新たなアンノウンゼロの誕生(1)
ナップルが救出され、拠点で養生し始めてから一週間程度が経過した朝。
「おはようございます~、ナップルさん。もうすっかり良くなったみたいですね~。これなら、普通の生活に戻って大丈夫ですよ!」
No.10は、まるで自分の事のように嬉しそうに話している。
この一週間で、自分の置かれた奇跡のような状態をようやく理解したナップルも、毎日のように話しかけてくれるNo.10に対してはすっかり心を開いている。
「ありがとうございます、No.10さん。おかげさまで本当に良くなりました。まさか、いつの間にかできた借金も無くなって、借金奴隷からも解放されているなんて、夢のようです」
「「きゅきゅきゅ~~」」
窓から心配そうにのぞき込んでいる炎龍の二体も、ナップルの状態が良くなった事を喜んでいる。
早い段階でNo.10はナップルにこの二体の事を説明していたので、当初は驚きを隠しきれなかったナップルも徐々に慣れ始め、今では普通に接する事が出来ている。
「フフ、ピアロちゃんとコシナちゃんも、ありがとうございます」
「それで、ナップルさん。あの工房でお話しさせて頂きました通り、もしできるのであれば、私に錬金術を教えて頂きたいのですが~、大丈夫ですか?」
当初の目的である温泉建設については、頭からすっぽ抜けているNo.10。
既に、自分の目的である錬金術についてしか頭にはなかった。
「No.10、それだとイズンに怒られますよ?当初の目的、忘れていないですか?」
部屋に入ってきた調理を得意としているアンノウンゼロのヨーゼフナが、流石に突っ込む。
「あ、ヨーゼフナさんもおはようございます!」
「おはようございます、ナップルさん。もう大丈夫そうですね」
ヨーゼフナの突っ込みを受けたNo.10は、本気で何が悪いかわかっていないような顔をしている。
「まったく、No.10!当初の目的は、温泉施設の建設でしょう?いつの間にか錬金術の教師の話になっているのですか?」
「あっ、そうでした~。すっかり忘れていました。フフフ」
相変わらずマイペースを崩さないNo.10だが周りも慣れたもので、軽く受け流して話を進めている。
「ナップルさん。実は私達、この拠点にスミルカの町やバイチ帝国に最近作られた温泉施設を作りたいのです。素材や労働力、必要なアイテムは準備できるのですが、設計が一切できないのです。そこで、あなたのお力をお借りしたいのですが、如何でしょうか?」
「ここまでして頂いたのですから、私なんかがお力になれる事があれば、ぜひやらせて頂きます」
「「「「いよっしゃ~~」」」」
ドアの外から、大歓声が聞こえて来る。
No.10は自分の力で、ヨーゼフナは魔獣の力でそれぞれ気配を察知していたが、ナップルは突然の大声に恐れおののいてしまった。
「ほら、皆さん、彼女が驚いていますよ。これから私が話をしますので、皆さんは持ち場に戻ってください」
「「「「は~い」」」」
そんな声の後に、部屋に入ってきたのはイズン。
「おはようございます、ナップルさん。騒がしくしてすみません。全員、温泉に入れる事を楽しみにしていたので、貴方の協力が得られると分かって少々はしゃいでしまったのです」
「おはようございます、イズンさん。ここは皆さん凄く元気で、過ごしやすいですね」
この拠点で生活をしている面々は、ここ数日、ナップルの体調がかなり良くなってきてから徐々に顔見せを行っていたので、ある程度の名前を知っているナップル。
そして、個人的にNo.10から組織の事も聞いており、この組織の代表のような人であるジトロの事、そしてナンバーズと呼ばれている部隊、アンノウンゼロと言われている部隊に分かれている事、拠点の方針は、基本的にはイズンと呼ばれているアンノウンゼロのリーダーが務めている事を理解している。
もちろんNo.10はジトロとイズンの許可を取って極秘とも言えるこの話をしている訳だが、この二人も、ナンバーズ達が得た情報からナップルの人柄、そして借金奴隷は冤罪であった事、彼女の才能を妬んだ者達による罠によってその身を奴隷に落とした事を確認している。
「それで、温泉建設の他に相談があるのですが。直球になりますが、ナップルさん!あなたは我らの組織、アンノウンに加入する気は有りますか?」
ナップルにしてみればこの拠点はとても環境の良い場所で、全員が優しく、信じられないような誘いだ。
既に身寄りもなく、仕事をするにも道具もない。どこかの工房に行こうにも、また罠にはめられて奴隷になる可能性も捨てきれない。
そう言った状況から、まさに渡りに船と言った状態だったのだ。
その上、この拠点のメンバーは、ジトロを除いて全員が元奴隷か、それに近い扱いだったと聞いている。
そして、組織の目的は、理不尽な奴隷制度の廃止を目指していると言う事で、まさに自分の希望と合致していたのだ。
「私なんかが、良いのでしょうか?何か力になれる事があるのか不安になりますが……」
「いいえ、何も不安になる事はありません。ぜひ来て頂きたいと思っています。もちろん、首領のジトロ様もあなたの加入を待ち望んでいますよ」
炎龍すら従えている力を持つ組織の首領までもが自分の加入を切望してくれていると言われて、見開いた目からは涙が流れ出る。
今までの地獄のような環境から抜け出せる。これから、こんなに優しい人達に囲われて、望まれて仕事ができる!
そんな思いが溢れ出て、涙を止める事が出来なかった。
No.10は、優しく彼女を抱きしめ続けた。
窓の外ではナップルの加入を祝福するように、ピアロとコシナが嬉しそうに鳴いている。
実は組織の情報を話すと決めた時、ジトロとイズンは、ナップルがこの組織に入ってくれると確信していた。その為に、話をする事を許可したのだ。
万が一そうならなかった場合でもジトロの顔はまだ見せていないし、ナンバーズやアンノウンゼロの面々も、隠蔽を使って活動すれば問題ないし、更にはナップルの送り先を活動拠点と被らない場所に送れば良いと思っていたのだ。
アンノウンゼロの魔獣達には隠蔽の力を新たに獲得させる必要が出てくるのだが、その場合の手間は、人を見る目がなかったとして諦めるつもりでいた。
そもそも、今後の活動によっては隠蔽も必要になってくるはずなので、遠からず身に着ける必要はあるのだが……
しかし、二人の予想通りにナップルはアンノウンへの加入を即決してくれた。
「では、今日の夜、首領であるNo.0に会っていただきます。今No.0は某所で働かれているので、早くてもお目通りは夕方になるでしょう。それまで、少しでも慣れるように屋敷や庭を散策でもしてください。ですが、防壁の外には出ないでくださいね。魔力レベルが高い魔獣が徘徊していますから。No.10、安全の為に貴方が案内してあげて下さい」
「じゃあ、ナップルさん、一緒に行きましょう〜」
「はい、よろしくお願いします」
こうしてこの日ナップルは拠点の中を隈なく探索し、更にはその最中に、今の組織の活動について詳細を聞く事が出来た。
目下の問題は、正体不明の組織バリッジによって生み出されている新種の魔獣対策。
その組織の目的は、現時点で把握しているのは一般市民すら奴隷として扱うような、特権階級のみの楽園を築こうとしている事。
その為、今後アンノウンの最大の目標である理不尽な奴隷制度の廃止を行う際に、何かしらの障害になる事などだ。




