バイチ帝国(9)北門のNo.10(ツェーン)
鍛冶士として共に行動する事が多いナップルとNo.10は、念話を使わずとも阿吽の呼吸で動ける程にまで至っていた。
それは、鍛冶にしろ、戦闘にしろ……だ。
何しろ、ナップルとしてはNo.10の行動を先読みできない場合は身の危険がある可能性が高かったので、必死でNo.10の動きを読めるように、付き従ってくれている魔獣と共に修行していたのだ。
間近でNo.10の悪意無き極悪破壊行動を見たナップルの魔獣も、ナップル本人と全く同じ感想を抱いたらしく、思った以上に修行に身が入り、そう時間がかからずに先読みする事が可能になった。
ナップルと魔獣は、普通の人はあまりやらない事をやらかすと考えて行動すると、ほぼ正解であると言う結論に達したのだ。
そんな影の努力があった事など知る訳もないNo.10は、仲が良いので心が完全に通じ合ったと手放しで喜んでいた経緯がある。
実際に仲が良いのは確かなのだが、そうじゃないだろ!とアンノウンの他のメンバーが思っていたのはここだけの話。
そんなわけで、No.10の補助として北門の前に転移したアンノウンゼロはナップルだけ。
他のアンノウンゼロが来ても、ナップル程の連携をとる事が出来ず、結果的には戦力ダウンになる可能性が高いと判断したイズンの采配だ。
だが、その分、防壁内部からの補助要員は少しだけ多く配置されている。
既に東門と西門の戦闘は終了しており、南門でも戦闘が開始されている時にこの二人も北門の前に転移する。
その際に、ナップルは今までとは違い、No.10の行動が読み辛くなっている雰囲気を感じた。
ナップルとNo.10の前には、連合軍、明らかに人化している悪魔四体、魔力レベルが異常に高い人族であるバリッジ暗部が四人存在している。
その姿を目の前にしたNo.10から、再び怪しい雰囲気を察知したナップル。
今まで感じた事のない様な気配に、バリッジ、悪魔、連合軍ではなく、No.10に最大限の注意を払わざるを得なくなっている。
「ナップルさん。ここまで来ておいて今更ですが、この場の対応、全て私にお任せいただけないでしょうか?」
話し方もいつもの感じと違って間延びする事はなく、やけに丁寧になっているNo.10。
そこから、抑えきれない怒りの感情が見て取れたナップル。
実はこのNo.10、アンノウンに入る前は動きも遅く話し方も変わらず間延びしているので、奴隷の中でも相当劣悪な環境にいた。
そこから救い出してくれたアンノウン、そしてその首領であるジトロを傷付けたトロンプ以下有象無象に対する怒りが抑えられないのだ。
No.10や他のアンノウンにとってジトロは神であり、懐のとても大きい優しいお父さん。
アンノウンに入ってから異常な強さを手に入れる事が出来たが、元来の性格であるのんびりした雰囲気、そして人とは少しズレていると良く言われていた行動は変わる事が無かった。
力が付いた分スケールが大きくなって被害が甚大になっているのが現実で、何となくNo.10も自分の行動が人とは違う事はわかっていた。
だが如何に甚大な被害が出ようとも、時と場合によっては怒られる事はあるが邪険にされる事は無く、変わらず家族として暖かい雰囲気の中で生活できている。
そんなアンノウンの首領であるジトロの信頼を裏切り、深く傷付けたトロンプ以下の全ての存在を許せないNo.10。
目の前の連合軍もその中に含まれる。
つまり、目の前に展開している軍、悪魔、バリッジ、全て等しくNo.10の敵なのだ。
ナップルはNo.10の始めて見せる雰囲気に、どのように対処して良いかはわからずに一瞬沈黙する。
防壁内部のアンノウンゼロから今の状況の報告を受けたイズンが、直接ナップルとNo.10に念話を飛ばす。
『ナップル、No.10の希望通り一旦下がってください。No.10、あなたの気持ちを汲みますが、不利になった場合はアンノウンとして指をくわえてみているわけにはいきません。これはジトロ様の命令でもあるのです。そこだけは理解してください』
『了解です。一旦下がります』
『ナップルさん、皆さん、ありがとうございます』
ナップルは転移術を使用して防壁上部に転移し、眼下に佇んでいるNo.10を確認する。
既に体表を覆う魔力によって髪は揺れ、足も地面についていない。
足元から溢れる魔力によって、その体が浮いているからだ。
徐々に魔力が増大しており、その力の増加に伴い、まるで空中浮揚の様な状態にまで上昇しているNo.10。
恐らく魔術で拡声しているのであろうNo.10の声が響き渡る。
「敬愛するアンノウン首領に牙を剥く者達よ、あなた達の大罪、その薄汚い命をささげる事によって贖罪とします。慈悲はありません。皆等しく重罪なのですから。覚悟して頂きます」
すると、連合軍の周囲を囲う様に新たな魔法防壁が現れた。
後方に位置していた連合軍の騎士は突然現れた魔法防壁に驚愕して破壊しようと試みるも、傷一つ付ける事は出来ない。
既にNo.10によって遠隔に配置された魔道具によるものだ。
No.10の得意な術は、支援術・錬金術・鍛冶だ。
その力を存分に使って、目の前の敵の逃走を防いだのだ。
連合軍側には、魔力レベル99のバリッジと悪魔が存在している。
その全てを囲う様に新たな魔法防壁を作成したNo.10。
一見無謀な行動に見えるが、実はこの行為には二つの意味がある。
一つ目は敵の逃走を防ぐため。
二つ目は、攻撃の余波による影響を限定的にするためだ。
悪魔と暗部にしてみれば、このような魔法防壁があろうがなかろうが関係はない。
自らの力を使って、目の前の敵を倒す事だけに意識を向ける。
「先ずは、虫のように無駄に存在している大罪人を排除しましょう」
両手に“炸裂玉(改)”を出現させるNo.10。
連合軍の人族にはわからないが、魔力レベル99の悪魔とバリッジ暗部は、No.10が両手に出現した魔道具の危険さを理解した。してしまった。
一気にNo.10から距離を取るが、魔法防壁によって一定以上の距離しか離れる事ができない。
ここでようやくNo.10が魔法防壁を作成した意図を察する。
今から攻撃に転じても間に合わないと判断した悪魔とバリッジ暗部は、全力で防御態勢を取る。
そこに容赦なく二つの魔道具が起動される。
薄い色がついている状態の魔法防壁。
その内部を視認する事は可能だが、ドーム状になっている魔法防壁内部は瞬間に大きな光を発生したかと思うと、土煙によって何も見えなくなる。
だが、いくら魔法防壁があるとは言え、振動までは抑える事は出来ずに、バイチ帝国内部にも大きな揺れが発生している。
バイチ帝国の防壁内部から、緊急事態によって自宅待機している住民の悲鳴が聞こえてくるほどだ。




