救出後のアンノウンとバイチ帝国
正に相思相愛となっているキロスとコン。
互いに血まみれで、手足はおかしな方向になっている状態で折り重なっている姿を見たジトロは、怒りに我を忘れそうになったのだが、先ずは身も心も多大な負担を掛けられているキロスとコンの救出を優先する事にした。
ジトロが回復術を行いつつ転移で帰還するのだが、たとえナンバーズと言えども回復できるかどうかわからないほど痛めつけられているキロスとコン。
しかし、魔力レベル∞のジトロにとっては、多少強めの回復を行う事で強引に命をこの世界に引き戻す事が可能だった。
だがその身を完全に回復させる事はできても、心の方はそうはいかない事を理解しているジトロ。
まずは心を癒す事に専念させるために、その日に行動を起こす事は無く、キロスとコンが仲間と楽しそうにしているのを眺めているだけだった。
心中は怒りによって穏やかではなかったが。
「ジトロ様、お疲れ様でした。それで、今後はどういたしますか?」
常に傍にいるNo.1も、キロスとコンの様子を見つつジトロに話す。
当然この場にはイズンもいる。
「ジトロ様、大変申し上げにくいのですが、ハンネル王国のピートは黒なのは当然として、宰相のトロンプ……殿、も、黒と我々は判断しております」
イズンとしては、ジトロが尊敬している元上司のトロンプの件を伝えるのは非常にやり辛かったが、アンノウンの頭脳として決して曲げるわけにはいかなかった。
仮にジトロがキロスとコンの救出に遅れていた場合、二度と今のように触れ合う事が出来なくなっていたからだ。
そのような危険因子について、私情や忖度で判断を捻じ曲げるわけにはいかなかったのだ。
「ああ、わかっているよ、イズン。言い辛い所悪いな」
あれ程の暴論を振りかざし、ジトロの鑑定でも異常が出なかった宰相。
流石のジトロでも、少なくともバリッジに関連する立場にあるのだろうと判断せざるを得なかったのだ。
実は、この場で帰還を待っていたナンバーズやアンノウンゼロ、そしてほとんど力を持っていない拠点の住民達は、かなりの怒りを我慢していた。
ジトロと宰相の交渉のやり取り、その後の救出に関する出来事については、ジトロが情報共有していたために全てを知っているのだ。
今まで、拠点の外で活動している時には魔力レベル99の力があるので、かなり安全であるという認識でいたアンノウンゼロ。
そのメンバーが、死の危険がある程に痛めつけられていたのだから、仲間を思うアンノウンとしては怒り心頭なのは仕方がない。
だが、今はキロスとコンの無事を祝いたく、怒りを押しとどめているのだ。
翌日の朝食時、アンノウンゼロとしては、バイチ帝国以外の任務については全て放棄する事を決定した。
そして、大陸中に流れたピートの邸宅での出来事の際に、唯一アンノウン側に立ってくれたバイチ帝国に対しては、全力で支援する旨を伝えたのだ。
当然、ジトロとしてではなく、アンノウンとしてだ。
既に魔力レベル0でさえアンノウンの一員である可能性があるという情報が出回っている為、国家重鎮にのみ、アンノウンゼロの配備について情報を教えている。
本当の緊急事態には、アンノウンゼロに直接伝える事で、即アンノウンの拠点に情報が流れると教えたのだ。
そう、これは大陸中の国家を相手にした、はたから見れば無謀な喧嘩だ。
こうなる事をわかってまで、自らの信念を曲げずにアンノウンの味方をしたバイチ帝国。
そのために、ある程度はリスクを負ってでもバイチ帝国側にアンノウンの情報を開示する必要があると判断したのだ。
情報を秘匿しすぎるが故に、致命傷を負わされては本末転倒だからだ。
バイチ帝国の重鎮、皇帝ヨハネス・バイチ、宰相アゾナ、騎士隊長ナバロン、ギルドマスターグラムロイスの四名がその秘密を共有しており、命の危険があろうともその情報は秘匿すると誓ってくれていた。
渡した情報は、アンノウンゼロとして活動している者の情報だ。
冒険者ギルドには、ランス。商店にはレイニー、イニアス。宿泊所にはアマノン、オウカ、レントン。そして鍛冶屋としてナップルとディスポだ。
かなりの人数がいる事に驚いていた重鎮達だが、アンノウンに対する信頼が厚いので、逆に安心要素だと言ってくれたのが救いだ。
ジトロとしては、今までこの情報は隠していたので、No.0と言う立場であったとしても話し辛かったのだ。
ハンネル王国の王都やスミルカの町では、既に魔力レベル0の調査が行われているのだが、その時点で複数名の行方が分からなくなっている事を把握していた。
つまり、アンノウンゼロがこの国から退避したと判断したのだ。
その後の動きは予想通り、再びハンネル王国がバイチ帝国に対して厳しくイルスタの身柄引き渡しを要求してきた。
当然バイチ帝国は突っぱねる。
イルスタ本人は、自分の命一つでこの大陸中の戦争が収まるのであれば本望とグラムロイスに進言したのだが、こっぴどく怒られた。
「あなたの命は軽くはないのですよ!ですが、気持ちはよく分かります。しかしこの戦争はもはや何をどうしても避けられません。悪魔やバリッジが関与している国家に我らは屈するわけにはいかないのです。貴方がそのような行動を取る必要はありません。ギルドマスターとして活動していたスミルカの町の住民も、あなたが背負う事ではありません」
「冒険者や町の住人達は、ハンネルの連中の言葉に対して納得のいかない者はバイチに来ているみたいだが、あっちの言い分を信じている奴らは勝手に残っているみたいだ。だからそこはあまり気にしていないが、俺には家族がいるんだ。このままでは、何も知らない家族が犠牲になる可能性が高いだろう?」
今のハンネル王国であればどのような事でもしてくると理解しているイルスタは、力なくグラムロイスに本音を晒す。
貴族ともなると、そう簡単に出国できないからだ。
「だから、俺が犠牲になるしかないんだよ!」
だが、グラムロイスはイルスタの決死の覚悟を認めつつも、その必要がない事を告げる。
「その覚悟は見事ですが再度申し上げます。貴方がそのような事をする必要はありません。それに、あなたが向こうに行っても、奴らは戦争を始めますよ。しかし、あなたの気持ちを軽くする必要がある事は理解していますので、あなたの家族を既に救出済みです」
「は?」
呆けるイルスタをよそに、グラムロイスは椅子から立ち上がり、隣の部屋に続くドアを開ける。
そこには、当たり前のようにイルスタの家族が座ってお茶をすすっていた。
「あら、イル君じゃないの。あなた、何情けない顔をしているの?」
「まったく母さんの言う通りだ。萎れたミミズみたいな顔だぞ、お前」
「父さん、何その例え、良く分からないんだけど。ミミズって顔あるの?」
「良いじゃないですか。あまり気にしないであげてくださいよ」
両親と兄弟がそこにいたのだ。
「何故!どうやって??」
「フフフ、我らバイチ帝国はアンノウンと懇意にしていますからね。この程度は造作もないと引き受けてくれましたよ」
依頼ルートは明かせませんけどね、と付け加えているグラムロイスだが、その言葉は既にイルスタの耳には入っていなかった。
彼が命を捨てて守ろうとした家族がそこに無事でいたからだ。
彼の目からは涙が出る。
「フフ、イル君は心配性なのね。でももう大丈夫よ。不思議な覆面の方々が私達を救ってくださったの。多分あのままハンネル王国にいれば、冤罪で裁かれていたに違いないわ」
イルスタの母の言葉に続き、グラムロイスが念を押す。
「これで理解できましたか?あなたは何も気にする必要はない。そして正義は我らバイチ帝国とアンノウンにあります。協力して頂く事もあるかもしれませんので、来る決戦に向けて英気を養ってくださいね」
当然、今回の騒動のきっかけとなったキロスとコンを含む、アンノウンゼロが任務として勤めていた店主達も、もれなくハンネル王国を出国しており、一部は既にバイチ帝国に到着していた。




