ドワーフのナップル(6)
ナップルが、あの劣悪な環境から救われた日の夕方……
「う~ん、あれ?ここは何処かしら?いけない、早く工房に行かないと……」
きっかけは気絶だったが、誰にも妨げられない睡眠をとり、更にはNo.6による回復が行われていたナップルは、焦りが出る程には気力が回復していた。
しかし、正確な状況を理解できる状態ではなく、慌てて工房へ向かおうとする。
そうでないと、いつも理不尽な行動を取る工房の人々の暴力がエスカレートする可能性が高いからだ。
ついでに、給金の没収、食事の削減と言った罰のおまけつきだ。
既に給金や食事についてはあきらめがついているナップルも、暴力だけは少しだけでも緩和してもらいたいとの思いで、訳が分からないまま必死でベッドから這い出す。
「何をしているのですか~、ナップルさん?あなたのお仕事は、先ずは体力を戻すためにゆっくり休んで、沢山美味しい物を食べる事ですよ~?」
突然かけられた声に、驚きつつも話しかけられた方を見るナップル。
その視線の先には、優しい笑顔でナップルを見つめているNo.10がいる。
「えっ?あれ??あなたは……確か、工房に来ていた方ですか?」
「はい、貴方の作品を見て一目で虜になってしまいました~。でも、このお話はまた後で。先ずは、お食事をどうぞ~」
優しく差し出される豪華な食事。
この拠点の食事は、素材が高価な事もあってかなり質が良い。
それを、アンノウンゼロの中で、調理が得意な面々が持ち回りで作っている。
今日の当番は、任務でハンネル王国の王都にある宿泊所に勤めているヨーゼフナだ。
弱っている彼女の体を気遣い、硬めの固形物は無い柔らかい料理になっている。
少しだけ今の状況を思い出したのか、おずおずと食事を受け取って口にするナップル。
荒んだ心に優しく染み渡る食事に、自然と涙が出てしまう。
彼女は、誰かに優しくされる事もなく、まともな食事もとれずにここまで来たのだ。
その事を理解しているNo.10は、彼女を優しく見守り続ける。
ナップルは、出された食事を唯々無心で食べ続けた。
本当に久しぶりに心とお腹が満たされたナップルは、再び眠気に襲われる。
今朝に救出され、今は夜に差し掛かった所。
その程度の時間の睡眠では、彼女の心と体は完全には回復する事が出来ていなかった。
もちろん、外傷は既に治癒済みだ。
うとうとしつつも、何とかお礼を言おうとするナップル。
「あ、あの、ありがとうございます。こんな私に……」
「良いのですよ~、ナップルさん。先ほども言いましたが、今のあなたのお仕事は体をゆっくりと休める事ですよ~」
No.10の優しい微笑みと温かい声により、再びナップルは意識を手放した。
「本当に、ここまで追い詰めるなんて、許せませんね!」
このNo.10、イズンと同様に怒りや激しい動揺があるときは、話し方が変わってしまう傾向にある。
そんなNo.10は、背後にいる、今日の食事を準備してくれたヨーゼフナに話しかける。
彼女は魔力レベル0ではあるが、この組織、アンノウンによって準備された魔獣の力を借りて、今は存在を隠蔽していた。
ナンバーズの一人であるNo.10には軽く看破されてしまうが、今回の隠蔽はナップルに余計な心労を与えないために行っていたものなので、問題ない。
彼女、ヨーゼフナも温泉を渇望している内の一人。だが、今は奴隷として弱ったナップルの力になるために、食事の量が適切か、種類が適切かを見極めに来ていたのだ。
「本当にNo.10の言う通りですね。でも、ここにいる限り、そしてジトロ様の元にいる限り、安全です」
「そうですね。では、私はジトロ様の所に行きますので、後はお願いしますね?」
落ち着いてきたとは言え、そして、安全になったとは言え、激変した環境に置かれているナップルを放置しておく訳にはいかずに、ヨーゼフナがこの日はナップルの世話をする事になっている。
もちろん任務に影響が出ないように、翌日は勤務先が休みのヨーゼフナが選ばれているのだ。
こうしてナップルに与えられた部屋を後にして、ヨーゼフナ以外のアンノウンの全員が集まっている食堂に向かうNo.10。
普段のおっとりとしたホンワカとした表情は消え失せ、厳しい顔つきになっている。
やがて、No.10は食堂に到着する。
「待っていたよ、No.10。彼女の具合はどうだ?」
「ヨーゼフナの作って下さったお食事も全て食べる事が出来ました。No.6による回復も行われておりますので、数日で完全に回復できると思われます。ジトロ様」
食堂にホッとした空気が流れる。
「ジトロ様、あそこまでナップルさんを追い詰めたラグロ王国の面々、許すことはできません。真実を調査し、罰を下す事を許可頂けませんでしょうか?」
No.10が自らこのような発言をする事は今までなかったため、全員が驚きの表情を見せる。
「そうだな。俺もこの拠点に戻ってきてからナップルの気配を探らせてもらったが、かなり弱っているようだ。そこまで追い詰めるとは……No.10の気持ちも良く分かる。No.9、お前の判断でも、奴らは黒か?」
「はい、ジトロ様。ナップルさんが勤めていた以前の店、明らかに店員の態度がおかしかったので、私達は間違いないと判断しました」
「ジトロ様、私としてもNo.10の提言を受け入れたいと思っています。あれ程の弱り具合、決して許せる事ではありません」
ここに、アンノウンゼロのリーダーであるイズンがNo.10に同調した。
「そうだな。俺も理不尽な奴隷は許せない。だが、そいつらの命を無暗に奪ったりする訳にはいかないからな。そもそも街中で活動している連中だ。どのように鉄槌を下すか。とりあえずナンバーズの空いている者達で、No.10達の情報が正しいかだけは裏付けを取っておいてくれ」
・・・・・・その日には結論が出ずに、食事も終了した。




