バリッジVSアンノウン
闘技場の上にいるのは、ピンファイによってテイムされているはずのキメラを含む魔獣四体と、ピンファイ。
そして、ピンファイの攻撃対象であるバイチ帝国の宰相アゾナ、騎士隊長ナバロン、最後にアンノウンのナンバーズNo.2だ。
既にピンファイが連れてきている魔獣は、No.2に対して服従のポーズを取り続けている。
そのため、主にテイムした魔獣で攻撃をする予定だったピンファイは、方針を変更して直接戦闘で始末する事にした。
この時点で、更に計画通りに行かなくなっているピンファイは、切れかかっていた。
だが、魔力レベル42の全てを身体強化に回すには、アンノウン達とは異なり時間が必要になる。
そのため、怒りを抑えつつ会話によって時間を稼いでいたのだ。
当然ピンファイが魔力を身体強化に移行している事を理解しているNo.2。
「随分と強がっていますね。こちらは待ちくたびれているので、早く魔力を身体強化に移していただけませんか?」
会話によって悟られずに魔力移動を行えていると思っていたピンファイは驚く。
しかし、歴戦の猛者であるピンファイ。この程度でその動きが阻害される事はない。
「お前こそ随分と余裕だな。そんな覆面をして表情を隠しているが、本当はお前も焦っているのだろう?ついでに教えてやるが、俺の魔力レベルは42だ。フフフ、どうだ?信じられないかもしれないが、人族最強の魔力レベル10を遥かに凌駕しているんだ!」
ピンファイは時間を稼ぐために、そして自らの焦りを悟られないように言葉を続ける。
もちろん、自分の魔力レベルを公開したのは、相手の動揺を誘うためだ。
「お前がそんな余裕を見せる事ができるのは今だけだ。お前はその無駄な余裕で唯一の攻撃のチャンスを失ったんだぞ!それに、我がバリッジにはこの俺すら超える力の持ち主がいるんだ。お前如きがどれ程必死で抗おうとも、手も足も出ない」
「あら、そうなのですか?では、あなたの本気をじっくりと観察したいので、手始めにあなたのお相手は彼らがしますね」
表情は見えないが、焦る様子もなく、笑顔で話すような口調で返事をするNo.2。
この会場と会場周辺にはアンノウンが集結しているが、このピンファイのように、わざわざ自分の組織であるアンノウンの情報を与えるような事はしないNo.2。
その代わりに、ピンファイがテイムしていた魔獣を上書きでテイムして、ピンファイに攻撃をさせるように仕向けた。
テイムされた魔獣は、奴隷の首輪と同じく、テイムされた魔力レベル以上のレベルでないと上書きする事はできない。
この世界の魔力レベルは最大10と思われており、その数値をはるかに凌駕する魔力レベルを持っているピンファイ。
もちろんテイムが上書きされるなどとは思いつきさえしなかった。
しかし現実は、キメラを含む魔獣四体が殺意をむき出しにしてピンファイと向き合っている。
「お前、何をした!なぜこいつらが俺に牙を剥くんだ!俺のテイムは完璧だったはずだ。魔力レベル42のテイムだぞ!!」
ピンファイのレベルであれば、魔力レベル30の魔獣三体は問題なく対処できる。
しかし、今回の作戦の為にバリッジから貸与されたキメラの魔獣、魔力レベル40が加わると、途端に危険度が増すのだ。
ピンファイの生きる道は、他の三体が連携してこないうちにキメラを瞬殺する必要がある。
当然No.2が邪魔をしてこない事が条件だ。
「特別な事は何もしていませんよ。では、私はゆっくりと観察させて頂きますね。それでは頑張ってください!」
ピンファイの攻撃予想など容易く見極めているNo.2は、キメラの魔獣は他の三体の若干後方に下がらせて、隙を見て攻撃させる手段を取らせた。
これだけの高ランクの魔獣になると、制御はかなり難しいものになる。
魔力レベルが同等近いテイムであればある程、複雑な命令を行う事はできないからだ。
「ちっ、なぜこいつらがここまでの連携ができるんだ!」
三体の魔獣の攻撃をかわしながら呪詛を吐くピンファイ。
彼がテイムした状態では魔力レベルが不足しているので、連携を取らせるような命令を出す事ができなかったのだ。
そのため、この三体とキメラが連携を取って攻撃してくる事に驚愕していた。
当然苦戦し、徐々に傷を負い始めるピンファイ。
魔力レベル30の魔獣に攻撃を仕掛けようとした瞬間にキメラが邪魔をするので、どの魔獣に対してもダメージになるような攻撃を与える事ができていなかったのだ。
その姿を見たカードナーは、子飼いの冒険者達も戦闘に参加するように指示を出しつつ自らの逃走経路を確保するために動き出した。
この場に来ているラグロ王国の大半は、本当の下っ端ではあるが、バリッジに所属しているので、彼らを闘技場に向かわせて自分は逃げる算段を整えようとしている。
戦闘能力の乏しい自分ではあの化け物共の闘いに参加する事はできないと理解しており、覆面の情報をバリッジに伝える必要もあると考えての行動だ。
このままピンファイが覆面を排除してくれれば作戦を継続する事になるが、今の状況ではかなり厳しいと言わざるを得ない。
バリッジの目的である、崇高な血族の理想郷を作り上げる為の障害となり得る覆面について、何としてもバリッジに伝える必要があると考えているのだ。
やがて少々闘技場が騒がしくなると、カードナー子飼いの冒険者が戦闘に参加していた。
しかし、いくらバリッジに属しているとは言え、大した魔力レベルもない者達では何の助けにもならないと思われたが、命を犠牲にして僅かな隙を作る事に成功した。
その隙を見逃さず、順番は逆になったが魔力レベル30の魔獣を始末したピンファイ。
「はぁ、はぁ、厄介な行動取りやがって。だが、これで残るはキメラだけだ」
闘技場には、既に事切れている魔力レベル30の魔獣三体と、ピンファイを助けるべく突入してその命を散らしたバリッジの冒険者五名が倒れている。
余談だが、この五名の冒険者は工房ナップルの魔道具は持っていないし、大会に参加もしていない。
「素晴らしいですね。あの隙を見逃さずに行動できた所は称賛に値します。では、その状態でこのキメラは相手にできますか?」
No.2は、淡々とピンファイに向かって話す。
「バリッジの特殊構成員であるこのピンファイ様を舐めるなよ!こんなゴミは即片付けて、次はお前だ、覆面!」
もはや計画も何もなくなってしまい、完全にブチ切れたピンファイ。
今までにない速度でキメラに突っ込み、抵抗される間もなく仕留めて見せた。
その姿を見たカードナーは、覆面とバイチ帝国の二人もピンファイが始末してくれると確信して逃走するのをやめた。
バイチ帝国の二人には自分もバリッジの一員であると明らかになっているのは理解しているが、ピンファイによって亡き者になるので問題ないと判断したのだ。
「どうやってあの魔獣を手懐けたかは知らんが、これで邪魔者はいない。覚悟しろよ!」
極限まで高めた身体強化の力を利用して、一瞬でNo.2に肉薄するピンファイ。
その勢いのまま、凶器と化した右手をNo.2のこめかみに叩きこもうとする。
しかし、その手はNo.2の人差し指一本で止められた。
No.2が調整する事により、お互いが拮抗した状態で動きが止まっている。
「この化け物が!」
瞬時に力量差を把握したピンファイは慌ててNo.2から距離を取ろうとするが、既にNo.2が後頭部に打撃を加えており、意識を失い地に伏した。




