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貴女も、ボクも。

作者: 山本輔広

 両手で口元を隠して、ボクは驚きに言葉を失っていた。

「何黙ってんのよ」

「だって、お前女だったのか」

 

 高校に上がって再会した幼馴染は髪こそショートカットだけど、その下半身はズボンではなくスカートを履いていた。

プリーツスカートから伸びる足は白くて柔らかそうで、きゅっとしまった足首が綺麗だった。

 小学校以来の再会だった。

昔一緒に泥だらけになって遊んだ幼馴染は顔こそ当時の面影を残してはいるけれど、その姿はどうみたってただの美少女だ。


「久しぶりに会って声かけてみたら、何よその態度」

「え、だって。ずっと男だと思っていたから」

「女で悪かったわね」


 あっかんべーなんてする彼女――桜田真央は少し照れくさそうに頬を赤らめていた。

「だって、昔はずっとズボンばっかり履いてたし。胸なんかなかったし」

「そりゃ、小学生のころだったら胸がないのは当然でしょ。かっくんこそ女の子みたいだったじゃない」

 かっくん、とは小学校からのボクのあだ名だ。

もうかっくんと呼ぶ人はほとんどいなくなっていて、久しぶりに耳にするあだ名は自分のことなのに懐かしい。

あの頃の記憶が鮮明に戻ってくるようで、でも、目の前の現実はあまりに変わりすぎていて。

頭は混乱するとエラーを出して、どうも言葉が出てこない。

「それは、だって……」

「まぁいいわ。積もる話もあるし、久しぶりにお喋りしましょうよ。放課後あけといてね」


 放課後、学校近くのファミレスにボクと真帆は集まっていた。

とりあえず頼んだドリンクバーでコーヒーを飲んでいたけど、なんだか落ち着かない。

だって、ずっと男の子だと思っていた幼馴染は女の子だったんだから。

男だと思っていたのに――女だと分かって、何を思えばいいのか感情に整理がつかない。

 真帆は小学校高学年のときに引っ越しをしてしまい、そこからあまり会うことがなかった。

中学校のころはほとんど会っていなかったし、まさか高校でまた会うなんて予想もつかないことだった。


「ねぇ、聞いてる?」

「あ、うん、聞いてるよ」

「絶対嘘。じゃぁ今何話してたか言ってみてよ」

「……ごめん、聞いてなかった」

「ほらやっぱり。せっかく再会したのに感動のひとつもないわけ? そんなぼーっとしちゃってさ」

「ごめんて」

 喋り方も仕草も女の子らしくて、やっぱり脳が混乱する。

まだ記憶の中の真央は男だし、今目の前の真央は女の子で。

大きくて光を反射する宝石のような瞳も、うっすらと紅色に染まる頬も。視線を下げればブレザー越しにも分かる乳房も。

目の前の情報は真央をすべて女の子だと認識している。

「どこみてんのよえっち」

「ていうかさ、一気に女の子っぽくなりすぎじゃない?」

「中学生くらいからおっぱいが一気に出てきてさ。めんどくさいよ、女って」

「そ、そっかぁ」

「かっくんはずっと変わらずだね。お肌白いし、華奢だし。かっくんのが女の子っぽいじゃん」

「それは」

「まーいいけどね。これからまた一緒の学校に通えて嬉しいよ。改めてよろしくね」

「うん。よろしく、まーちゃん」

「まーちゃんって言われるの懐かしいなー。今真央って呼ばれることの方が多いからさ」

「ボクも同じだよ」


 どれだけ話しただろう。

ドリンクバーと少しのスイーツだけを頼りに、ボクたちは積もる話を少しずつ消化していった。

話していると徐々に昔の感覚を戻してきて、昔と変わらないくらいには話せるようになっていた。

 真央は昔と変わらない。

あの頃みたいにおてんばだし、よく笑って犬のように思える。

ただあの頃と違うのは、その仕草のところどころに女子を感じるところだった。


 再会した日から真央と過ごす日が増えていった。

クラスは違うけれど会えば挨拶は必ずしていたし、放課後に二人で寄り道をすることもよくあった。

あまりに二人で過ごす時間が多くて、クラスメイトからは「お前あいつと付き合ってんだろ~?」なんて揶揄されることもしばしば。


 ただ、過ごす時間が長くなればなるほど、心苦しかった。

正直な話、ボクは幼い頃から真央が好きだった。

再会して女だと分かったときは勿論衝撃的だったし、あの衝撃は生涯忘れることがないだろう。

女だと認識できた上で――それでもボクは真央が好きだと感じた。


「ねぇ、次の休み暇? みたい映画があるんだけど」

 なんていう真央。

断るつもりなんて勿論ない。二つ返事で了承すると、真央は嬉しそうに跳びはねて笑う。

やっぱり犬っぽいなぁ、なんて思う。


 次の休みの日、映画館に二人で出かけた。

やっぱり真央は女の子らしくて、ロングスカートな姿は清純な女の子そのものを具現化したように思える。

それに対して、ボクはいつも通り。上下ジャージ姿はとてもデート向きな服装とは言えない。


「このシリーズすっごい好きでさー、かっくんは見てる?」

「ちょこっとだけ。だってこれ予習するのにシリーズ結構見なきゃなんでしょ」

「そんなにだよ、10作も見ればだいたい予習できる」

「めっちゃ見るじゃん」

「えー、そんなことないよ」


 真央はアメコミ原作の映画が好きらしい。

今回みる作品もそのうちの一つだ。無責任なヒーローが世界を救う、なんていう如何にもアメコミって感じの作品。

目を輝かせている真央をみていると、また昔を思い出す。

そういえば昔から特撮とか好きだったな。魔法少女とか恋愛もののアニメなんかよりもヒーローものを好んでいた。

だからこそ、真央を男の子だと余計に勘違いしていたのもあるだろう。


 正直映画の内容は頭に入ってこなかった。

何故なら、ボクは今日のデートの終わりに真央に告白しようとしていたからだ。

気持ちを伝えたらどうなるのだろうと思う。この関係は終わるのか。それとも次なる一歩に変わるのか。


 映画が終わって、ファミレスで夕飯を食べた。

終わりの時間がそろそろ近づいている。今日はどんな風に終わるんだろうと思うと、心が痛い。


「昔さ」

「うん」

「二人でカブトムシ取りにいったりしたよね」

「あーいったね」

「あのとき懐中電灯なくしてかっくんめっちゃ泣いてたよね」

「黒歴史すぎる」

「男のくせに泣かないでよってめっちゃ怒った気がする。あたしの懐中電灯の灯りだけが頼りでさ、二人で暗い道を歩いて帰ったよね」

「……懐かしいね」


 帰り道、ボクはバスだったけれど真央は電車だった。

真央を見送るために改札まで一緒に歩いた。

改札が近づくにつれて心臓がこれ以上ないくらいに高鳴る。

だって、これから真央にボクの気持ちを伝えるんだから。


「じゃ、今日はありがとね。また明後日学校で」

「あのさ、真央」

「なに?」

「ずっと好きだった。ボクと付き合って欲しい」

「まじ。あたしも」

「えっ」

「えっ」


 これは。

オッケーということでいいんだよな。


「えと、じゃぁボクと付き合ってくれるの?」

「うん、いいよ。あたしも好きだったし」

「なんだかあっさりしすぎてて拍子抜けだ」

「そう? じゃ、また明後日学校でね、またね彼氏さん」

「う、うん、またね」


 改札を通り過ぎていく彼女を見送る。

その場から動けなかったボクはずっと彼女の背中を見つめていた。

彼女は一瞬立ち止まると顔を真っ赤に染めて手を振った。


 バスで帰る途中、真央からのメッセージが届いた。

どうやら彼女はあまりに恥ずかしかったらしく、あんなそっけない態度をしていたようだ。


『そっけなくてごめんね』

『恥ずかしすぎて逃げたくなった』

『でも』

『あたしも好きだったのは本当だよ』

『これからよろしくね、彼氏さん』


 心が痛かった。

はじめてできた彼女には、まだ言っていないことがある。

ボクの告白はまだ終わらない。

だが、このまま隠すこともできない。

覚悟を決める。

明後日、ボクはもう一度真央に告白する。



 その日、午前中は学校に行けなかった。

午後から登校すると、物珍しいものを見る周囲からの視線が刺さって痛い。

だが、もういいんだ。

真央にラインを打つ。

放課後、校門前で待っていると。


 放課後になって、真央を待っていた。

十分くらい待っていると真央が姿を見せる。笑顔だった彼女の顔が驚きに表情を無くしていく。

 ゆっくりとボクの前まで歩いてくる。

両手で口元を隠して、真央は驚きに言葉を失っていた。

「何黙ってんの」

「だって、かっくん……」

「ごめんね、騙していたつもりはないんだ。でも、いつまでも勘違いさせるわけにもいかないと思って」

 今日は真央と同じスカートを履いていた。

あまりしないメイクをして、今日は最大限に自分の性を表にむき出しにした。

こんなボクでも、真央は彼女でいてくれるだろうか。

二度目の告白は、言葉にせずとも真央に伝わっていた。


「かっくん、女の子だったの?」


 ボクの名前は市原かおる。

昔はかっくんと呼ばれることが多かったけど、中学からはその名で呼ばれたことはなかった。

きっとそれは周りの子たちが思春期になって異性を認識しはじめたからだろう。

真央みたいに発育はよくなかったけれど、これでも一応ちゃんと女の子だ。


 手を繋いで真央と帰った。

その日、ボクははじめて真央とキスをした。

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