三戦隊
『金剛』『比叡』『榛名』『霧島』
第七戦隊第一小隊
『最上』『三隈』
第八戦隊
『利根』『筑摩』
第十戦隊
『長良』
第四駆逐隊
『嵐』『萩風』『野分』『舞風』
第十駆逐隊
『秋雲』『夕雲』『巻雲』『風雲』
第十六駆逐隊
『初風』『雪風』『天津風』『時津風』
第十七駆逐隊
『浦風』『磯風』『谷風』『浜風』
初代司令長官には小沢中将が就任した。第一航空艦隊司令長官だった南雲と参謀長の草鹿は仇討ちを希望したが山本はそれを却下し草鹿は大西と交代で総務部長に就任した。また、航空参謀には虫垂炎となりミッドウェー島攻撃には参加しなかった淵田中佐が就任したのである。なお、『赤城』から脱出する時は骨折をせず無傷であった。
そして第三艦隊とは別に空母を主力にした機動部隊ーー第二機動部隊も新設された。この第二機動部隊司令長官には近藤が就任したのである。
第二機動部隊
司令長官 近藤信竹中将
参謀長 白石少将
主席参謀 千早正隆少佐
航空参謀 吉岡少佐
旗艦『加賀』(修理中)
第四航空戦隊
『龍驤』『隼鷹』『飛鷹』
第五航空戦隊
『加賀』『雲龍』『龍鳳』
第一戦隊第二小隊
『長門』『陸奥』
第二戦隊第二小隊
『伊勢』『日向』
第七戦隊第二小隊
『鈴谷』『熊野』
第一護衛戦隊
『五十鈴』『名取』
第七駆逐隊
『朧』『潮』『漣』『曙』
第二十七駆逐隊
『有明』『夕暮』『白露』『時雨』
第六十一駆逐隊
『秋月』『照月』
「しかし長官、これでは降格人事になりませんか?」
「なに、構わん。適材適所というヤツだよ」
白石参謀長の言葉に近藤は笑みを浮かべる。山本との話し合いで近藤が妙案と言ったのは消耗戦上等であるこの第二機動部隊の司令長官に自分を推した事である。流石にそれを聞いた山本は最初は唖然としていたがやがては爆笑してしまう。
何せ消耗戦をする機動部隊に自ら立候補するからだ。だが、爆笑から返ってきた山本は近藤が適材としか見えなかった。開戦前から航空機の事を理解し、開発や育成にも口を出し結果を出してきた男が目の前にいるのだ。
山本はアメリカと講和するためなら何でも使うつもりでありそれが近藤であろうと関係無かった。だからこそ軍令部を捻じ伏せて近藤を第二機動部隊司令長官にさせたのだ。ちなみに後が空いた第二艦隊司令長官には南雲が滑り込むという荒業を使用した程である。
ちなみに『加賀』はまだ修理中の為、『陸奥』を臨時の旗艦としている。
「しかし、参謀長には無理を言って来てもらって悪いな」
「いえ、長官の下で働けるのは光栄ですから」
謝る近藤に白石少将は苦笑しそう言う。白石少将も近藤の無茶には慣れてきている様子であるが着任したばかりの千早少佐と吉岡少佐はまだ慣れていない様子である。
「だが今の機動部隊はかなり忙しいぞ。何せ母艦飛行隊は解隊されて専門部隊が創設されたからな」
同じ日に各空母の母艦飛行隊は解隊された。艦載機部隊として再編成されたのが600番台の航空隊であった。史実では第601海軍航空隊等と呼称された航空隊である。
史実では戦争中期までの日本海軍の空母飛行隊は、各空母に所属し、艦長の指揮下にあった。この指揮系統では、複数の空母を統括する航空戦隊司令部が飛行隊を直接指揮することができない。また、飛行隊が飛行中に所属母艦が敵の攻撃で機能不全に陥った場合、僚艦への緊急着艦に手間取ることがあった。そこで、母艦と飛行隊の指揮系統を分離し、全ての飛行隊を統括する部隊を作る構想が発生した。これは先に陸軍飛行隊が実施していた『空地分離方式』を海軍でも採用したのであり、マリアナ沖海戦後は空母飛行隊だけでなく基地航空隊でも積極的な空地分離を実施した。
近藤は『空地分離方式』を山本に具申し山本もこれを認め直ぐに軍令部を突いた事で史実より2年程早くに開隊されるのである。
開隊されたのは第601空、第602空、第605空、第651空、第652空でありそれぞれ基幹となったのが以下の通りであった。
『赤城』『加賀』飛行隊(第601空)
『蒼龍』『飛龍』飛行隊(第602空)
『翔鶴』『瑞鶴』飛行隊(第605空)
『龍驤』『隼鷹』『飛鷹』飛行隊(第651空)
『瑞鳳』『雲龍』飛行隊(第652空)
なお、8月に就役予定の『天城』『葛城』も母艦飛行隊はあったが5個航空隊に分配されるのである。
「しかし、この第二機動部隊は色々と混ぜ込まれていますな」
「あぁ……第一護衛戦隊の事か」
千早少佐の言葉に近藤はそう呟く。第一護衛戦隊は『長良』型乙巡である『五十鈴』『名取』の2隻で編成された戦隊でありその任務は艦隊の防空及び対潜であった。南方作戦終了後に近藤は山本を通して防空巡洋艦や対潜巡洋艦を兼ねた護衛巡洋艦の必要性を具申しそれが通ったのが『五十鈴』と『名取』であった。2隻は14サンチ単装砲等は撤去され、史実『五十鈴』の戦時改装と同じ改装をされた。
但し、高角砲ではなく45口径12.7サンチ両用砲を搭載し25ミリ三連装機銃は8基とされ、単装機銃は24基にまで追加装備されている。
対潜兵器も1式水中聴音機1組(史実四式ソナー)と99式水中探信儀1組(史実三式ソナー)を搭載しており他の軽巡よりかは優秀であった。
(だが問題は米軍の出方だが……)
白石や千早達が和気あいあいと話す中、近藤は提督席に座る。ミッドウェーでは撃沈こそ出来なかったがそれでもある程度は叩けたと近藤は認識していた。しかし、近藤はそれを甘いと思っていた。
(アメリカの工業力は侮るべからず……恐らく1隻は修理完了していると見込んだ方が良いな……後は大西洋からの回航か……)
「………前途多難……だな……」
そう呟くのであった。そして8月7日、ソロモン諸島から急報が入るのである。
『ガダルカナル島ニテ連合軍上陸ス』
ガダルカナル島の戦いの始まりであった。
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