工房ナップルと工房ワポロ
工房ナップルの鍛冶場で、ひたすら作業に没頭するナップルと、その動きをまねようと必死のバルジーニ。
「ふぅ~、できました。並んでいる皆さんは15人ですから、これで十分だと思います」
「やっぱりナップルさんの作る魔道具は美しいですね~。私にもこのようなデザインができればいいのですが」
「ガハハハ、ワシにもまだできない領域なのだ。そう簡単にできてもらっては困るぞ」
「ナップル。二日目にしてこの人数、凄いじゃないか。売上もかなりあるので、イズンにお小遣い増加を交渉したらどうだ?」
「いえ、ディスポさん、私、鍛冶ができるのが嬉しいんです。お小遣いも頂けて、皆さん優しくて、これ以上望んだらバチが当たっちゃいますよ」
と話しつつ、店を開ける。
すると、先頭の三人が店になだれ込むと、残りの一人が入口を塞ぐように立ちふさがった。
「おいナップル、お前、借金奴隷の癖に何していやがる?」
「ここの店主を、前の店の時のようにだましたのか?」
「どうせお前の作る魔道具など、見かけだけで性能はイカサマだろうが!」
口々にナップルに罵声を浴びせ続ける冒険者三人。
突然の出来事に、涙目になってうつむくナップル。
この冒険者三人は、わざと表に並んでいる冒険者達にも聞こえるように大声で話している。
実は、入口を塞いでいる者も含めた四人の冒険者は、昨日この店で魔道具を購入した冒険者パーティーが懇意にしていた工房ワポロの差し金だ。
最初に扇子を購入したパーティー一行は、律義にも工房ワポロに今後の購入はしない事を告げに行ったのだ。
その際に、扇子の魔道具を手にした店主。
魔道具は魔力を流さなければ発動しないので、どのような効果があるかを確認する場合にも必ず魔力を流す必要がある。
その扇子を借りた際に炎の力を付与していると聞かされた店主は、そっと魔力を流していたのだが、所有者制限があるので炎が付与されている兆候など出はしない。
その時点で工房ワポロの店主は、この魔道具がデザインだけの偽物だと判断したのだ。
冒険者達が所有者制限の話をしておけば良かったのだが、その様な機能は今まで聞いた事もなかったので、面倒くさい事になる可能性を考えて伝えなかったのだ。
彼女達の行動は、工房ワポロに筋を通しているつもりなのだろうが、この行動自体が面倒くさい事になるとは思ってもいなかった。
こうしてナップルの店の中では罵声を浴びせる冒険者と、その内容を聞いている外に並んでいる冒険者がいると言う状況になっている。
「うるせーぞ、このクソガキ共が!!」
その騒ぎを一瞬で収めたのはバルジーニ。
扉や壁が声による振動で壊れるのではないかと言う程の声量だ。
「お前らクソガキごときにこの工房ナップルの傑作である魔道具を手にする資格もなければ、魔道具について語る資格もねーんだよ」
体力の衰えから工房を畳もうとしていたとは思えないほどの気迫で、一番近くにいた冒険者の頭を鷲掴みにすると、そのまま片手で持ち上げて入り口付近まで投げ飛ばした。
「おいおい、じぃさ……バルジーニさん?すごいじゃないですか?」
「流石は工房ナップルのご意見番ですね~!!」
ディスポとNo.10も、バルジーニの行動に喜んでいる。
ディスポとNo.10が行動を起こしてしまうと、あまりのレベル差の為に手加減をしても頭を握りつぶしてしまう可能性が捨てきれないので、躊躇していた。
「クソガキ、お前らはこの工房ナップル、今後一切出入り禁止だ。次にここで見かけたら、踏みつぶすぞ!!」
バルジーニの剣幕と、実際の制裁によって四人の冒険者達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「ナップル、お前は自分の仕事に誇りを持っているはずだ。その証拠に、あの技術は一朝一夕で身に付く物では決してない。同じ鍛冶士としてワシは断言できる。対して、あのようなクソガキ共の言う事など、お前の努力の前には何の意味もなさない。それに、最初の冒険者達の喜ぶ顔を見ただろう?ここに並んでいる冒険者達にも、同じ顔をさせてやろうじゃないか!なっ、ナップル?」
伊達に年を重ねていないバルジーニ。暴言によって心にダメージを受けたであろうナップルを的確に励ました事により、直ぐに調子を取り戻したナップル。
「流石はバルジーニさん。まるで可愛い孫を相手にしているみたいだ」
「厳しくも優しい、とても素敵な方ですね~」
ディスポとNo.10も、バルジーニのフォローに舌を巻いていた。
こうしてひと悶着あったが、その騒ぎが聞こえた店の前を通りがかっただけの冒険者達も店を覗いた事により、当初予定していた販売数は開店後一時間持たずに全て売れてしまった。
但し、引渡しは所有者制限を設定すると言う形をとって一週間後となっており、その間に身元調査が行われる。
一方、工房ナップルに嫌がらせをしていた工房ワポロ子飼いの冒険者達は、焦るように工房ワポロに戻っていた。
「工房長!だめだ。あのジジィ、未だ健在だぞ!」
「それに、あそこには借金奴隷のナップル、ジジィ、その他に二人も従業員がいたぞ!」
「少し落ち着きなさい、あなた達。まぁ、目的が果たせなかった事は理解しましたよ」
冷たい口調で言い放つ工房長の言葉に、肝が冷えてしまう冒険者の四人。
「あんな借金奴隷が作っているような魔道具に群がる冒険者達も、程度が知れると言うものすね。ですが、目障りなのは違いありません。元々バルジーニも邪魔だったのです。ようやくいなくなるかと思ったら、いつの間にか借金奴隷と仕事をしているとは呆れます」
何やら悪企みを考えている顔をしている工房長。
その姿を見て、これ以上この場にいるのは危険だと肌で感じた冒険者達はいつの間にかいなくなっていた。
その翌日、更にその翌日も、工房ナップルの快進撃は止まらない。
既に一日の販売本数が100本を超えるようになっていた。
「こんなに喜んで使っていただけるなんて、本当に嬉しいです!」
鍛冶士としての真の喜びを感じているナップル。
工房ナップルで販売されている魔道具の扇子は、付与されている力の流れも美しく、また、扇子自体のデザインも落ち着いた美しさがあるので、大人気だ。
当然、工房通りの他の店は閑古鳥が鳴いている状態なのだが、ある日の夜、工房ワポロに一通の手紙が届く。
魔術で受取人以外が中身を読む事ができなくされている、魔力レベルが高い物しか作成する事ができない品物だ。
…我が組織バリッジの真の目的、高貴な血族の繁栄の妨げになる可能性がある工房ナップルとか言う店を潰せ。手足となる新種の魔獣、魔力レベル28を三体、森の奥のいつもの場所に配備しておく。既にギルドに依頼も出しておいた。魔獣は好きに使え…
内容を読んだ工房長はその手紙をすかさず陶器の上に置くと、手紙は瞬く間に炎に包まれて消え去った。
「魔力レベル28ですか。日に日に完成に近づいていますね。それにしても工房ナップル。どうしましょうか?」
驚異的な戦力を三体も準備されているにもかかわらず、特に驚く事のない工房長。
その態度は当然で、この工房長はナップルが所属する組織アンノウンと対立し始めている、ドストラ・アーデが所属していた組織、バリッジの末端構成員だからだ。
工房長がこのような汚れ仕事をこなしたのは、一度や二度ではない。
しかも、工房の売り上げの一部を組織に継続的に寄付して性能の良い魔道具も提供しているので、間もなく下級構成員にはなれそうな所まで来ている。
手紙にあった依頼とは、もちろん冒険者ギルドに対する仕事の依頼だ。
今までも、同様の手口で邪魔者を始末してきたのだ。
魔獣討伐クエストの依頼を対象者に受けさせ、依頼実行中に暗殺するのだ。
新種の魔獣が対象者を殺せば依頼中の事故として処理されるため、組織バリッジの関与や、工房長が疑われる事がないのだ。




