ラグロ王国宰相カードナー(1)
ラグロ王国の重要な資源となっていた、魔道具。
工房通りは壊滅し、今は工房ナップルだけがその存在感を大きくしていた。
ただし、工房ナップルはラグロ王国に対して魔道具の販売を一切しない上商人にも販売する事はないので、交易の品としては使えなかった。
もちろん少数ではあるが、冒険者から工房ナップルの魔道具を購入した商人もいるのだが、魔道具として機能せず、ただの扇子となってしまった。
一方バイチ帝国に関しては、アンノウンとの繋がりやジトロと温泉繋がりで重鎮と仲良くなっている事から、信頼できる国家とジトロ達に判断されており、工房ナップルとしても魔道具をバイチ帝国の冒険者達に販売している。
ラグロ王国に所属している冒険者が使っている工房ナップルの魔道具は優秀で、この短い時間で各国の間でも有名になっているが、今の所手にできているのはラグロ王国の一部の冒険者、そして、バイチ帝国の冒険者だけになっている。
しかし、ラグロ王国としては、自らの国家に所属している技術を盗んだと言いがかりをつけるようになっていた。
この行為に対して、ラグロ王国のギルドマスターであるフェルモンドだけは異を唱えたのだが、多勢に無勢で押し切られてしまったのだ。
既に国力が落ちているラグロ王国がこのような暴挙に出られるわけはないのだが、残念な事にラグロ王国の重鎮の中にもバリッジの構成員がいるのだ。下級構成員ではあるが……
バリッジの当初の目的である工房ナップルの壊滅作戦は失敗し、作戦が壊滅してしまっている状況。
更には、工房ナップル自体が力をつけてきてしまっているので、次なる手を打たざるを得なかった。
こうして、国家を使って工房ナップルとの癒着を強引に指摘する形で、組織の最大の敵国であるバイチ帝国に因縁をつけ続けた。
当然バイチ帝国としては、冒険者が個別に購入している魔道具に対して関与しているわけでもなく完全な言いがかりであるので、軽くあしらい続けていた。
バイチ帝国は、ラグロ王国側にバリッジが関与していると思っていなかった為にこのような対応をしていたのだ。国家として余計な軋轢を避けていたとも言える。
「ふ~、毎度毎度、ラグロの連中はしつこいな」
「まったくだ。だがお前はこのバイチ帝国の宰相だ。こう言った対処も仕事に含まれるのだから我慢しろ」
「わかっていますよ、ナバロン。ですが、日に日に圧力が強くなっていますから、戦闘になってしまった場合はあなたの出番ですよ、ナバロン騎士隊長」
ジトロと懇意にしているバイチ帝国の宰相アゾナと、騎士隊長のナバロンだ。
ラグロ王国のしつこい攻撃に辟易している所に、本日何回目かになるのかわからないラグロ王国からのクレームの手紙が来た。
…貴国は、我がラグロ王国が誇る工房通りに所属する工房ナップルの作品である扇子の魔道具、この技術を盗用するべく国家を上げて必要以上に入手しており、法治国家としてあるまじき行為だ。国家の品格を取り戻すべく即時賠償を行うとともに、盗用に関する無条件の調査を受け入れるように強く要望する…
突っ込み所満載の内容だが、同じような内容を手を替え、品を替え何度も連絡してきているので、その手紙を碌に見る事もせずに廃棄する宰相アゾナ。
そんな日々を過ごしていると、突然ラグロ王国の一団がバイチ帝国にやってきた。
これは、工房ナップルを潰す事ができなかった代わりに現時点で工房ナップルの最大の顧客になっているバイチ帝国を疲弊させ、販売数を激減させる事が目的になっている。
更には、バリッジの望む世界、高貴な血を持つ選ばれた者による世界を作るための障害となる国家であるバイチ帝国の弱点を探るために派遣された。
そこにはラグロ王国の貴族でもあるギルドマスターのフェルモンドの意見は一切反映されていない。
唯一彼が侵略と取られかねないこの行動に激しく異を唱えたのだが、一人で騒いでも誰の賛同も得られなかったのだ。
まさか、国家の使節団として何の前触れもなく訪れるとは思ってもいなかった宰相アゾナ。
実は、何度も来ていた手紙の内の一通の見え辛い位置に少しだけ訪問について書かれていたのだが、そんな所まで目を通すような事はしなくなっていたのだ。
しかし門番からの連絡によれば、既に手紙にて事前連絡済みであると強く主張されてしまい、最近はまともに書簡を読んでいなかった後ろめたさから急遽入国を許可する事にした。
バイチ帝国の皇帝ヨハネス・バイチは、既に健康な体を取り戻して政務に復帰してはいるが、諸外国との交渉についてはストレスを与える可能性が高いので、今の所は全て宰相が捌いていた。
「ようこそお越しくださいました。大したおもてなしはできませんが」
巨大なホールにラグロ王国の一団を押し込むと、心にもない挨拶をして取り繕った笑顔を向ける宰相アゾナ。
「まったく、歓待の作法も知らないとは……こちらは事前に連絡済みだったのですぞ。……これだから薄汚い血は困る」
こう、挨拶とも言えない挨拶をブチかますのは、ラグロ王国の重鎮の一人、宰相のカードナー。
もちろん後半のセリフは誰にも聞こえないような小声だが、このセリフからもわかる通りにこの男はバリッジの下級構成員だ。
「それは大変失礼いたしました。何分国家が繁栄しており、業務が立て込んでおりまして」
宰相アゾナもにこやかに対応するが、これは翻訳すると、
<お前らの国のように衰退しているわけじゃない。むしろ発展しているので忙しいんだよ!>
となる。
国家間の調整を行う立場の宰相ともなれば全員が自動翻訳機能を持っているので、カードナーもアゾナの言っている事は全て理解できている。
その証拠に、張り付けた笑顔ではあるが、瞼の周辺が激しく痙攣している。
あまりの怒りに罵倒のセリフが喉まで出かかっていたのだが、何とか喉を潤して、水分と共にそのセリフを飲み込んだ。
「そ、それはお忙しい所申し訳なかったですな。して、既に連絡させて頂いております通り、我が国家の重要な交易品である魔道具がこのバイチ帝国に直接販売されていると聞きまして、調査をさせて頂きたいのですが」
もちろんアゾナは、そのような手紙をまともに読むような事はしていない。
「確かに、貴国で製造されている優秀な魔道具を、我が帝国所属の冒険者が使っている事は事実です。ですが、冒険者、冒険者ギルドは国家に依存しない行動を許可されているはずです。もちろん我らバイチ帝国が貴国の魔道具に対して不当な扱いをしているような事実もありません。その程度はご存じかと思いますが?」
既に翻訳も必要ないほど直接的な物言いになってきているアゾナ。
あまりにも正論過ぎて、何も言えなくなってしまうカードナー。
しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。
バリッジの構成員として、バイチ帝国か工房ナップル、または両者に何かしらの被害を与えなくてはならないのだ。
少し考えたカードナー。
「わかりました。では、我が国が誇る魔道具が不備なく使用されているか、貴国との交流も兼ねて確認致しませんか?」
「どう言った事でしょうか?」
流石に意味が分からずに困惑するアゾナ。
その姿をみたカードナーは、何とか自分のペースに持ち込めるかもしれないと思い、話を続ける。




