慰安旅行(2)
明日から一話の投稿になりますが、最終話まで毎日更新させていただきます。
出国の処理も問題なく行われ、門を出ると同時に護衛の冒険者達が乗っている馬車が待機しており、彼らの先導で再び移動が始まった。
俺はこの世界の常識、知見を深めるために片道の移動は馬車と決めていた。
しかしこの馬車、俺達は魔力レベルの関係で問題ないが、普通の人達はかなりお尻にダメージを負うのではないだろうか?
余計な心配をしていると先導する馬車の速度が遅くなり、連動して俺達の乗っている馬車の速度も低下し、やがて完全に停止した。
『ジトロ様。前方の護衛の冒険者、探知を使い魔獣と盗賊を警戒していたようです。今回の停止は、盗賊ですね』
No.1はなぜ止まったのか理解しているし、もちろん俺もわかっているが、この馬車の中には普通の旅人のような人もいるので、余計な事を聞かせて怖がらせてもいけないので、念話で連絡している。
少しすると、外が騒がしくなってきた。
せっかく長期休暇を貰って、ゆったりのんびり景色を楽しみながら移動していたのだ。
こんな余計なイベントは本当に困る。
だが、こんな時の為に熟練の護衛の冒険者がいるので、俺達は余計な事をしない方が良いだろうと思い、おとなしく馬車に座っていた。
俺の隣にはNo.1がいるので、俺まで周りの警戒や感知を行う必要はないと思い、能力を抑えめにして、気持ち的な疲れを取る。
俺達アンノウンは、基本的には情報に制限がかからない感知を使っている。
使い続けても全く問題ないのだが、余計な情報、例えば魔獣の共食いとか、別に見たくもない、知りたくもない情報まで頭に入ってくるので、心が疲れる。
俺としては旅を楽しんでいる、いや、知見を深めている時には、なるべくこの能力は使いたくないのだ。
『ジトロ様。盗賊と迎え撃つ冒険者の状態から、かなり冒険者は苦戦すると思われます。敗退する事はないでしょうが、重症を負う者が出るかもしれません。如何致しますか?』
護衛の冒険者にダメージが行くのは、今後の行程に遅れが出るかもしれない。
『じゃあ、バレない様に弓術でも使って相手の戦力を削いでおいて』
『承知致しました』
俺には視認できるけど、普通の人、いや、かなり高レベルの冒険者でも一切見る事ができない攻撃を、この馬車の中から外の盗賊達に繰り出したNo.1。
流石は万能、そしてナンバーズ最強のNo.1だ。
「ぎゃっ」
「ぐ…」
その後、外の喧騒は急激に収まり、やがて護衛の冒険者から連絡が入る。
「怖がらせて申し訳ありませんでした。実は盗賊が襲ってきたのですが、全員返り討ちにしましたのでご安心ください」
乗客の拍手喝采の後、再び動き出す馬車。冒険者達は誰も怪我がなかったようで何よりだ。
『No.1、お疲れさん!』
あの程度で疲れる訳はないのだが、労い大切!!
No.1は、微笑みと共に軽く頭を下げてきた。
その日は盗賊事件以上のイベントは発生せず、無事に中継の町に到着した。
一部の人はこの町が目的地だったようで、逆にここから乗ってくる人もいる。
出発は明日の朝なので俺達はこの町で一泊して、明日の早朝に再び出発する事になる。
既にこの町は来た事がない場所なので、食事もアンノウンゼロが準備してくれている物ではなく現地の食事を注文する事にした。
宿泊所に併設されている食事処でNo.1と共に食事をとる。
この町は山に囲まれているので、山の幸が美味い。
特にキノコのスープは絶品だ。
お代わりをして、収納魔法で保管する。
今度アンノウンゼロの調理担当に飲んでもらい、複製してもらうためだ。
「No.1、この料理も美味いな。やっぱり旅はこうじゃなきゃな!」
「そうですね。ジトロ様と一緒であれば何でも美味しいですけれど」
相変わらずの会話をしながら食事をし、宿に行く。
アンノウンの拠点と連絡を取るが、特に異常もなく全員の任務にも問題がないようなので、翌日に備えて眠る。
そして同じような行程を繰り返して四日目、ようやく目的地のシーラス王国が見えてきた。
「ジトロ様。あれが海ですか?不思議な香りがします!」
どうやらこちらの世界の海も、前世と同じ海らしい。
とすると、海鮮料理にも期待ができるのではないだろうか!
「ああ、あれが海だよNo.1。この匂いも、海から漂っているんだ」
「なんだか、不思議な感覚です」
少々興奮気味のNo.1。彼女がこれほど感情を表に出すのは珍しいので、微笑ましい気持ちになる。
少々高台に入国の門があり、門が近づくにつれて海が見えなくなるので残念そうにするNo.1。
「No.1、後で海に行くから楽しみにしておけよ」
「はい!ジトロ様!!」
見えない尻尾がはち切れんばかりに振られているようなNo.1を見ながら、俺達の馬車は入場門の列に並ぶ。
海があるこのシーラス王国は観光を資源としているようで、入場を待つ人々の列はかなり長い。
その間もNo.1と話しをしていたのだが、この馬車の俺達が座っている後ろに忍び込んだ者がいるのに気が付いてしまった。
いや、挙動不審な人物が馬車の近くにいる事にはとっくに気が付いていたのだが、魔力レベルは0であり特段害になるような行動ではなかったので放置していた。
もちろんNo.1も気が付いている。
俺とNo.1は表情を変えず、そして振り向きもせずに忍び込んできた者の情報を得るために、感知能力を少し強めに使う。
そして詳細が分かってしまった段階で、俺もNo.1も眉をひそめる。
そう、その侵入者の首には、奴隷の首輪がついていたからだ。
通常奴隷は主の意識下にある限り、特別な許可でも出ない状態で主から離れる事はできないようになっている。
首輪が壊れている場合や主が何らかの理由でいなくなっていれば別だが、あの首輪は有効に働いている。
とすると、この馬車の近くに主がおり、その命令で侵入したと考えるのが妥当だ。
目的は……、遠距離の旅をしてまでこの観光地に来る人々の資産だろうな。
気が付かないふりをして様子をうかがっていると、案の定俺のズボンにかけている、何も入っていない収納袋にそっと手を伸ばしてきた。
誰にも気が付かれないように拘束し、主からの命令失敗時の罰を受けないように、瞬時に首輪を破壊する。
「びっくりしているだろうが、俺達は君を傷つけたり衛兵に突き出したりするつもりは一切ないから安心してくれ。それに、奴隷の首輪も既に外している。落ち着いたら、事情を話してくれないか?」
なるべく優しく、そう、初心者の冒険者が失敗してしまった時の対応と同じように話しかける。
暴れる事、いや、既に瞬きと呼吸以外は何もできない状態になっているので、俺の話は理解してくれたようだ。




