居酒屋のメリークリスマス
突発短編です。
クリスマスイブに何かしらの爪痕を残したくなる事は罪でしょうか閻魔様?
ちなみに甘いようで甘くない少し甘いラブコメです。
どうぞお楽しみください。
「大将、こんばんは」
「いらっしゃい!」
町の小さな居酒屋。
店にはカウンター数席と、奥に十人入るのがやっとのテーブル席。
棚にはずらりと並ぶ焼酎。
黒板には今日のお刺身とおすすめ。
クリスマスイブに目指して来る店ではない。
「……よぉ」
入ってきた男は、唯一の客である女を見つけて渋面を作る。
女は女で大きな溜息を吐いた。
「あんたまたクリスマスに一人? いい加減彼女作りなさいよ」
「お前にだけは言われたくないね。このクリスマスイブ三年連続皆勤賞が」
「ブーメランって知ってる?」
「まぁまぁ、だからこそ飲み物半額とかやってるんですから、楽しく飲んでいってくださいよ」
「……はーい。じゃあ生おかわり」
「俺も」
「あいよ!」
店主の言葉に男は女の隣に座り、差し出されたおしぼりで手を拭きながら、飲み物を作る背に声をかける。
「それにしても客少ないね大将」
「クリスマスイブですからねぇ。みんなワインの美味しいお店に行ったりとか、チキン買って家族で食べたりとかするんじゃないですか?」
「そうかもしれないけど……。あ、佐藤さんは?」
「気の合う女の人を見つけたそうで、今日はクリスマスデートだそうです」
「へー。田中さんは?」
「元カノとよりを戻したそうですよ」
「鈴木さんは?」
「ばっかねぇ! 今年の一月に結婚されたじゃない! 常連一同で『花の誉』一升瓶贈ったの忘れたの!?」
「あ、そういやそうだった……」
頭を掻く男に、女は再び溜息を吐いた。
「あー、あんたがモテない理由がわかった気がするわ。そういう雑なところ、何とかした方がいいんじゃないの?」
「う、うるさいな! ちょっと忘れてただけだろ!」
「はいはい喧嘩しない。生ビールお待たせ」
「……あ、はい」
「ふん。……乾杯」
「お、おう、乾杯」
ジョッキが澄んだ音を立てて触れ合う。
男は勢いよく飲み干した。
「ぷはー! やっぱり仕事終わりはこれだなー!」
「ねー。これでちっちゃいワイングラスにシャンパンでちびちび飲むなんてやってらんないわよねー」
「お前がモテない理由がわかった気がする」
「何よー! 好みなんだから仕方ないでしょー!?」
「お待たせしました。ローストビーフの山葵醬油です。それとビールのおかわり」
また言い争いになりそうなタイミングで、店主が女に料理を、男に生ビールを差し出す。
男はその料理に目を剥いた。
「うお! 何だそれ! めっちゃ旨そう!」
「ふふーん。メニュー見てビビっときたのよねー。これならビールにも日本酒にも合うし」
「大将! 俺にもそれくれる!?」
男の反応に、店主は少し困った表情を浮かべる。
「あー、実はもう一つおすすめがあって、今丁度焼き上がったんでそっちを食べて欲しいんですが……」
「何!?」
「ちょっと大将! 私聞いてない!」
「照り焼きローストチキンレッグなんですけど、確か甘辛いのお好きでしたよね?」
「それだ! お願いします!」
「すぐお出ししますね」
すると女がそれに反応する。
「大将! それ私も!」
「構いませんけど、結構ボリュームありますよ?」
「う……! 確かにチキンレッグ丸ごとは……」
すると男が女ににやりと笑いかけた。
「分けてやろーか?」
「くっ……!」
「その代わり、そのローストビーフ、少しよこせ」
「……! 交換って事ね! それならいいわ!」
「お待たせしましたー」
そのやり取りを待っていたかのようなタイミングで、店主はローストチキンレッグに切り分け用のナイフを付けて出す。
「どうぞ。自信作です」
「……! うぉ! 柔らけー! しかも甘辛いタレが絡んで絶品……!」
「……本当だ! 何これ超美味しい!」
「これは大当たりだな……」
「こっちのローストビーフも食べなさいよ! 絶対びっくりするから!」
「……何だこれ……。とろけるのにさっぱりしてる……!」
「ね! もう一切れあげるから、チキンちょうだい!」
「あぁ! 勿論だ!」
盛り上がる二人。
そこに透明なお銚子で、店主が日本酒を出した。
「こちら、ちょっと試しで入れてみたお酒なんですよ。澱がらみの微発泡で、炭酸で澱が浮かび上がる様から『昇雪』っていうお酒なんですけど」
「わー! 本当だ! スノードームみたい!」
「おい、飲もうぜ! お猪口持てよ!」
盛り上がる二人。
二人は知らない。
店主がこの二人のために、店を貸切にしている事。
常連には自宅を開放し、ライブ中継している事。
そして自分達が良い酒の肴になっている事に……。
「ねぇ! このお酒だったら、味噌漬けチーズ合うんじゃない!?」
「いくらの粕漬けも絶対合うぞ!」
「両方半分盛りでお出ししますね」
店主の生暖かい目に包まれながら、クリスマスイブの夜は更けていくのであった。
読了ありがとうございます。
一万円払ってライブカメラの最前列で日本酒飲んで、何なら告白するかどうかのトトカルチョをしたい。
勿論告らないに全部。
……自分、博打は弱いんでね……。
メリークリスマス!