慰安旅行(1)
俺は副ギルドマスター補佐心得のジトロ。またの名を、アンノウンの首領であるNo.0だ。
前世の記憶がある俺は、新種の魔獣情報を得る事も目的の一つだったが、安定した生活を得る為にギルドの職員になったので、副ギルドマスター補佐心得になれたのは嬉しかった。
が、役職に無駄な装飾がついており、これが呪いのようになかなか外れてくれないので、最近は辟易してしまっているジトロだ。
そんな俺は、ギルドマスターであるグラムロイス様に呼ばれている。
「ジトロです」
「入ってください」
相変わらず物腰の柔らかい方だ。
これでいて切れ者なのだから、物腰が柔らかいだけのド天然No.10に爪の垢を飲ませたいと思っている今日この頃。
「今までこのギルドに配属されて、ギルド内での職務に就く事なく緊急の処理をお願いしてきました。その全てが上手く行きました。前評判通りの能力を発揮して頂けて嬉しいです。そこで、ジトロ副ギルドマスター補佐心得に、特別休暇を進呈する事に決定しました。期間は二週間です。明日からゆっくりと休んでください。今日もこれで帰宅されても良いですよ。あなたはそれだけの働きをしたのです」
聞いた?聞きました?長期休暇ですよ?
ハンネル王国のクソの元ではありえない、長期休暇!
ウヒャヒャ。よだれが出そうだ。
「ありがとうございます。実は旅行にでも行きたいと思っていたところだったのです。ゆっくりさせて頂きます!」
スキップする位の軽い足取りでギルドを出る俺。
休みは明日からと言われていたが、今から帰っても良いという事なので、フライングではないだろう。
ビバ、バイチ帝国!!
何かとアンノウンとして助力している甲斐がある。先日もナバロン騎士隊長の魔力レベルを40に引き上げたばかりだ。
彼らの姿勢が変わらない限り、ジトロとして、No.0として、助力をして行こうと思う。
それで、だ。実際問題俺はこの大陸の事、この世界の事を知らなさすぎる。
冒険者として活動している時、ギルド職員になってからも狭い範囲でしか活動していないからだ。
今回の長期休暇では、その辺りを改善しようと思っている。
移動は転移を使わずに、普通の人達と同じく馬車を使う。ただし、休暇期間の関係で、片道だけを予定している。
かなりお高い金額を払えば、魔獣車もある。
これは高レベルの者がテイムした魔獣に荷馬車を引かせているので、速度は速いし雑魚の魔獣はテイムされた魔獣を恐れて襲ってこない上、夜通し移動し続ける事ができる。
流石に乗っている側がつかれるので、余程の緊急事態以外はそのような事はせずに、きちんと休憩を取るらしいが。
しかし高い。
俺にはそんな余裕はないので、普通に馬車の旅を選択する。
となると目的地は馬車で四日かかるが、シーラス王国にしよう。
前世で生活していた時の海鮮物は大好物だった。
こっちでは、これぞ海鮮とわかる物は今まで食べた事がなかったからな。
勝手に目的地を決めた俺は、その日の夕食時に長期休暇が取れた事、シーラス王国に向かって知見を深める事をアンノウンの全員に伝えた。
そう、あくまで知見を深める旅だ。
「では、わたくしがお供させて頂きます」
常に俺の傍に控えているNo.1が、さも当然のように伝えてくる。
他のアンノウンもNo.1の行動は予測できているので、異を唱える者はいない。
俺はむしろ他の面々が同行させろと騒いでくるかと思ったが、アンノウンゼロの修行を行う事にしているらしく、そのような事にはならなかった。
今後バリッジと対峙する機会が増える可能性が高く、万が一No.2のテイムが切れたとしても同じような力を継続して使えるようにするらしい。
俺個人の意見としては今の段階で既に魔獣との太い絆ができているように見えるので、それほど苦労しないで完了するのではないかと思っている。
「それじゃあ、二週間留守にするから、後はよろしく頼むよ。俺のいない間は……イズンが纏め役か?」
「そうなります。ジトロ様不在の間、アンノウンをきっちりと守ってみせますので、お任せください」
戦闘力だけではナンバーズの方が遥かに強いが、経済制裁を含む総合力でイズンに適う者はこの場にいない為、必然的にイズンが纏め役になる。
彼は頭の回転も速いので、不測の事態でも問題なく適切に対処できる事は確信している。
こうして、相変わらず美味しい夕食は終わり、明日に備えて早めに休む事にした。
魔力レベル∞なので疲れてはいないが、気持ちの問題だ。
翌朝、日も登らない時間に第一便の馬車が出るので、朝食は食べずにNo.1と共に拠点から転移して、バイチ帝国から出立する馬車に乗り込む。
一応一般常識として、冒険者スタイルでナップルが作ってくれた収納袋も持っている。
俺やNo.1は収納魔法で全ての荷物を運搬しているのだが、この魔法を使える人をまともに見た事がないくらい貴重らしいので、かなり粗悪に作ってもらった収納袋を持参した。
粗悪と言っても作ったのがナップルなので、一般の冒険者ではなかなか手が出ないレベルの出来ではあるのだが、そこは仕方がない。
どうやっても、これ以上の粗悪品が作れないらしいからな。
それに、俺とNo.1の冒険者登録時の魔力レベルは7。かなり強者の部分に入っているので、この程度の収納袋を持っていても怪しまれる事はないだろう。
実際この中には何も入っていないが……
やがて馬車が動き出す。
バイチ帝国の門で一旦止まり、乗客と荷物のチェックを行った上で帝都から出る。
門番は、俺の顔を知っているようで、俺と、俺の連れであるNo.1については大したチェックはしなかった。
ある程度街道を進むと、日が昇って来る。
「ジトロ様、とても奇麗ですね」
うっとりと景色を見ているNo.1。
確かに、進路の左右は森、そして正面奥の地平線から太陽が見え始めるこの景色は美しい。
こんな景色をゆったり見る事すら、今までなかった事に気が付いた。
これだけでも今回の旅行…いや、知見を深める旅を決行して良かった。
既にバイチ帝国の帝都を出ており、特段ギルドに出入りしているような冒険者も近くにいない為、副ギルドマスター補佐心得の話し方ではなく、普段通りの感じで話す。
この街道は、中継の町に繋がっているが、その間に魔獣はいないのだ。
流石はバイチ帝国。良く整備されている。
だが、バイチ帝国を出国してからは危険が伴うので、既に護衛の冒険者達を手配済みらしい。
彼らの所属はシーラス王国所属で、定期便の護衛をこなしている熟練の冒険者と聞いている。
馬車の中で、収納袋から出したかのように見せかけて、収納魔法から出した朝食をNo.1と二人で食べて、景色を楽しみつつたわいのない話をしている間に昼になる。
この時点でバイチ帝国から出国する門まで到着しているので、今は出国待ちの列に並んでいる所だ。




