ジトロの驚き
ハンネル王国の方針を聞いた俺は驚きを隠せなかった。
国王陛下と宰相閣下が、自らの指示で国外追放としたイルスタ元ギルドマスターに罪があると指摘した上、身柄を引き渡すように伝えてきたからだ。
今までのトロンプ様であれば、このようなバカな行動をするわけがなかった。
そもそも、今までの悪魔襲来などの事件に関しても、イルスタ元ギルドマスターだけに責を負わせる事自体が間違っているのだ。
この件に関しては国家のメンツがあるらしいので、グラムロイス殿のアドバイスもあり無理やり納得したが、身柄引き渡しは行き過ぎだ。
まさかとは思うが、悪魔に弱みでも握られているのではないだろうか?
真意を確認する必要がある。
早速ジトロ副ギルドマスター補佐心得として行動を起こそうとしたのだが、念話で緊急事態の一報が入る。
これは、アンノウンゼロと共に行動をしている魔獣から発せられたものなので、断片的な情報だけだが、魔獣の主に緊急事態が発生したのだ。
その主は……キロスか。
またハンネル王国。しかもスミルカの町か。
やはりあの国家は何かが起こっている。
こう立て続けに悪魔の襲来、バリッジの騒動、そして国家中枢のおかしな挙動が起こる訳がない。
トロンプ様とキロスの件。俺が同時に動くのは無理だが、何れも緊急を要する。
キロスに関しては、アンノウンに任せるほかないだろうと思い、No.1にその旨を連絡しておく。
当然、手に負えない事態になった場合は即連絡を寄越すようには伝えたが。
キロスの事も心配であるが、急用ができたとグラムロイス殿に伝えてギルドを後にする。
普段の勤務態度、バイチ帝国への貢献から信頼を得ているので、難なく早退を許された。
逆に、俺の出身であるハンネル王国についての状況を心配されてしまう程だ。
すかさず人気のない場所に移動してハンネル王国の王都に転移し、急ぎ宰相であるトロンプ様との面会を申しでる。
いつもであれば即入城できるのだが、かなり待たされてから入城が許可され、ようやくトロンプ様と対話する事が出来た。
「トロンプ様、お久しぶりです。最近は悪魔の襲撃やバリッジの件が立て続けに起きてしまい、大変だとは思います」
「そうなのですよ、ジトロ副ギルドマスター補佐心得。それに、アンノウンと言う組織が悪魔と繋がっているという事が判明したので、そちらへの対処もしなくてはなりません。状況証拠から、イルスタ元ギルドマスターが悪魔を操作していたと確定していますので、バイチ帝国には身柄の引き渡しを求めている所です。当然バイチ帝国にいるあなたもその情報は知っているのでしょう?」
トロンプ様にさりげなく鑑定を掛けたが、状態異常などはない。
つまり、ありのままのトロンプ様という事だ。
「トロンプ様、状況証拠と仰いましたが、イルスタ様が悪魔を操作していたのですか?私が得た情報では、スミルカの町の住民を守ろうと、命がけで悪魔と対峙したと聞いておりますが?それに、アンノウンはドストラ・アーデの件でバイチ帝国の重鎮を殺害しようとした凶行を止めた一団では?」
俺の問いかけに、眉一つ動かさずに答えるトロンプ様。
「やはりあなたも騙されているのですね。貴方ほどの優秀な人材でさえ欺くとは、アンノウンも侮れません。良いですかジトロ副ギルドマスター補佐心得、良く聞いてください」
この状態でも、魔力の揺らぎや鑑定での異常は検知されない。心の底から、本心から伝えている事だけは間違いない。
「アンノウンと悪魔、そしてその手先としてイルスタが動いたのですよ。イルスタは今後の事を考えて、疑われないようにわざと命を懸けて悪魔と対峙したふりをしたのです。正に自作自演。貴方は優しい心を持っていますから、まんまと彼の術中に嵌ってしまったのですよ。アンノウンについては、あのイルスタを匿っているバイチ帝国と繋がっている可能性が高いので、この時点で黒と判断できます」
確かに、俺達アンノウンはバイチ帝国に肩入れしているのは事実だ。
だが、イルスタ様を勝手に悪と断じ、そのイルスタ様がいる場所がバイチ帝国だというだけでアンノウンまで悪と断じるのは無理がある。
そもそも俺達アンノウンは、国家に迷惑をかけるような行動は一切取っていないし、犯罪行為をしているわけでもない。
この後も、何とかイルスタ様やバイチ帝国に対する要求を再考するように伝えたのだが、一切話を受け入れてはくれなかった。
「ジトロ副ギルドマスター補佐心得、あなたがバイチ帝国の方々と仲良くしているのは知っています。当然今の勤務先がバイチ帝国なのですから、そうなるのも当然でしょう。ですが、そのおかげであなたは大局を見る目を失っています。一方的に肩入れするのではなく、本当の事実を見極められるようにした方が良いですよ。私も時間があまりある訳ではありませんので、今日はここまでにしましょう」
そう言って、この場を後にしてしまったのだ。
落ち込みつつ転移ができる場所まで移動しようとした所、スミルカの町にナンバーズが到着して、キロスがいると推定される邸宅を包囲完了したと連絡が来た。
しかし、その邸宅の主であるピートは、バイチ帝国を除く大陸中の国家を味方に付けて、まるでアンノウンが完全な悪であると認識させたのだ。
一旦イズンの指示により帰還するナンバーズ。
こうなったら、イズンの依頼の通り俺が直接動く必要がある。
あの邸宅、ナンバーズですら転移で侵入できなかったというのだから、魔力レベル99が数体で作成した結界でもあるのだろう。
ナンバーズの名誉の為に付け加えるが、恐らく彼女達は全力で転移魔術を行使していない。
全力で範囲限定の術を行えるようになっているが、転移術はその対象から外していたので、何の鍛錬もしていないのだ。
そのために、全力で転移術を発動した時に何が起こるか分からないので、諦めたと言う経緯がある。
だが、魔力レベルが∞である俺には関係がない。
しかし良く考えてみると、ピートとか言うクソオヤジが魔道具による通信を行っている各国重鎮の中に、トロンプ様がいた様だと報告があった。
あのお方は、至急の様があると席を外した。
お忙しい方なので、そうなのかと引き下がりはしたのだが、タイミングが良すぎる。
ナンバーズがあの邸宅を包囲した事を知っていたかのようなタイミングで席を外した。
……いや、考えすぎか……
気持ちを切り替えて、キロスがいる邸宅の中に直接転移する。
確かにいつもの転移よりも多少力が必要だったので、結界があるのは間違いなさそうだ。
周囲の気配を探ると、キロスとコンと名付けられた魔獣の存在を確認する事が出来た。
その他には、あのピートとか言うクズと執事、バリッジらしき男、更には悪魔までいる始末だ。
ここで暴れて破壊しつくしても良いが、あんな通信をされた後なので、ここが破壊されたとなれば、アンノウンやバイチ帝国の立ち位置が悪くなるのは目に見えている。
特に、あのラグロ王国のクズ国王野郎エイリアス。もう少し国家を徹底的に叩いておくのだった。
キロスの周辺にはコン以外に誰もいないので、そこに転移する。
既に分かってはいたが、キロスもコンもボロボロで辛うじて生きている状態だ。
恐らくアンノウンの情報を吐かせようと傷を負わせたのだろう。
本当にチリも残さず消し去ってやろうかと言う怒りがわいたが、今は救出が先だ。
コンの首についている無駄な魔道具を破壊して、即キロスとコンを回復しつつ拠点に転移する。
既に念話で救出完了の一報は入れているので、拠点に帰還すると割れんばかりの歓声に迎えられた。
キロスやコンは、魔法や武器を使った攻撃は受けたが、女性に対するあんな事は一切されていなかったようで、ここだけは安心した。
だが、この事件をきっかけに、俺の、アンノウンの方針は決定した。
誰に何を言われようと、バイチ帝国以外の大陸中の国家が敵になろうと、バリッジと悪魔に連なる者、国家であろうとも容赦なく叩き潰してやる。




