ドワーフのナップル(2)
私はドワーフの両親から生まれたドワーフのナップル。
この名前は、一つ芯の通った心を持てる女性になって欲しいと思ってつけてくれたと言っていたの。
そして、もう一つの私の宝物はこのペンダント。
お父さんとお母さんが力をあわせて、私が産まれる少し前から、私のためだけに作ってくれた物なの。
でも、そんな優しい二人共、高ランクの魔獣を狩るために武具のメンテナンスを行う要員としてついて行ったっきり、その冒険者パーティーと共に帰ってくる事はなかった。
本当に悲しかったけど、悲しんでいるだけではお腹は膨れない。
それに父さんと母さんが付けてくれた名前に負けないように、頑張らなくっちゃ。
私にできる事と言えば、やっぱり鍛冶。お父さんとお母さんを手伝うようになってから、自分でもわかる位上手に出来るようになったのよ。
「ナップルは凄いな。もうお父さんたちと同じくらいの腕があるんじゃないか?」
「本当ね、ナップルは頑張り屋さんだものね」
生前のお父さんとお母さんは、優しく微笑みながら、二人揃って私を褒めてくれたの。
でも、今の私の実力が本当にお客様に販売できる位の品物になっているかはわからないので、先ずは有名な工房通りにあるお店で働かせてもらう事にしたのよ。
もちろん最初は鍛冶なんてさせてもらえない。
他の鍛冶士の皆さんの準備の手伝い、商品の配列、お店の掃除、やる事はいくらでもあったの。
初めての環境でとっても忙しかったけど、その方が悲しい気持ちを思い出さなくて済むから良かったのかもしれない。
そして、ようやく初めて鍛冶をさせてもらえる日が来たの。
とってもドキドキして、でもワクワクして……なんとも言えない気持ちになっていたのだけれど、いざ鍛冶を始めると自分でも驚くくらい集中できて、今の自分の全てを出せたと思える魔道具ができたのよ。
「工房長、できました。今の私の全力です。どうでしょうか?」
鍛冶士の基本ともいえる剣。付与している力は、その重さの軽減だけ。
今の私の知識では、全力で付与できるのは重さの軽減だけなのが悲しいけれど、こればかりは仕方がないので、これから必死で勉強します。
そう思いつつ、私の剣を持った工房長は出来を確かめるかのように剣をふるっていたの。
「ナップル、初めてにしては素晴らしい出来だ。これなら商品として販売できるだろう」
本当に天にも昇る気持ちだったのだけれど、これが地獄の扉を開けた瞬間とは思いもよらなかった。
今思えば、その時の周りの同僚達の冷ややかな目。工房長も似たような表情をしていたの。
人の悪意にさらされた事のなかった私には、その当時は気が付く事ができなかったのが悔やまれるわ。
でも、初めての作品が販売できるレベルにあると言われた世間知らずの私にはわかる訳もなく、バカみたいに楽しそうに魔道具を作る日々送っていたわ。
そんな幸せな日々は続かない。
ある日工房長が私の作業場に来て、突然全員に聞こえるように大声で騒いだの。
「おいナップル、お前が昨日自信作だと言っていた魔道具に大きな欠陥があった。その魔道具を使用した冒険者が大けがをして、損害賠償と騒いでいたぞ。あのままの剣幕だとお前だけではなくこの工房の評判も落ちる可能性が高かったので、とりあえず冒険者の言い値を立て替えておいた。次からは気をつけろ」
今思えば本当かどうか確認するべきだし、そもそも店が販売しているのだから、私だけの責任と言うのもおかしいわよね。
「毎月分割で給料から引くようにしておいてやるから、とりあえずこの借用書にサインしろ」
これもおかしな話なのだけれど、突然大声で怒鳴られて賠償などと言われた私は、言われるがままに差し出された紙にサインしてしまったの。
本当にバカだった。
そうして数日後、また同じように工房長が来たわ。
「ナップル、お前、俺の温情を無下にしたな?毎月給料から引いてやると言っているのに、店の金を持ち出したらしいな?」
「えっ、私そんな事はしていません!」
「黙れよ!お前がコソコソ盗みを働いていた所を見ていた奴が複数いるんだよ!」
私はあわてて周りの同僚を見るのだけれど、皆ニヤニヤいやらし表情をしているだけで誰も助けてくれないの。
本当に何が起こっているかわからないうちに私は工房長に殴られたみたいで、頬の痛みを感じるとともに倒れたの。
「本当に見損なったぞ。孤児のお前に目をかけてやったのに恩を仇で返しやがって。このまま衛兵に突き出しても良いが、悪ければ死罪だろうな。そうすると以前の冒険者達に俺が一時的に立て替えて賠償した金額分が返ってこなくなる。お前にまだ少ない良心があるのなら、今回の件も賠償金を払う事でこのままここで働かせてやる。だが、ここをやめるつもりなら、衛兵に連れて行く事になるぞ」
今冷静に考えればおかしい事だらけ。でも、殴られたのも初めての私には考える力も、拒否する力もなかったの。
こうして気が付けば、いつの間にか違う工房で犯罪奴隷として働かせ…いえ、本当に奴隷として、都合の良い道具として動かされていたの。
そんなある日、この店に来た冒険者がここの店の店員に自慢げに見せていた武具があったの。
「おい、見ろよこの剣。お前の店でもこのレベルの剣を販売できるようになれば、今以上に懇意にしてやるのにな」
「確かに素晴らしい出来ですね。正直、今の我々にはできないレベルです。これはどこで購入したのですか?」
「たまたま覗いたあっちにある赤い屋根の店だ。なんでもそこの工房長の力作らしいぞ」
その冒険者が持っていた剣は、まぎれもなく私が一番最初に作った剣だった。
なんで工房長の力作になっているのか……でも、もうどうでも良い。
この時の私は、人の悪意にさらされ続けて心が折れてしまっていた。
食事もまともに出ないし、時折鍛冶をさせられるけど、その作品は決して私が作った事にはならないし、少しでも出来が悪いと殴られる。
でも、彼らにはそのレベルの魔道具を作る事は出来ないようなので、次から次へと命令される。
雑用、他の鍛冶士にばれないように魔道具の作成。そんな絶望の日々を送っている時に、前の店で私の作業をじっと見つめていた方。とてもきれいな方だったので印象に残っている方がこの店に来られて、私の事を呼んだみたい。
また何かの理不尽なクレームかと思って一瞬警戒したけど、もう全てどうしようもない事に気が付いてだんだんと心が冷えていくのが分かったわ。
でも、まさかその方達が私の救世主になるなんて思ってもみなかったの。




