慰安旅行(4)
怒りを抑えながら、シーラス王国の入国の手続きに入った。
予想通り、いや、既に分かっていた事だが、門番が各馬車のチェックを隈なく行っている。
通常とは全く異なっているのは、このシーラス王国に入国した経験がある同乗者の態度を見ればよく分かる。
「おい、なんでこんなに細かく調べるんだよ。一月前に来た時はここまでじゃなかっただろ?散々待たせてこれか?」
「申し訳ありません。隊長からの指示で、隙間なく全ての荷物をチェックするように指示がありまして、どうやら入国の列に並んでいるどなたかの所有物が無くなったようなのです」
この門番は詳細を知らされていないのか?だが、知っていてこのセリフを吐くのであれば、こいつもクズだ。
「なんだよそりゃ!俺達は一歩もこの馬車から出ていないんだぞ?それでどうやってその物を盗むんだ?」
「いえ、それが……奴隷が逃げたようなのですよ」
こいつもか。やはりこのシーラス王国も奴隷推奨。そして物として扱っている。
もう少しだけ我慢するが、目的地は変更になるかもしれないな。
こんな場所ではおちおち観光などできはしない。
本当ならば全力で全ての奴隷を開放したいが、それをしてしまうと犯罪奴隷も開放する事になるし、奴隷としての身分でも法にのっとって正式な手順で入手し、衣食住の補償、生命の補償をしていれば実際は問題ないのだ。
それを俺個人の考えで突然崩壊させると混乱に拍車がかかり、何の罪もない人々にも危険が迫る可能性がある。
奴隷用の人材確保の為に……
俺が今の所助けられるのは、正当な扱いを受けていな者達に限られているのだ。
悔しいが、これが現実だ。
「すみません、あなたの荷物……は収納袋ですか。それならば問題ないですね」
考え事をしているうちにいつの間にか門番が俺のチェックをしようとしていたが、収納袋に荷物の全てが入っているように見せかけているので大したチェックはされなかった。
普通の収納袋には、生物を入れる事は出来ないからだ。
「ここには何もありませんでした。それでは次の担当官が入国の処理を行いますので、身分証を出しておいてください。ご協力ありがとうございます」
ご協力などしたつもりは爪の先程もないが、一応バイチ帝国の副ギルドマスター補佐心得としての身分証を出しておく。
同様に、No.1も冒険者ソラとしてのカードを準備していた。
入国自体は、事前チェックが済んでいたおかげか本当に何もなく入国する事ができた。
馬車から隠蔽を使ったままの兄妹とソラ(No.1)と共に降り立つ。
「まずは宿だな。そこで少しこの後の事を話そうか」
他の連中から見るとソラ(No.1)に話しているように見えるだろうが、俺は兄妹に対して話しかけている。
話しかけられた兄妹と言えば、周囲にいる人々が自分達に一切気が付いていないような素振りを見せるのを不思議そうに見ていた。
実際見えていないのだから仕方がないな。
二人を引き連れてソラ(No.1)と歩く事数分、周辺の情報を探っていた俺達は、ある程度高級感のある宿に到着した。
そこで、一泊銀貨三枚(三万円)と言う前世でも考えられない大部屋を予約した。
もちろんこの兄妹と共に宿泊するためだ。
実は俺、今回の旅では少し財布が膨らんでいる。
俺が今回の知見を深める視察と言う名の観光に行くと分かった時点で、何と!あの守銭……金庫番イズンが特別お小遣いをくれたのだ。
しかも、聞いて驚け!その額金貨10枚(100万円)。
ありえないだろう?
その金貨を受け取るときの俺は、これからどんな理不尽な依頼が来るのか戦々恐々としていた。
「ジトロ様、そこまで警戒しないでくださいよ。一ギルドの職員として出かけられるのですが道中何があるか分かりませんから。それに初めての長期休暇、今までの疲れを癒してください」
俺の心中を察したイズンのセリフを聞いて、ありがたく貰っておく事にした。
もちろん、今回のような非常事態で金銭が必要になった場合は、念話で連絡すればアンノウンの誰かが大至急お金を届けてくれるだろう。
もちろんイズンの指示によってだ。
普段の金銭の管理は非常に、本当に非常に厳しいが、使うべきところはしっかり使うと切り分けられる頼れる金庫番だからな。
「さっ、入って、入って」
大部屋に到着して、いまだ若干怯えている兄妹に入室を促す。
入室してしまえば、隠蔽は解除しても良いだろう。
「あの、僕たち……」
「良いから入りましょう?」
いまだオドオドしている二人の手を取って、少々強引に部屋に入るソラ(No.1)。
「それじゃ、詳しい話とかは後にして少しゆっくりすると良いよ。そこの布団、使って良いからね」
俺達の力で傷は癒せても、心の疲れは癒せない。
食事はたらふく食べてもらったので、安心できる状態での睡眠が必要と考えたのだ。
「でも……」
いまだ警戒している二人。特に兄が妹を守ると言う使命感からか、警戒度合いが高い。
馬車の中で少しは打ち解けたかと思ったのだが、なかなか上手く行かないものだ。
悩んでいると、ソラ(No.1)が自らの境遇を話し始めた。
劣悪な環境での奴隷であった事、囮にされて命を失いそうになった事、俺が助けた事、仲間がたくさんいる事。
今のソラ(No.1)の姿を見ると、とても信じる事は出来ないような内容だが、ソラ(No.1)の話に一筋の希望を見つけたのか、それともこの兄妹が疑う心を知らないのかはわからないが、警戒が解けていくのが分かる。
実際に同じような目に遭った者達同士、通ずるものがあるのかもしれないな。
「……なので、あなた達は何の心配もいらないのですよ。一先ずゆっくり休んでくださいね」
ソラ(No.1)の優しい微笑みが最後の一押しとなったのか、戸惑いながらも兄妹は布団に潜り込む。
「お兄ちゃん。こんなフカフカの布団、初めてだね!」
「本当だ。こんな所で眠れるなんて夢のようだ」
少しはしゃぐ二人だが、そう時間がかからずに寝息が聞こえ始めた。
その寝顔は安心したような寝顔に見える。
兄は、幼いながらも必死で妹の為にたった一人で戦っていたのだろう。
そして妹も、毒を盛られて苦しみつつも、兄を思い続けて罪悪感に押しつぶされていたに違いない。
「No.1、申し訳ないがシーラス王国の観光は出来そうにない。せっかく海に来たのに申し訳ない」
この二人を見ていると、あまりにも理不尽すぎて……何もせずに観光などをする気持ちになれなかったのだ。
「ジトロ様の想いが私の想いです。お気になさらずに」




