貴族の屋敷
久しぶりの更新です。
路地裏を抜け、貴族街に入る。先ほどまでいた通りとは違い、日光が道を照らし、人の数も段違いだ。
レオは路地裏でのローブ男のことを思い出していた。フードのせいで顔は見えなかったが、身長はレオと大して変わらないように思えた。
だが、ローブ男はレオの攻撃を躱した上に蹴りまで入れたのだ。レオは冒険者の中でもそれなりの強さだが、こうもあっさりとやられたことがなかった。
「結果的には何もなかったものの、あんまり路地裏を通るのはこれから気を付けるとしよう」
それが、今回の件でレオが学んだことだ。
「それにしても、えっと━」
「あぁ、そういえばエシュリーの名前は聞いたのに俺の名前は言ってなかったな」
エシュリーが言葉に詰まり、その理由を察したレオは、
「俺の名前はホシヤ・レオ。遅い自己紹介だけどよろしく」
エシュリーに向けて親指を立て、グットポーズ。しかし、エシュリーはレオの方には顔を向けず前を見ている。
エシュリーのつれない態度にげんなりしたが、エシュリーが真面目な顔をこちらに向けたため、レオは背筋を正す。
「話を続けますが、あのローブ男はそれなりのランクだと思います。レオは見た目からして冒険者をやっているのでしょう?」
「え、まぁ。一か月前に始めた未熟な冒険者だけどな。最初はただ冒険者をやってみたいっていう興味本位だったんだけどね」
「興味のあることに突き進むことはいいことです。ところで━━」
と、ここでエシュリーがレオの方を向いた。エシュリーは何か疑わしそうな表情でこちらを見つめている。
「先ほど一か月前に冒険者を始めたとおっしゃいましたか?」
「ん?あぁ、言ったな」
「……その、今のあなたのランクはどれくらいですか?」
少しの間を開けた後、エシュリーはレオにそう質問した。特に秘密にすることではないのでレオは正直に答える。
「俺は今、53だけど?」
「え⁉53⁉そ、そんなに……」
「なんでそんなに驚かれるかわからないけど、53なんてまだまだだろ?そんなにすごいもんじゃないし……」
「そんなことはありません。53といえば、現騎士隊隊長のヘルドルリア隊長が一年かけて到達したという噂です。それをレオは一か月で成し遂げたというのですか!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて!」
エシュリーは顔を真っ赤にさせてレオに詰め寄ってきた。その時、微かに甘い香りがしてレオの心臓の鼓動が早まる。だが、ギリギリのところで理性を保ち、あわててエシュリーの肩をつかんで落ち着かせる。
エシュリーは、はっとして我に返り、レオとの距離を元に戻す。その顔は朱に染まっていた。
「し、失礼しました。私としたことがつい…」
「いんや、気にするな。と言いたいが、なんであんなに俺に詰め寄ってきたんだ?」
レオは先ほどの行動の原因を問う。理由は単純、ただ気になるからだ。エシュリーは朱の顔をさらに赤くし、レオと目を合わせず、手をもじもじとしている。
そのとても可愛らしい様子にレオは思わず見惚れる。だが、エシュリーがレオに視線を戻したことでレオは我に返る。
「そ、その、私、英雄譚などを読むのが趣味で、今まで読んできた書物でとても素晴らしい方々の物語に触れてきました。だからこそ、レオから英雄の片鱗が見えた気がしたからです」
エシュリーは最初こそおどおどしていたが、途中から夢見る少女のような表情で語っていた。
「英雄の片鱗とはまた大袈裟な・・・」
「いえ、大袈裟ではありません」
エシュリーの答えにレオは呆れた。英雄とは、初対面の人間には普通は言わない。だというのに、エシュリーは堂々とレオと面向かって言ったのだ。呆れる他ない。
「ただ、言われて嫌な言葉ではないな」
「ふふ、期待していますよ?」
「なぜそんなに初対面の人に期待できるか謎だ」
「それでも、あなたは私を助けてくれた善人だと、私はそう認識しています」
「ただの偽善者っていう場合もあるかもよ?」
「いえ、それはありません。だって、目を見ればわかるからです」
レオはその言葉で理解した。エシュリーという少女は人を疑うことを知らないのだということを。そうでなければ、たった一度、命を救ってもらっただけの人間にここまでのことをお願いできるものだろうか。いや、レオにはできない。
だが、エシュリーの言葉が疑問に思い、それを問おうと思った時、 横を歩いていたエシュリーがレオの横を抜け、正面に回りお互いの顔を向かい合わせる。
エシュリーは目の前にある屋敷を左手で示しながら、
「こちらが我がスウェルザン家の屋敷になります」
エシュリーの指す屋敷を見てレオは驚きを隠せなかった。エシュリーはそのレオの表情を見て胸を張っている。だが、エシュリーに構っているほどレオは落ち着いていなかった。レオが見ているそこには、城と言っても過言ではないほどの大きな建物が建っていた。
浅緑色の屋根に白色の壁が陽の光を反射し輝いているように見える。外から見ている限りでは建物は5階建てで、よく見ると壁に細かな彫刻が施されている。庭は庭というよりも原っぱという表現が適しているだろうか。それほどの広さだった。正門から建物の入り口までに歩いて何分かかるやら。
「こんなにすごい屋敷に住んでるの?」
「ええ、驚いてくれたのならこちらもうれしいです」
レオの開いた口が塞がらないでいる姿がよほど面白いのか嬉しいのか、エシュリーはにこにこと可愛らしい表情でいる。
二人が、というか主にレオが正門前に長い時間突っ立っていた為、屋敷の方から人が近づいてくるのに気づかなかった。
「お帰りなさいませ、お嬢様。おひとりで王都を散策するのはあれほど遠慮お願いしたはずですが?」
透き通るような声音の少女がエシュリーの方を向いたまま真顔で問い詰める。
「う、ごめんなさい。ちょっと行ってみたいところがあったから、その、内緒で…」
「お嬢様になにかあった場合のことを考えて━━」
「わ、わかったから!ほ、ほら、お客様がいるでしょ?だったらちゃんとお出迎えしなきゃいけませんよ!」
「……はい、そうですね」
屋敷の方からやってきた少女はエシュリーに説教を始めようとするが、エシュリーが慌ててそれを回避する。エシュリーに言われてため息を吐き、少女はレオの方を向いた。
肩上まで伸ばした青髪のボブに編み込みを垂らしている。青い瞳は陽の光を反射し、サファイアのような美しさがある。黒と白を基調としたメイド服を着ており、頭にはホワイトブリムを身に着けている。
少女はレオにカーテシーをし、
「先ほどは見苦しいところをお見せしました。当家で使用人を務めております、リサと申します。以後お見知りおきを。」
「こちらこそよろしく。厄介な冒険者で悪いけれども。」
「なるほど、道理で。」
少女━━リサは何か納得したように頷き、再びエシュリーに向き直る。
「それでお嬢様、冒険者を連れてのご帰還について詳しくお伺いしたいので中に入りましょうか。」
「ぅ、はい。」
エシュリーはリサの促しに逆らわず、というより逆らえずに屋敷の中に入っていく。リサは振り返り、レオを見て、
「お客様も中にどうぞ。」
そう言われ、レオも二人の背に続くのだった。