私はイズン(3)
「いや~、兄上、いや元兄上。良い物を見せて貰いましたよ。ハハハハハ、奴隷と家族。面白い。だがお似合いですよ。ハハハハハハ。そうですか、あなたはその奴隷と家族ですか。それは良かった。本当に良かった!」
実にまずい。こいつは人の嫌がる事を率先してやろうとするやつだ。
そんな奴の目の前で、ノエルと言う最大の弱点を握られてしまったのだ。
「まて、お前何をするつもりだ」
ノエルに指摘されていた言葉遣いを修正する暇もなく、思わず声が出てしまった。
「煩いぞ、ゴミが。お前ごときが公爵たるこの私に偉そうな口をきくな」
ドカ……
「イズンさん!」
くっ、こいつ突然私を蹴り飛ばしやがって。
「面白い物を見せて貰ったお礼をしなくてはなりませんね。そうだ、私は明日公爵になるのですが、その高貴な血に穢れがあるのは認められません。ですが、どれ程クズでゴミで救いようのない元兄とは言っても理由もなしに処刑する訳にも行かないので、悩んでいたのです。ですが、今とても良い事を思いつきましたよ」
どうせ碌でもない事なのは間違いない。
「せっかくあなた方二人はクズ同士で家族になれたのです。つまり、高貴な血を持つ私達とは完全に関わりが無くなったと言えます。そのお祝いに、あなた方家族二人には特別に、本当に特別に恩赦を与えましょう。最近は魔獣が増えているあの森で二人仲良く生活すると良いでしょう。まぁ、生活できるかどうかはあなた方次第。フフフ、ひょっとしたたら、どちらかが目の前で魔獣に食べられている所を見られるかもしれませんよ。ハハハハハ」
私は今後どうなろうが、今すぐこのクズ、ツツドールを全力で殴りたかった。
だが、蹴られた痛みで立ち上がる事すらできずにいたのだ。
悔しいが、これが魔力レベル0の現実だ。
その間に、護衛の騎士と共にここから立ち去るツツドール。
護衛の騎士達も、俺達をあざ笑うかのような表情をしていた。
「大丈夫ですか、イズンさん。しっかりしてください」
ツツドールから死刑宣告とも言える事を言われたのに、ノエルは私の心配をしてくれている。
なんとしてもノエル、君だけは、私の唯一の家族の君だけは全力で守らなくてはならない。
例えこの身がどうなろうとも。
焦りからか、言葉遣いも普段通りとはいかなかった。
「ノエル、良く聞いてくれ。既に店は閉まっているだろうから、明日早朝魔道具の店に行ってくる。そこで隠密系統の魔道具を購入するから、それで魔獣をやり過ごすんだ」
「そんな事より、怪我はないですか?」
そんな事……いや、私の体を気遣ってくれるのは嬉しいが、それどころではない。
でも、この作戦には一つだけ致命的な欠陥がある。
私が知り得る限りの情報を考慮すると、既に私の所持金では購入できる魔道具は一つ。
それもあまり質の良い物は購入できないはずなので、一つの魔道具で二人に隠密は付与できないだろう。
そう、この魔道具はノエルを助ける為だけに購入するのだ。
今この時点でそれを伝えてしまうと、ノエルは絶対に魔道具を受け取らない。
何とか魔道具を使った状態で、ノエルに先行して逃げて貰う必要がある。
私が魔道具を持っていないと気が付かない状態で、逃げて貰う必要があるのだ。
奴隷の首輪の件も気になるが、魔獣に食われるよりははるかに生存率が高いだろう。
イズン一世一代の大仕事。心から信頼できる唯一の家族のために、愛する家族のために、この命を懸けて成し遂げてみせる。
ノエルが幸せになる姿を見られないのだけは心残りだが、この短い間にノエルは私に家族の愛を惜しみなく注いでくれた。
そのおかげで、乾ききった私の心も十分に潤った。
そう考えると、この城内で迫害まがいの事をされたのも悪い事ではなかったのかもしれない。
心も随分と落ち着いて来た。
……おかげで、飾らない自分の言葉が出せそうです。
「ノエル、ありがとう。私は大丈夫です。全て私に任せて下さい。絶対にあなたを助けて見せます」
「ありがとうございます、イズンさん。でも無理しないでくださいね。私はどこでも、たとえ魔獣の巣窟だろうと、イズンさんと共に行動しますから」
少しドキッとしてしまいました。
時折ノエルは鋭い所がありますからね。
それでは、最後の晩餐を楽しみましょうか?
こうして私は、唯一の家族であるノエルと共に夕食を食べ始めました。
そして翌朝。
申し訳ありません。思い出してきたらまた心が乱れたので、少々言葉遣いが変わってしまいそうです。
「待たせましたか?フフフフ、この時間であれば、城下町の人々の目につく事もないと思い、迎えに来てあげましたよ。公爵自らのお出迎え、そしてお見送り。ププ、あの世へも見送りになるでしょうが、光栄に思ってくださいね」
しまった。まだ魔道具の店も開いていないような時間にツツドールが来てしまうとは!油断した。そうだ、この男、人の嫌がる事を的確について来る男だったはずだ。
どれ程油断すれば気が済むんだ、この私は!
この油断は致命的だ。クソ、ノエルを守る手立てが無くなってしまった。
森の魔獣が魔力レベル1だとしても、魔力レベル0の私やノエルでは歯が立たないだろう。
でも諦めるわけにはいかない。
この身を餌にしている内に、魔獣からノエルが逃げられれば良いのだ。
私の覚悟を見せてやる。
「それでは行きましょうか。あっ、武器の類は持って行かせませんよ。念のため。魔力レベル0の出来損ないでも、窮鼠猫を噛むかもしれませんからね。ですが、その少ないお金だけは持っていく事を許可しましょう」
ツツドールは、私がお金を持っている事も知っていて今まで見逃していたのだ。
「そんな薄汚い者が触れた硬貨など、触れたくありませんからね。ですが、魔獣にお金を払ってお願いすれば一思いに攻撃してくれるかもしれませんよ。ハハハハ」
怒りで頭がどうにかなりそうだが、冷静になれ。
この後は即森に連行されるのだろうが、その道中でも何かノエルを助ける物があるのかもしれない。
怒りで周りが見えていないと、少ないチャンスも見つける事ができない。
「せっかくの恩赦ですから、最後に一つ教えてあげましょう。お前達を連行する騎士達は、平均魔力レベル9。そして、森の中にいる魔獣は魔力レベル7程度。楽しみですね?フハハハハハ」
何だと?魔力レベル7?これは……私の体を餌にしても、ノエルを助ける事はできないかもしれない。
無意識にノエルの手を握ってしまい、悔しくて涙が出てくる。
「おや?涙が出るほど嬉しいのですか?それは何よりです。私も頑張った甲斐があります。連れて行け!」
こうして、私とノエルは騎士に連行されて幌馬車の中に乱雑に放り投げられた。
ダメだ。馬車の中には何もないし、外は騎士ががっちりと固めている。
逃走もできないし、何かを拾う事すらできない。
私はどれだけ無力なんだ。いや、まだだ。絶対にノエルを助ける事だけは諦めない。
私の命は既に捨てている。何としてもノエルだけは……
そのノエルは、私の横に座りそっと手を繋いでくれた。




