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第一話

 まだ本格的に春に入る前の肌寒い風が吹く町。そんな不愉快な冷気を吹き飛ばしてくれる賑やかな酒場、それは"国際冒険士連合"の本拠地だ。

 その名前の通りさまざまな場所から流れやってきた者どもが集い、そして旅立っていく。ある者は賞金のため、食い扶持を稼ぐため、夢を追いかけるため、自己鍛錬のため……例をあげればキリがない。そんな彼らは"決して文民に武器を向けず、世界の発展のために我が身を捧げ、未知を解明することを誓います"という宣誓に従って自由に国々を渡り歩き、現地で目的を果たすのだ。

 そんな彼らをヒーローと讃える者もいれば、ただのゴロツキだと揶揄する者もいる。

 まだ歴史が浅い組織であるがゆえに、その評価は大きく変わる。ただ一つだけ言えることは、彼らは"平和の象徴"だという事実だけだ。



 「おい、前に言ってた取り分と違うじゃないか」



 ガヤついた酒場に怒鳴り声。



「おまえ計算が出来ねぇのか? 受付にも確認してんだぜ。言いがかりはやめてくれ」



 相方らしき大柄な男が小馬鹿にするように反論する。ただでさえ騒がしい酒場だが、男同士の口論となれば空気が変わる。さっきまで談笑し合っていたグループが静まり返り、やがて怒鳴り声だけが轟くようになる。



「いい加減にしやがれ坊主野郎! さっきから金額は合ってるって言ってんだろ! クソ、前々から気に食わないところがあったけどなぁ、もううんざりだ!」



 椅子を蹴り倒してその"坊主男"に掴みかかる。しかしそれを振り払ってなんと投げ飛ばした。

 中央に投げ込まれた男はすぐに立ち上がって身構える。お互いに興奮しきっており、冷静な判断が出来ないところにまで感情的になっている。


 歴の長い古株の受付役員達は"まぁたまに起こる言い争いだ。後で警察を呼べば何とかなるだろう"と悠長に事務作業を続けていたが、微かな金属音を鼓膜に拾ってから目が覚めたように男二人の方向を振り返った。



「おまえ本気でやんのか? あぁ!?」



 坊主男が剣を抜いたのだ。

 こうなると流石に不味い。酔っ払い共の殴り合いならまだしも、武器を使った喧嘩となれば事の大きさが違う。

 仲裁しようと一人の男性受付役員が大声で"やめろ!"と怒鳴るが、それも聞こえておらず、ついにはお互いに剣を抜きあってしまった。

 近接戦闘用の太く短めの刀剣。軍用の歩兵装備が民間に流れ、さらに独自に改造して製品となっているもの。冒険士たちにとってはごくありふれた普通の剣だ。


 故に、単純に性能が高い。



「かかって来いよ! ハゲ野郎!」



 大柄な男が挑発。それにまんまと乗せられた坊主男はついに大きく一歩を踏み、一直線に走り出した。


 不味い、このままでは死人が出る。しかし警察を呼びに行っても間に合わない、かといって戦闘訓練を受けてない役員が取り押さえようとしたところで余計に被害が大きくなる。

 そんな中、小さなベルが響く。控えめな微かな鐘の音。


 剣を振り上げた坊主男はそのまま迷いなく斬りかかろうとした、だが。

 刹那、真っ黒な影が物凄い勢いで二人の間に飛び込んできた。シルエットすら視認できないほどのスピード。

 甲高い金属音が響いた後に、重たいものが飛ぶ風の音。

 全てがほんの一瞬の出来事だ。


 二人の男はまるで何かに弾き飛ばされたかのように床に転がった。

 大柄な男の方はすぐに立ち上がって手元を確認するが、愛用の剣が消えている。坊主男の方も同じだ。

 急に飛び込んできた物体の近くに無造作に転がっている。そして、その物体とは……



「なんだ、お前」



 坊主男もその相方も、お互い大柄な屈強なガタイを持っているのだが、それ以上の巨体の男が聳えていた。

 そこに立っていたのは180cmを遥かに越える身長の大男。身体の線が分からない服装で筋骨隆々なのかどうかは分からないが、80kgもある男二人を台風で吹き飛ばしたかのように投げる筋力。そしてなにより異常なのは……



「なんだよその"眼"は……」



 まるで光を当てたエメラルドのように異常なまでの発光をしていた。

 昼間の室内、窓から十分な光が射し込んでいるというのに、まるで夜中に輝く猫の目玉のようだった。

 異常な光り方をしている緑色の眼というだけでも不気味だが、そんな目元まで覆うマスクに体型を不明確にする分厚いロングコート。少し体を動かす度に軋む床。同じ人間と呼ぶにはあまりにもスケールが大きい。


 まるで巨木のように佇む大男。その異常な状況にさっきまで興奮して殺し合いにまで発展しそうになった二人の男は呆気を取られる。

 周囲が固唾を呑む中、気がつく頃には警察官達がその場に到着していた。



「さしぶりの喧騒だな。どいつが騒ぎを起こしたんだ?」



 場数をこなした彼等はいつもの流れ作業の如く状況を把握し、ついさっきまで暴れていた男二人を取り押さえてそのまま酒場の外へ連行した。


 2名だけ現場に残った警察官は取り調べのため古株の受付役員を呼ぶ。

 最後に残された大男は、ゆっくりと歩き出して2階の控室へ向かう。歩く度に大きく軋む音が響き、皆の前から姿を消した。

 張り詰めた空気が酒場に漂うが、そんな中クエストから帰還した陽気な冒険士達が酒場へ戻ってきた。自信満々の表情で床を踏み締め、契約完了書を受付役員に見せつけた。

 やがて、さっきまでの緊張感はどこへ消えたのやら。また賑やかな酒場の空気が流れるようになり、次第に夕暮れとなっていく。


 陽が暮れてからの時間が短いと思う者もいれば、夜になってからが本番だと豪語する者もいる。

 だが今日は昼の喧騒を過ぎてからは穏やかだった。特に何も起こらず、ただいつもの日常が過ぎていくだけだ。

 気温も下がり、酒場は店じまいを始める。酒飲み共を帰らせて明日の準備を始めるスタッフたち。

 それを横目に"例の大男"はコーヒーを啜る。風味のカケラも無い冷め切った液体を喉へ通しカップを空にする。

 彼にとっての1日が、やっと終わったのである。


 席を立とうとした時、一人のスタッフがやってきた。



「今日もお疲れ様です。コーヒー、おかわりは如何ですか?」



 柔らかい物腰で訪ねてきたが、その大男は冷淡に言葉を返す。



「結構です」



 そう告げると、灯りが消え始めた酒場を後にした。

・国際冒険士連合

戦後の平和構築のため、戦勝国敗戦国問わず参加して武力を人類発展の為に行使することを目的とした国際連合組織。様々な国に拠点が駐屯されている。

所属する者達は"冒険士"として制定され、国際基準で定められた試験を合格することで就職が可能である

補償手当など支給されるが、来年度からは冒険士の階級や年収をもとに減給され、最終的には撤廃される。

自らの能力のみで日々の生活ができる賞金を稼げるようになれば"一人前"の冒険士として名乗っても良いだろう。

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