アンノウンゼロとしての活動(2)
スイッチが入った状態で憤慨するイズンに対して、物を申せる人物がいない食堂。
イズンと同郷のノエルは別だが、今この場に彼女はいない。
誰もが巻き添えを恐れて嵐が過ぎ去るのを待ちつつ、豪華な食事をモソモソ食べていた。
「ナップルさん、明日の素材の準備は大丈夫ですか?」
「あ、はい。あまりに高レベルの素材ですと問題があると思いまして、適当な素材をさっきNo.10さんと取ってきました。魔力レベル8の魔獣の素材です。これで明日はばっちりです」
突然イズンから話しかけられて驚いたものの、握り拳を作って自信がある事をアピールするナップル。
普通の行動をとっているように見えるナップル。
しかし、既にナップルも、この世界の感覚からは大きくかけ離れた感性を持つようになってしまっていた。
もう一度確認するが、この世界の人類が認識している魔力レベルの最大は10だ。
そこに、適当な素材として魔力レベル8の魔獣を狩ってくるのだ。
通常であれば、英雄と称されているパーティーが向かうか、国家戦力とまではいかないが、準ずる戦力が必要になる。
それを適当に狩ってくるあたり、既に常人ではなくなっているのだが、周りがそのようなメンバーしかいないので常識の基準が大きくずれた事に気が付く事ができないナップル。
当然、他のアンノウンのメンバーにもそのような常識を持っている者はいないので、誰からも指摘されない。
ようやくスイッチが切れかかったと判断したアンノウンのメンバーは、思い思いに食事を心から楽しみ始めた。
「ナップルさん、その素材で何を作るのですか?」
「楽しみだな。だけど、この間の炸裂玉のような事になるのだけはやめてくださいよ」
「あははは、あれはすごかったですね。まさかここまで振動が来るとは……」
「笑い事ではありませんよ?そのおかげで厳戒態勢になって、No.4とNo.5が緊急出動したのですから」
ワイワイやっているナップルを中心としたアンノウン。
ジトロは、すっかり打ち解けて元気になっているナップルを見て、安心した表情をしている。
こうしていつもの通り楽しい夕食を終えたメンバーは、それぞれの部屋に戻る。
その後は、任務に行く者もいれば、数人で集まり話をする者、鍛錬を始める者、温泉に行く者、様々だ。
ナップル、ディスポ、No.10は、三人でナップルの部屋で話をしている。
「明日、この素材で何を作るんだナップル?」
「実は、正直炸裂玉を考えていたのですが、あの場でアンノウンのメンバーに否定されてしまったので考え直しました。この素材を活かすには、魔力レベルがある人であれば、強力な風魔法を生み出せる扇子にしようかと思います」
「良いじゃないですかナップルさん。暑い時~、その扇子があればうれしいですよね?」
すかさずナップルを褒め称えるNo.10。
彼女はすっかりナップルの精巧な鍛冶士としての技術、そして錬金術の虜になっていた。
しかし、比較的冷静なディスポが突っ込みを入れる。
「いや、No.10、そんな事ができるのは俺達アンノウンだけで、普通の人がそんな使い方をしたら自殺行為だぞ」
恐らくかなり高品質な扇子になるので、魔力レベル1の人間が使用した場合、使用した本人が大きく吹き飛ばされる結果が容易に想像できる。
「あっ、そうかもしれませんね~。でも、私達が使えば問題ないですよね?」
今一つ事の重大さが分かっていないNo.10だが、これも通常運転だから仕方がない。
こうして、翌日の朝からラグロ王国の工房通りにあるバルジーニの店に向かう四人。
昨日、交渉人として向かったイズンと工房を取り仕切る予定のナップル、そして、今日は勝負という事を聞いて付いてきてしまったNo.10とデイスポ。
「お、逃げずに来たか。大した自信だな。そこだけは認めてやろう。そこの二人は何だ?負けた時の言い訳要員か?」
相変わらず、ナップルが高度な技術を持っている鍛冶士とはわかっていないバルジーニ。
「いいえ、ただ見学させて頂きに来ただけですよ」
交渉人モードのイズンが優しく答える。
「まあ良い。時間がもったいないからな。早速何か作ってみろ」
「待ってください。ここにいるナップルの実力を認めて頂けた暁には、販売金額、虹金貨一枚(1000万円)にして頂けますか?」
昨日交渉し損ねた部分を取り返すように、ここぞとばかりに交渉を開始するイズン。
自分が提示した金額の四分の一を何の躊躇もなく提示してきたイズンに驚くも、昨日の時点でこのような交渉をしたいと言う話を聞かされていたバルジーニ。
更には自らが認めるようなアイテムを作れる訳がないと思っているので、二つ返事で了承する。
「おお、良いぞ。但し、ワシが納得のいくアイテムを作れたらな」
心中でほくそ笑むイズン。これで、アンノウンとしての資産を大きく減らさなくて済むと安堵していた。
「じゃあもう良いな?早速取り掛かってくれ。だが、時間は区切らせてもらうぞ。何を作るかはわからないが、半日程度、四時間だ」
「わかりました。では始めますね」
そう言って懐から魔獣レベル8の素材、ピグラビットの角を取り出すナップル。
名前からは想像もできないほど凶悪な魔獣で、有名なキングゴブリンと同レベル帯の魔獣だ。
「お、おい!おいおい!!お前、それピグラビットか?どこで手に入れた?」
当然、鍛冶、錬金に関連する知識は豊富にあるバルジーニは、その素材の出所を聞く。
このレベル帯の素材が市場に出回ることは、ほぼ無いからだ。
「この勝負には関係ありませんよね~?どうでも良いではありませんか?」
これからナップルの素晴らしい技術を見られると楽しみにしているNo.10が、余計な事を言ってきたバルジーニに少し不機嫌そうに回答する。
正論ではあるので、バルジーニは悔しそうではあるが黙ってナップルの手元を見る事に集中し始めた。
バルジーニも、ナップルが本当に鍛冶士としての力があるのか、技術を持っているのかを判別しようとしているのだ。
だが、残念ながら、バルジーニのこの行為は無駄に終わる。
なぜならば、魔力レベル0ではあるものの、アンノウンが準備した魔獣の力を借りているナップルは、魔力レベル60と言っても過言ではない状態になっている。
そんな彼女が作業する様を、ただの鍛冶士がその目で追えるはずがないのだ。
「できました!!」
その声で我に返るバルジーニ。
「おい、今、一体何をした。何も見えなかったぞ。さっきの素材を何かとすり替えたのか?」
そう、作業自体が見えずに突然素材が消えて、結果的に扇子のような物が出てきた。
バルジーニとしては、こう発言しても仕方がない状況だったのだ。
「あれ?この程度の作業が見えなかったのですか?この扇子は!たった今!ここで彼女の力で作成された物ですよ。その証拠に、そこにあるあなたのハンマー、使用した形跡がありますよね?あ、熱くなっていますから気を付けてくださいね」
少々煽りつつも、納得してもらう様に誘導するイズン。
自分の常識が通用しない現象を見せられて、なかなか納得する事ができないバルジーニだ。




