騒めく工房通り
工房長は作戦を実行するべく、子飼いの冒険者に金貨を掴ませて対象の冒険者を絞り込んだ。
その後、その冒険者が森に関連する依頼を受けるのを待ち続け、ついにその日がやってきた。
既に森の奥には前回同様新種のライチートが二体配置されているが、レベルは少々上がり、前回の魔力レベル28から魔力レベル30へ上げられた魔獣がその身を隠している。
護衛の冒険者と共に森に侵入し、ライチート側にもその身を隠しながら工房長側に移動させる事により比較的浅い森の中でその魔獣を確認することができた工房長。
今度は魔獣そのものをその目で確認しているので、魔道具を含めて何の不具合もない事は確認できている。
工房長は、攻撃対象の冒険者が依頼によって向かう先に新種のライチートを移動させた。
もちろん本人は森の中には入っておらず、遠隔での操作だ。
その攻撃対象となってしまったのが、このラグロ王国で長きにわたり冒険者として活動している男で、名はプラロール。
経験豊かで、若い冒険者達に優しくアドバイスをくれる事から多数の冒険者達から慕われていた。
しかし年齢もあるのか、自分のペースで冒険をしたいとの事で、誰とも組む事はなかったのだ。
そのプラロールが受けた依頼は、森の中腹程度にある湧き水の採取。
これは工房通りを擁するラグロ王国ならではの依頼と言えるが、鍛冶を行う際に使用する水の採取だ。
森の中腹程度にあるこの水は、長きにわたって自然の魔力に晒されていたので水自体にも魔力が滑らかに含まれている。
鍛冶を行う際に、普通の水ではなくこの水を使用する事により、出来上がった品質に大きな差が出る事は既に知られている。
ただ残念な事に、その水はこの森から採取した後は徐々に劣化…魔力が大気に放出されてしまうので、使用する分を都度採取する事になるのだ。
当然水の採取依頼にもお金が必要になる為、その水を使って作成された製品も高額になる。
この水を使った製品ばかり作っていては全ての製品の値段が高騰し、普通の冒険者が購入する事はできない為に、店の売り上げが落ちる可能性が高い。
その為、ある程度高ランクの冒険者が特別仕様としてオーダーしてきた武具を作る時に採取されるのが一般的だ。
プラロールが門を出て行く所までは見届けた工房長。
湧き水がある場所は凡そ一日程度で到着できるので、三日経ってもプラロールが帰還しなければ、作戦の第一段階は成功したと言えるだろうと考えている工房長。
こうして待つ事三日が経過した。
子飼いの冒険者を伴ってギルドに向かうと、いつもと違い何やらざわついており、工房長は作戦が成功した事を悟った。
この工房長は、時折ギルドから直接武具のメンテナンスや制作を頼まれていたので、突然ギルドに顔を出しても誰も怪しむ者はいない。
そのままギルド併設の食事処に座ると、聞き耳を立てながら同行させている冒険者と共に食事を始める。
「おい、プラロールさん、例の依頼を受けてまだ帰ってきていないんだと」
「あの水の依頼か?あそこは何の危険も無いだろう?ましてプラロールさんだぞ。まさか、急な体調不良とか……か?」
工房長の周辺では、思惑通りプラロールを心配する声で溢れていた。
こうなると次のステップは、この有象無象の冒険者達がプラロールを捜索に行き、行方不明になる事だ。
そして、最近の冒険者がほとんど持っている工房ナップルの武具が原因の一端ではないかと追及し、この工房通りから追い出す。
または、ナップル達に再び原因調査として森の奥に向かわせて始末する。
可能であれば後者の方が良いと考えている工房長だが、そこまでうまく行かずとも工房ナップルを追い出せれば、組織バリッジからの命令は遂行できたと言える。
少し気分が良くなり、ギルドから工房に戻る工房長。
その間にすれ違う冒険者達の多数の者が、一様にプラロールを心配していたのだ。
その様子を確認し、ほくそ笑みながら冒険者達が自発的にプラロールを探しに行く事になるのを待つ事にした工房長。
数日が経過すると今回の作戦はうまくいったようで、プラロールは未だ帰還せず、冒険者達の帰還率も下がっていると言う情報が出回った。
工房長の狙いとは若干ずれているが、冒険者達は依頼のついでにプラロールの捜索を行い、行方不明になっていたのだ。
もちろん、その原因は新種のライチート。
冒険者ギルドが依頼の難易度を決定する時には、道中想定される事態も考えられている。
その情報を元に、依頼を受けた冒険者のレベルや経験が適切かを判断する事で、少しでも冒険者達の命の危険がない様に配慮しているのだ。
しかし、各個人の生命の補償まではする事はできないし、以前ドストラ・アーデが言っていたように個別の救出等は依頼として以外は対応ができない。
今回のプラロールの一件もそうなのだ。
だが、登録されている冒険者達の帰還率が下がり続けているのであれば、冒険者ギルド側の見積もりが甘く冒険者を危険に晒している状況に他ならないので、具体的な調査が始まる。
その会議に、冒険者達の武具を一手に担っていた工房ワポロを始めとした工房通りの人々、そしてその地位を取って代わっている工房ナップルも呼ばれている。
当然工房ナップルのバルジーニはこの場にはいない。
「けっ、そんな下らない集まりに出るくらいなら、少しでも鍛冶の腕を上げる方が有意義だ」
との事だ。
その為、冒険者ギルドとの会議に出ている工房ナップルは、工房長のナップル、そしてディスポの二人だ。
バルジーニは工房で修行。
No.10は最近の冒険者達の帰還率悪化の原因を調べるために、プラロールが向かったとされる水の有る場所、東の森を探索しに行っている。
アンノウンとしては、この東の森は大した魔獣はいない上、水に関してもナップルレベルになると必要がないので侵入した経験がなかった。
そこに今回の緊急招集がかかったので、その原因となっている場所を調査しに向かったのだ。
もちろん直近でバリッジの関与するライチートが西の森にいた事、そして末端も末端だと思われるが、工房長がバリッジ側の人物である事から念のため調査する事にしたのだ。
「じゃあ始めるぞ。新顔もあるようだから軽く自己紹介しておくが、俺はこのギルドの長をしているフェルモンド。一応貴族ではあるが、実際は冒険者として生活していた。だからと言う訳じゃないが、肩の凝るような話し方はできないからな」
このフェルモンド。この世界で最強と言われる魔力レベル10に最も近いレベル9にまでなった猛者ではある。年齢は35歳と、この世界では冒険者としては既に引退している方が多いのだが、未だその鍛え抜かれた体は健在だ。
貴族の血が入っているが、自身は冒険者として成り上がったと思っているので、物腰は乱雑だが工房ナップルがこの会議に初参加している事もあり、配慮を見せる優しさも持ち合わせている。
「早速だが、既に聞いていると思うが、最近の冒険者達の帰還率が悪化している件についてだ。どうやらプラロールがいなくなった辺りから始まった状況である事まではこちらで確認済みだ。他の情報は有るか?」
ギルドマスターのフェルモンドの問いかけに、待ってました、とばかりに工房ワポロの工房長が持論を展開し始める。
まさにこの流れこそが、工房長が待ち望んでいた展開なのだから。




