ラグロ王国での緊急クエスト(6)
「皆さん、もうすぐ視認できる位置まで来ています。気を付けてください」
ナップルの宣言と共に、魔獣が来るであろう方向に向かって攻撃態勢を取る冒険者パーティー。
既に自分の担当任務を終了しているNo.10だが、冒険者パーティーの安全を脅かすような事態があれば助けを出すつもりで、彼女達の後方にナップルと共に待機している。
「いたわ!」
「「「視認しました!」」」
冒険者達が一斉に視界に入った魔獣に攻撃を始めた。
未確認の魔獣という事で最大限の警戒をしているので、様子見などするわけもない。
そのため、既に新種のライチートが瀕死である事にすら気が付かないまま、ナップルの作った魔道具による最大限の攻撃を浴びせ続けた。
「散開!」
攻撃の余波のせいで周りの木々がなくなって視界がある程度確保できた状態で、リーダーのジュリアが指示を出した。
攻撃目的の三体の魔獣はそのレベルの高さからか、魔道具の攻撃を受け続けている状態でも瀕死ではあるが、未だ生存している。
その魔獣を中心に四人はほぼ等間隔に広がり、更なる攻撃を断続的に仕掛けている。
安全のために魔道具による遠距離攻撃だけだが、この攻撃が今の彼女達の最大の攻撃だ。
各々の持つ魔道具に付与された炎、水、風、土の力をフルに活用した攻撃。
レベル差がある状態でも、避ける事も防御する事も出来ない状態になっているライチートが受け続けて、無事でいられるわけはない。
やがて四人の中央部分に存在していた新種の魔獣ライチートは、一体、また一体とその体を地に沈めた。
「これで終わりよ!!」
最後の一体に総攻撃を仕掛ける冒険者。
何の危険もないまま新種の魔獣ライチート、魔力レベル28の魔獣が、実質的にレベル5の魔道具を持つ冒険者パーティーに蹂躙されてその命を散らせた。
攻撃をやめた冒険者パーティーは、慎重に倒れている魔獣三体を観察している。
もちろん安易に近づくような事はしない。
「確かにあの魔獣はライチートに見えなくもないけれど、何か違うわね」
「やっぱり未確認と言うだけあるわね。きっと新種でしょうね」
「でも、なぜ反撃してこなかったのかしら?」
「それはもちろん、この魔道具の攻撃が強かったからじゃない?」
徐々に緊張から解放されている冒険者パーティー。
「どうやら完全に倒した様ね。依頼達成よ!!」
「やったー!」
「でも、すっごい大きいわね、このライチートもどき」
「これなら素材もたくさん取れそうよ。でも、どうやって持って帰ろうかしら?」
魔獣三体が完全に事切れているのはNo.10とナップルも確認済みの為、彼女達の行動を止めるような事はしない。
『No.10、ナップル、そっちは終わったようだな。こっちは面白い事になっているぞ。あの工房長、恐らく魔獣を制御するのであろう魔道具を振ったり叩いたり、魔獣が死んだから信号が来ないんだろうな。必死で直そうとしているぞ。プッ。おっと、スマン』
No.4の方も、面白い事になっているようだ。
『No.4さん、連絡ありがとうございます。工房長に同行している冒険者の動きはどうですか?』
『ナップルもお疲れさん。冒険者の方は、魔道具と格闘している工房長の傍にいるぞ』
どうやら、後方からの障害はなさそうでホッと胸をなでおろすナップル。
『No.4、私もその動きを見てみたいです~。今から行ってもいいですか?』
そんな緊張感を一切持たないNo.10は、工房長の面白い動きが気になって仕方がない。
『ちょ、ちょっとNo.10さん、駄目ですよ。今からきっと冒険者の皆さんと、この魔獣の素材について色々話すはずなのですから!』
辛うじてナップルが制止したおかげで、残念そうな顔をしながらその場に留まるNo.10。
頑張れナップル!
「ナップルさ~ん、この魔獣、それぞれ持てるだけ持ち帰るという事でいいかしら~?」
少し離れた位置にある新種のライチートの亡骸の近くにいる冒険者から声が飛ぶ。
「あっ、はい。それで良いと思います。私達も手伝います!」
この魔獣の亡骸。恐らく全員で分割したとしても一体分しか運ぶ事はできない。
残りの二体については、新種の魔獣に対する調査のためにアンノウンのメンバーがこっそりと収納する事になる。
一方この正体不明の魔獣討伐騒ぎのどさくさに紛れて、邪魔な工房ナップルを潰そうと考えていた工房ワポロの工房長。
No.4が伝えてきた通り、突然魔獣を制御する魔道具が反応しなくなったため、振ったり、こすったり、叩いたり、色々していた。
今まで同じような作戦を実行してきて、このような状態になった事は一度もなかったために、何が起こったか理解する事ができなかったのだ。
もちろん新種のライチートが全滅したなどとは思っていない。
「工房長。まさかその魔道具の故障で、俺達が攻撃対象にならないだろうな?」
同行している魔力レベル9の冒険者。工房長のこういった作戦実行時に護衛として常に同行してきた男が、不安そうな声を出す。
その話を聞いて、ようやく自分が攻撃対象になるかもしれないと言った現実に思い至った工房長は、すかさず退避を決断する。
工房長自身には、何の力も無いからだ。
「お前の言う通りだ。危険な状況になるかもしれないので、即退避するぞ」
「それじゃあ、一旦この武具は返すぜ」
冒険者は、工房長から借りていた魔道具の武具を返却する。
これは、一時的に自分の存在を隠蔽できる魔道具で、魔道具のレベルは6だ。
この魔道具を使用すると、一般的に魔力レベル6未満の者達には見つかる事がない。
今回のナップル側に同行している冒険者パーティーのレベルは魔力レベル4である為に有効に作用する。
魔獣によって確実にナップルを排除し、同時に冒険者パーティーも排除する。
そして、工房ナップル側から同行させている冒険者(No.10)も魔力レベル5で登録されているので、必要に応じて冒険者自身が始末しようと思っていたのだ。
その全ての目論見が崩れ去り、撤退する工房ワポロの工房長と護衛の冒険者。
彼らは、未だ制御不能になった新種のライチートがこの森に生息していると思い込んでいるので、退避の速度は速い。
退避行動を見て危険性もなくなり、同時に興味も一切なくなってしまったNo.4は拠点に転移で戻るのだった。
因みにNo.10とナップルは、思いの他作戦が上手く言った事に気を良くして、最終目的地であった西の森の奥に生息している薬草採取についてはすっかり忘れていた。




