死んだら——?
「はぁー」
ため息を吐きながら、少年——星家麗央は学生鞄を背負い直した。
麗央は今年16歳になる高校1年生だ。地元を出て東京の私立高校に入学し、成績はそこそこの平凡高校生である。
ストレートな黒髪に、黒瞳。周りと比べたらそれなりに整っている顔。
麗央自身はイケメンと思っているが、彼女ができたことはない。
服装は紺のブレザーに学年カラーの赤色が入ったネクタイを締めている。
麗央は現在、学校の帰り道を歩いていた。
季節はクリスマスが近づいている頃。クラスの人達は彼女or彼氏とのクリスマスデートの話題で盛り上がっている。
その様子を横目に、教室で1人本を読んでいた状況を麗央は思い出していた。
「ゔゔー、寂しっ!俺寂しっ!つか、なんで俺彼女できないの?まぁまぁのイケメンだと思うのになぁ。」
麗央は独り言を言いながら暗い道を歩いていた。その時——
キッキー、ギュルルルルルルー
大きな音が麗央の背後から聞こえ、振り返ろうとした途端、強い衝撃が来た。
「うがっ、どっ、ゲホッ——」
麗央は吹っ飛ばされ、地面にバウンドしながら倒れた。
背中に鋭い痛みが走り、全身が痺れたかのように動けない。
「いってぇ——」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
考えることができない。頭が痛みによって働かない。
だんだん視界が暗くなってきた。誰かが近くに走ってきたような気がするが、麗央はそれに構っていられない。
麗央を襲った衝撃はおそらく車だろう。衝撃のきた直前の音がその証拠だ。
「くはっ、ゲホッ——」
思わず笑ってしまった。犬死——その言葉が今の麗央に適していると、そう思ったのだ。
そして、そのまま星家麗央という少年は息を引き取った。
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暗い、暗い、闇の中。
手、足、頭、目、胴、耳、口、鼻——人間の体という体を感じられない、ただの意識だけの存在。
麗央は今、闇の中にいる。
考えることはできる。だが、感じられない。
体がないから周りの様子を見ることもできない。
そう感じた時、微かな光が見えた。どこからか光が漏れているのだろう。
もしそうならば、この闇から脱出できるかもしれない。
それに、おそらく意識だけの世界ならば、自分がそう意識すれば——
麗央は気合を入れ、光の元を追う。その光の方へ進む、と考えれば移動できた。
だんだんと光に近づき、光が強くなり——
ガヤガヤとレオの周囲に人の声や物音が聞こえる。
閉じていた目を開き、暗闇だった視界に光が差し込む。
あまりの眩しさに何度か瞬きをし、明るさに慣れてから、周りを見て、レオは大いに驚いた。
目の前を馬車が横切り、道の両端を人や、猫耳の生えた毛むくじゃらの生物が二足歩行で歩いていた。
レオは視線を上に向けた。先程とは打って変わって、星が光っていた夜の空ではなく太陽の出ている昼間の空だった。
後ろを振り向くと、大きな噴水があり、数人の人が座って休んでいた。
レオは噴水に近づき、水面に映った己の姿を確認した。そこには——
「こ、これが、俺?」
16年間世話になった麗央の姿とは、違う人物が写っていた。
黒髪、黒瞳なのは変わらないが、目つきが少し悪く、髪の癖が強くなっている。
「これって、まさか!」
死んで別の世界へ新たな生を受けることを人々は古来より、転生という。つまり、
「俺は転生したわけか・・・」
レオは視線を下に下げる。服装は黒一色のローブを羽織り、まさかのズボンまでも黒だ。目立つものといえば、首から赤い結晶のようなものを下げていることだろう。
武器、お金、その他生活に必要そうなものは持っていない。
「だがしかし!古来より異世界へ召喚、もしくは転生した場合、特別な力が与えられるのはお約束。」
今はまだ何もないが、何か行動を起こせば、世界からのお告げとかなんとかが反応してくれるかもしれない。レオは気合を入れ、頬を思い切り叩く。
「うっし!まずはRPGの定番、冒険者ギルドとかそんなとこに行くべきかな?」
異世界へ行ったのなら、やはりラノベとかでお馴染みの冒険者をやりたい。とりあえず、レオは噴水広場の右に通じる道を進んでみた。
それから10分ほど後、———―レオは道に迷っていた。
「うーん、そういえば俺、この街の地形とか全然知らないんだった。」
広場にあった地図でギルドの存在は確認してある。ついでに、この世界の文字も確認済みだ。日本語ではない見たことのない文字だったが、どうやら文字を読むことはできるらしい。
「だけどほら、出たよ!俺の悪い癖その15、方向音痴!」
レオは現在、原っぱの広場にある花壇の端に座っていた。花壇には見たことのない赤や黄色などの花が美しく咲いている。
あまり人気のない広場のため、情報収集をしようにもできていない状況だった。
「こうなったら、少し通りに出て、またあの洋服屋さんにお邪魔しますか。」
レオが指す洋服屋さんというのは、繁華街にある地味な店のことだ。
先程、レオはその店に行ってみたのだが、無一文だった為、店員に追い払われてしまった。
「向こうだと、お金持ってないってことがあんまりなかったからなぁ。無一文の辛さ実感って感じ。」
レオは立ち上がって、尻についた土を払い落とす。
そして、先ほどいた繁華街の方へ向かった。
原っぱの公園を出て、まっすぐに向かった先の道へ出る。
すると、———
「きゃーっ!」
後方から女性の悲鳴が聞こえた。振り返ると、道の真ん中に座っている女性が声を上げたようだ。その女性の正面から猛スピードで突進してくる馬車がいる。
このままでは女性が馬車に轢き殺されてしまう。そう考えるより先に体が動いていた。
レオは女性を片手で脇に挟むようにして抱えると、来た方向とは反対側の道に向かって走った。
レオが道に倒れ込みながら飛び込んだ時、背後で馬車が駆け抜けていった。
女性が助かったと見るや、周りにいた人々はレオに向かって歓声や拍手をした。
レオはそれらを無視し、女性に安否を尋ねる。
「大丈夫か?」
「は、はい。あなたのおかげで助かりました。」
女性は金色のウェーブがかかった髪に、紺碧の瞳、オレンジ色の豪華なドレスを着ている美しい人だった。首からレオと似ている形の白い結晶をぶら下げている。
「私は、エシュリー・スウェルザンと申します。命を助けていただいたお礼に何か私にできることはないでしょうか?」
「いや、別に俺は——」
彼女——エシュリーにレオはお礼はいらないと言おうとしたが、ふとあることを思いついた。
「えー、おほん。そうだな、お礼なら教えて欲しいことがあるんだ。」
「教えて欲しいこと、ですか。はい、可能な限りお答えしましょう。」
女性はレオの提案に最初は戸惑ったが、受け入れてくれた。
「あのさ、情けねぇんだが今俺迷子なんだ。それで、冒険者ギルドとかの場所を教えて欲しいなぁって思ってるんだけど、場所って知ってたりする?」
自分が迷子ということを伝えて恥ずかしくなり、最後の方は早口で話してしまった。
だが、エシュリーはレオの早口を聞き取れたらしく、少し考えた後、ギルドの場所を教えてくれた。
レオはエシュリーにお礼を言い、彼女が教えてくれた通りの道順で、やっとギルドに着くのだった。
ちなみに、エシュリーはレオに「これではお礼にならない」と渋っていたが、レオがなんとか説得できたのはまた別の話だ。
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エシュリーの教えてくれたギルドは、正式には『王都下町ギルド』と言う場所らしい。
外から見た建物はその辺の建物より大きく、壁はコンクリートでできており、大きな木製の扉が正面にある。
中に入ると、思っていたよりも人が多く、賑やかだった。
レオはカウンターと思われる所に行き、受付の女性と話していた。
冒険者になるには手続きが必要だかららしい。
最初に案内してもらったのはカウンターの横にある黒い石板だった。
「この石板に手を翳してください。すると、この石板に、あなたのステータスが浮かび上がってくるので、私がこの冒険者手帳に書き留めます。クエストをする際にはこの手帳をギルドの職員にお見せください。」
レオは女性の説明に頷くと、指示された通りに石板に手を翳した。
すると、石板の表面に青白い光が浮かび上がり、徐々に文字になっていった。
ちなみに、この世界の文字は日本語ではないが、異世界特典なのかわからないがレオは何故か読めるのだ。
石板に浮かび上がってきた文字を女性がすぐさま書き写し、手帳をレオに渡してくれた。
「これで冒険者手続きが完了しました。えっと、失礼なのを承知で一つ伺いたいことがあるのですが、本当に冒険者になるのですか?」
女性の質問にレオは首を傾げるしかなかった。
冒険者になりたいと先ほど言ったはずなのに、何故この女性はもう一度聞いてきたのかがわからなかった。
「あの、あなたの〈剣術〉が普通の冒険者よりもだいぶ上なんです。」
レオは先程女性に渡された手帳を開き、自分のステータスが記入されたページを見た。
左上に自分の名前、性別、年齢、職業、の欄があり、その下に〈剣術〉、〈魔法〉、〈スキル〉の三つの欄がある。
確かに、〈剣術〉のレベルが〈魔法〉や〈スキル〉よりも大きかった。
だが、レオは普通の基準がわからない為、上なのかも下なのかもわからない。
「普通、〈剣術〉は初心者ならば、レベル1から始まります。幼少期に経験があるという方でもレベル5が最高なんです。」
レオは〈剣術〉と書かれた欄を見た。そこにはレベル108と書かれていた。
「確かに、これだいぶ上だわ。あれ?んじゃ、〈魔法〉は?」
〈魔法〉の欄にはレベル3と書かれていた。〈剣術〉との差がありすぎだ。
「あ、〈魔法〉に関しては人並み以下ですね。〈魔法〉は才能に左右されやすいので。」
そう女性にハッキリと言われた。
人並み以下ということはレオには魔法の才能がないと言うことだ。
「俺の異世界ライフ、詰んだじゃん?」
魔法をバンバン放つことを想像して冒険者になったのに、魔法の才能がないとは悲しすぎる。
「なぁ、そういえば、この〈スキル〉って何?」
「これは所有者の持っている技術のことです。魔物を狩ったりしなくてもレベルを上げることができます。」
〈スキル〉の欄には料理、体術、的当てと書いてあった。
「うーん、確かに俺の特技だな。」
料理は実家が田舎だったから、幼い頃から料理をしていた為、家族内でお母さんの次に料理ができていた。
体術、レオの中では武道のつもりだが、小学校の頃に空手を4年間やっていた。中学では剣道部に所属していたし、高校では合気道部に所属している。それぞれ段位は取っている為、確かに体術は得意な方だろう。
的当てとあるが、レオはそこまで的当てが得意だった記憶はない。
「というと、これは異世界転生特典?」
はっきり言ってしょぼすぎである。期待していた分を返してもらいたい。
「兎に角、これで冒険者になれたわけだな。」
「はい、これで手続きは完了です。ですが、本当に冒険者でも良いのですか?」
「あぁ。確かに〈剣術〉のレベルが高いのはわかるけど、そこまで問題あるの?」
「あなたの〈剣術〉のレベルだと、王国所属の騎士団の〈剣士〉として雇われてもおかしくないと思いますが?」
「王国所属の騎士団?」
王国というと、今レオがいる場所のことだろう。街の至る所に国旗と思われる旗とルーガサルフ王国という文字を見た。
そこに所属する騎士団ということは結構な地位にあるのだろう。
「というか、〈剣士〉って何?職業なの?」
「はい。〈剣士〉の方は〈剣術〉の指導をすることができます。」
つまり、指導者というわけだ。あまりレオにとっては好ましい響きではないが、
「ま、これからの仕事の候補として挙げておくのもいいか。」
兎に角、冒険者になったレオはクエストを受けることにした。
ちなみにクエストというのは、ギルド内で冒険者向けに依頼をすることだ。依頼を達成すれば依頼主から賞金をもらうことができる。
「無一文からの脱却のために早速何かクエストを受けようかな?」
カウンターの横にある掲示板にたくさんのクエストの紙が貼り付けられていた。
「うーん、どれがいいんだ?」
「初心者の冒険者にはこれが一番やりやすいと思いますよ。」
女性が手に取ったのは一枚のスライムのイラストが書いてある紙だった。
「どれどれ?」
レオは女性から紙を受け取った。その紙には次のように書かれていた。
【フリー高原のスライム20匹、討伐依頼!依頼成功ならば2000ポル】
「スライム討伐か…。なんかファンタジーっぽいな。ちなみにフリー高原ってのは?」
「フリー高原とは、王都を出て西に向かった先にあります。あまり凶暴な魔物はいないので安心してください。」
「それじゃ、このクエストを受けます!」
「了解しました。気をつけていってらっしゃいませ。」
女性に送られて、レオは軽い足取りでフリー高原へ向かったのだった。