私はイズン(2)
なんだか久しぶりによく眠れた気がするな。
彼女のおかげなのは間違いがない。
昨日、食事の残骸を片付けるのを手伝おうとしたら、かなり焦りながら自分がやるから休むように伝えてきた。
だが、私は彼女と同じ立場でありたかったので、この件に関しては決して引かなかったのだ。
「フフフ、イズン様は不思議なお方ですね」
と言われてしまったが、それすら心地よかった。
その彼女は、今私の前で、既にいつものあまりよくない服に着替えて控えている。
よし、今日は予定通りお互いの親睦を深めよう。
彼女の顔色も、昨日と比べると明らかに良くなっているからな。
「立っていたら疲れるだろう?人の目が気になって休めないと言うのであれば、どうせこの部屋には使用人は三食を無駄に散らかしにしか来ないから、その時だけ立っていれば良い」
「いいえ、私はイズン様の召使であり奴隷です。ご主人様に対して不敬に当るような態度をとる事はできません」
うん?いつの間にか私の奴隷になっているのだ?
「言いたい事は色々あるが、先ずは君の名前を教えてくれないか?」
「はい、私の名前はノエルと申します。宜しくお願いいたします、イズン様」
ノエルか。とても良い名前だな。
そんな話をしながら、私は再び食料を出して二人で食べ始める事にした。
食事をしながらの方が、話しが進むと思ったのだ。
「えっと、そういえばさっき私の奴隷と言ったが、いつ契約したのかわかるかい?私にはそのような事をした記憶はないんだけれど」
「ここに配属になる時に、そのように言われました。詳しくは、申し訳ありません。良くわかりません」
それはそうだな。あの両親や使用人が懇切丁寧な扱いをしてくれるわけがないし、その能力もないだろうからな。
「そっか。わかったよノエル。それで、ノエルはなんでその……奴隷になったんだ?」
「たしか、幼い頃に両親に売られたような気がします。小さい頃の出来事なので、よく覚えていないのです」
くそっ、なんだ、その両親。いや、私の両親も大概だから人の事は言えないか?
「じゃあ、立場としては私と同じ。信頼できる家族はいないという事だな。どうだ?今から私と家族にならないか?いや、是非なってほしい。ノエルとは昨日初めて話しただけだが、それだけでも信頼できると思ったんだ。それに、正直に言おう。ノエルのおかげで、私はこのくだらない人生に光が見えたんだ!」
偽りが一切ない私の思いをぶつけてみる。
今の私の扱いがどうであれ、一応は貴族なのだが、私自身は身分などは関係がないと思っている。
あの両親を見れば、どれ程身分と言う物が害になっているかが良くわかるからだ。
身分を守る為、自分の地位を守る為、家族すら平気で切り捨てる冷徹な心しか持てない人にはなりたくない。
当然ノエルは困惑しているが、そんな事は関係ない。私も必死だ。
「頼む。私にはノエルしかいないんだ。仲間として、家族として、行動してくれないか?」
「……本当に私などでよろしいのでしょうか?」
もう一押しだ。
「ノエルでなくては駄目なんだ。この通りだ」
私は、恥も外見もなく床に手をついて深く頭を下げる。
「イズン様、そんな……止めて下さい。わかりました。わかりましたから!」
少々卑怯だったかもしれないが、なりふり構ってはいられない。
「ありがとう。それでノエル?家族って、敬語なんて使わないよね?そこも頼むよ!」
「わかりました。イズン様」
私は喜びのあまりノエルを抱きしめてしまったが、彼女は嫌がるそぶりは見せなかった。正気に戻って焦ったが、ノエルが怒っている様子はなかったので助かった。
この時、ノエルには私が無理に強がった話し方をしているのを察知され、普段通りの話し方にしてくれるように頼まれた。
その後は、本当に他愛もない会話を楽しんだ。
お互いの状況は嫌という程理解できたので、今後の明るい未来についての話で大いに盛り上がる事ができたのだ。
私は、そう遠くないうちにこの城から追い出されるだろう。
その為に、既に町で生活する術を習得し始めている。
当然その時にはノエルにもついてきてもらい、どこかの商店で雇ってもらおうかと考えている。
当然計算もできるし、文字の読み書きもできるからだ。
特にお金に関する計算は、誰よりも早いと自負している。
そんな日々、たまに私が食料調達に行く日々を過ごしていた。
すっかりノエルと打ち解けた頃には彼女の傷や痣は無くなり、やせ細った体も完全に健康体に戻っていたのだ。
私にはノエルがいるので満たされていたのだが、ある日食料長達をしている時に、身分を明かさずに通い続けた店の店主から、とある話を聞いた。
それは、私の弟が爵位を継いで父が引退すると言う事で、その日は数日後に迫っていると言うのだ。
もちろん今の私にそのような情報を家族が与えてくれるわけはないだろうが、すっかり油断していた。
こうなると、今の生活を続ける事はできない。
あの弟は野心家、暴力的、止めは非情だ。纏めると、残虐的と言っても良いだろう。
ここから導き出される結末は、あの部屋に一生幽閉されるか、難癖をつけられて処刑されるか。
いや、あいつの性格を考えると難癖をつける間もなく処刑してくる可能性が高いのだが、爵位を継ぐ以上は何も理由なしに非道な行いはできないはずだ。
モヤモヤした気持ちのまま部屋に戻って、全てをノエルに話す。
「そうですか。イズンさん、予定を早めてこのお城を出ましょうか?」
あっさりとしたものだった。だが不安もある。ノエルについているこの奴隷の首輪。
ノエル自身は私を主人と言っていたが、もしそうであれば私の力で首輪は外せるはずだ。
いや、私は魔力レベルがゼロなので、首輪に魔力を流す事ができずに外せないだけなのかもしれない。
すがる思いでノエルに魔力レベルを聞くが、彼女もゼロ。
つまり、忌々しい奴隷の首輪に設定されている主が誰だか、確認する術がないのだ。
このまま私と共にこの城を脱出した場合、おそらくノエルは長くは生きられない。
そんな事は、私が耐えられない。
今更ノエルなしでは生きていけないし、生きる意味もない。
「ノエル、君の首輪。万が一主から距離を取ってしまうとノエルの命の危険がある可能性が高いのですよ。だから、君はここに残ってほしい」
「いいえ、イズンさん。私はどこまでもあなたについて行きます。例えこの命が散ろうとも、家族と共に行動するのは当たり前ではないですか?」
そうだ。もし私が逆の立場でも同じ事を言うだろう。
本当にこんな自分に家族ができた喜びで、涙が出そうになる。
……パチパチパチ……
音のする方に目を向ける。
しまった!!本当に油断した。一生の不覚。
そこには、下品な笑みを浮かべた私の弟が立っていたのだ。
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