【短編版】新約 許嫁派遣しました~ちょっと嫉妬深いけど俺のことが大好きな許嫁との甘い生活~
高校二年生である俺こと東雲陽には許嫁がいる。それも相当に可愛くて気立てが良くて家庭的でモフモフした子だ。ちょっと嫉妬深いけど。
この令和の世の中では許嫁なんていうとラノベやマンガの世界だけのようなものだと思っていた。でも、クラスメイトの夜見美月さんはある日突然に俺のところに許嫁としてトランク一つ持って派遣されてきた。
どうして、派遣なんていうかといえば、普通許嫁といえば、両家の親同士の話合いのなかで決まったりするものだと思うのだが、俺の場合はちょっと違う。美月さんは俺の爺さんが稲荷神社に五千日連続でお参りとお供えを続けた結果の御利益として派遣されてきたのだ。
いわば、ソシャゲで五千日連続ログインかつ五千日連続課金をした結果出てきたレアキャラと言っていいかもしれない。
これから話すのはそこらへんに石を投げれば当たるようなモブの俺ととびっきりに可愛い許嫁との日常の一コマだ。
金曜日の夜というのは一週間のうちで一番テンションが上がる時間だと思っている。一週間の学校生活から解放された喜びに溢れ、たとえ課題があったとしてもそれは明日にでもすればいいと思える。
ここをピークにテンションは下がり続け、日曜日の夕方には所謂、サ〇エさん症候群に陥るのだ。
「ほんとひどい目にあったと思わない?」
俺と美月さんは向かい合わせに座りながら美月さんが作ってくれた夕食に舌鼓を打っていた。京都出身の美月さんの料理は出汁にこだわっているらしくカツオと昆布はいいものを使っているということだ。出汁がしっかりしていれば塩加減が容易になりトータルとして貧弱な出汁を使うよりも簡単にいい味にまとまると言っていた。
「せやなあ、陽君は本音が漏れやすところがあるさかい。でも、うちは陽君がみんなの前でそんなふうに言うてくれて嬉しいわぁ」
何があったかといえば、今日の体育の授業中にちょっとしたトラブルがあって思わず「何言ってんだ。美月さんだってあんなに毎日健気で愛らしいのに!!」なんてことを言ってしまったがためにその後はバスケという名の公死刑が実施された。
クラスで一番。いや学校でもトップクラスに可愛い美月さんと付き合っている(許嫁であることは秘密)ことで俺の一挙一動によっては周りの男子の怒りに火をつけてしまいこんなことになる。
「まあ、美月さんがそう言ってくれるならいいけど」
そこまで話してからはっと気づいた。せっかくの楽しい食事の時間なのにさっきから俺は自分の愚痴ばかりを話している。
きっと俺が話したことは同じクラスの美月さんだって知っていてもおかしくない。それなのに特に嫌な顔もしないでうんうんと頷いたり大変やったねと気遣ってくれている。
「……あの、美月さん、ごめん。さっきから俺ばかりがなんだか愚痴を話していて。せっかくの二人でのご飯の時間だからもう少し面白い話をすればよかったね」
「そないなことないよ。うちは陽君と話すの好きやし」
「でも、今日は俺ばかりがぐちぐち話してしまったから……」
「今日はそうかもしれへね」
「なんだかかっこ悪いよな。こうやって付き合っている人の前で愚痴るのって」
そこまで話すと美月さんはお茶を一口飲んでから話し始めた。
「家族と一緒に暮らしとったら親や兄弟に愚痴をこぼせるけど、今はうちと陽君しかいないさかい、辛いことや愚痴りたいことがあったら言うたらええと思うよ」
てへっと恥ずかしそうに話すその姿に愚痴ばかりを話していた俺の罪悪感が吹き飛ばされた。やっぱり、美月さんはすごい。
「うん、美月さんも話したいことがある時は遠慮なく話してね」
「おおきに、でも、うちが辛いことがあって話す時はただ話すだけやなくて、いっぱい甘えると思うさかい、……それでもええ?」
「も、もちろんです」
こんなことを上目づかいで銀髪碧眼の美少女に言われてダメなんて言えるやつどこにいよう。いやいない。と思わず反語になるレベルのチートともいえる表情を見せられて、美月さんと同じくらい俺の顔も朱になった。
●
夕食が終わって、風呂にも入ってホッと一息いれながら、冷たいウーロン茶を飲んでいると浴室の方に向かう美月さんが何やら紙袋を持っているのが目に入った。
「それは今日買ったやつ?」
「そう、放課後に茜と一緒にボディケアのお店に行って買ったんよ」
茜というのはクラスメイトで美月さんの友人でもある暮方茜だ。見た目はギャル系だけど快活で俺を始め誰にでも気軽に声を掛けて接してくれるので、オタクにも優しいギャルと言われたりもする。ただ、俺の場合は友人の彼氏ということで他のクラスメイトよりも暮方さんによくからかわれるというか玩具にされているところがある。
「暮方さんってそういうの詳しそうだよね。お気に入りのものがあってよかったね」
俺にはよくわからないけど女の子というのはボディケア用品が好きらしく、クラスの女子同士がどのブランドのハンドクリームがいいとか、この石鹸の香りがいいとかという話をしている。最近になって、初めて美月さんに化粧水の使い方を教えてもらったレベルの身としてはその分野の話はさっぱりわからない。
「茜はこういうことに詳しいさかい、一緒に行ってくれて助かったわぁ。さっそく、お風呂で試してみるさかい楽しみにしとってや」
そう言うとそのまま脱衣所の扉を開けてお風呂の方へ行ってしまった。
それにしてもどうして俺に楽しみにしてなんて言ったのだろう。自分用に買ったのだから楽しみなのは美月さんなのでは……。
そんな揚げ足を取るようなことを考えながら再びウーロン茶を口に含み、テレビで動画サイトのお気に入り投稿者の最新作を見ることにした。
本日の美月さんの入浴タイムは長かった。途中で万が一のことが起きているのではないかと心配になり脱衣所のドアに耳を当てて生存の確認をしてしまった。見る人によっては変態の所業かと思うかもしれないが、れっきとした生存確認なので容赦して欲しい。
「ふう、さっぱりした」
お風呂上がりの艶やかな肌とまだ水気を含んでいる髪というのは魅力的であると同時に目の毒だ。なんというか見てはいけないもののような感じがして一緒に暮らしているにもかかわらずいまだに直視するのにためらってしまう。
「今日はお風呂長かったね」
「せやな。せっかくボディケアセットを買ったさかい丁寧に使ってみたんよ」
そう言いながら美月さんはソファーに座っている俺のすぐ隣りに座った。
お風呂上がりほかほかとした温かさだけではなくて、今日買ったボディケア用品の香りと思われるいつもとは違うフローラルなとってもいい香りが鼻をくすぐる。
やばい、すごくいい香りする。なんだろうずっと嗅いでいたいというか、この香りに包まれていたいというか……。
そこまで考えたところでハッとした。俺はなんて変態は思考に陥っているのだと。いくらいい香りがするからってくんくんするなんてことはどう見たって変態ドン引き行為である。ここは今のそれを悟られないようにしなければ。
「美月さんの買ったボディケア用品はとってもいい匂いがするね」
先にこう言っておけば仮に俺が多少くんくんしている行為があったとしてもそこまで変態扱いされることはないだろう。
「ほんま、嬉しいわぁ。陽君に気に入ってもらえるようにいろいろ考えたかいがあったちゅうもんや」
「えっ!? 俺が気に入るような香りまで考えたの」
「当り前やないの。うちが好きな香りと陽君が好きそうな香りの最大公約数的なものを探したんよ」
「でも、どうして俺の好みまで?」
「そ、それは……」
美月さんの顔は風呂上がりのせいではないと思われるくらいに紅くなっていく。
そして、横に座っている俺の首と身体に腕を回してぎゅっと抱きしめてから口を開いた。
「こうした時にええ匂いがした方が陽君がもっとうちのこと好きなるかと思って……」
な、なにを言い出してるんですか!!
美月さんにぎゅっとされた俺は地蔵のように固まってしまって身動きが取れないどころか呼吸さえできない。
「も、もう十分好きです。ってかメロメロです」
思考までもが石化してしまったのか語彙が死んでいる。メロメロっていつの時代だよ。
「知ってる。でも、もっと好きになって欲しいさかい」
「じゃあ、俺も明日から美月さんと同じもの使おうかな」
「それはあかん」
「どうして」
「うちは今の陽君の匂いが好きやから」
そう言うと美月さんはそのまま俺の胸に顔を埋めてくんくんとしている。
あれ? これってさっき俺が自重した行為では……。これって女の子がやると許されるやつなのか。
俺はそのまま美月さんの気が済むまでの数分間地蔵であり続けた。
銀髪碧眼の美少女で狐娘である夜見さんの物語が読みたいという方は★★★★★とブックマークお願いします。
今回、夜見さんと陽君にどの位の需要があるのかなと思って書いたところになります。
需要があれば、「許嫁派遣しました(以下略)」を新約として新たに書いていこうかと思っているところです。