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キロスと魔獣の出会いと今

 アンノウンゼロとして拠点で生活する事になっていたキロスが、過去に選んだ魔獣は、狼のように見える魔獣。

 周囲のアンノウンゼロ達も同じように魔獣を選んでいたのだが、その魔獣達は犬か狼のように見える魔力レベル60前後の魔獣だった。


 全て同じダンジョンの階層から連れてきたとナンバーズが言っているので、魔獣の特性なのか、外見の違いを見つける事は非常に難しかったのだ。


 だが、キロスは一体の狼の魔獣に心を惹かれた。

 見かけは他の狼の魔獣と同じ。しかし、なぜかこの個体だけは見分ける事が出来るのだ。


 この場に並んでいる大きな体躯の魔獣達のなかで、その一体に引き寄せられるように近づいていく。


 他のアンノウンゼロ達も嬉しそうに魔獣に向かって行っているが、偶然なのか、誰一人として魔獣の選択が被るような事は無かったのだ。


 キロスも他のアンノウンゼロ達と同じように、魔獣に近づく。

 本来は、このような巨大な魔獣に自ら近づいていくなどとは考えられないのだが、なぜかこの時は自然と足が動いた。


「えっと、私と一緒に生活をしてくれますか?」


 おずおずと狼の魔獣に声を掛けるキロス。

 魔獣は、大きな顔をキロスに近づけてその顔を舐めた。


「アハハ、くすぐったいですよ」


 キロスもそのまま受け入れ、魔獣の体を優しくなでてスキンシップをはかっている。

 他のアンノウンゼロ達も同じような状況になっていた。


「アンノウンゼロとして活動するには、この魔獣の力を使えるようになる必要がある。テイム状態にはあるが、共に生活する事によって心を通わせて、信頼関係を築いてくれ」


 ジトロの最後の言葉で、アンノウンゼロの魔獣とのペアリングは終了した。


「えっと、お名前を付けても良いですか?」


 キロスに合わせて、少々体躯を小さくしてくれている魔獣に優しく話しかけるキロス。

 不思議と、ジトロの指示を受ける前から何となく魔獣の意志が分かるような気がしていた。


 気のせいかもしれないが、今の問いかけに対しても嬉しいという気持ちが伝わってきている気がするのだ。


「それでは、コン。コンちゃんでどうでしょうか?」


 その言葉を聞いた魔獣は、尻尾を振り回しつつキロスの周りを走り回り、嬉しさを全身で表していた。


「ウフフフ、コンちゃん、そこまで喜んでいただけると嬉しいです。これから、ずっとお友達ですよ」


 アンノウンゼロとして和やかな雰囲気だったのはここまでで、翌日からは厳しい修業の日々が続けられることになった。


 今後、アンノウンの一員として拠点の外で活動を行うためにも、最低限の戦力が必要であると考えている首領ジトロの指示によるものだ。


 当然、キロスを含めたアンノウンゼロ達は、自らの身を案じての指示である事は十二分に理解しているので、期待に応えようと必死で修行を行っている。


 魔力レベル0のまま拠点の外で活動を行った場合、また奴隷に逆戻りになる可能性があるからだ。


 ジトロからの命令で、必ず習得しなければならない能力は、感知、転移、隠密、の三つとなっていた。

 能力から考えても、明らかにアンノウンゼロの安全を第一に考えてくれている事が分かるので、やる気も上がるというものだ。


 厳しい修業を日々行っているが、やがて修行も終わりとなる。

 全員ほとんど同じ時間で全ての術を使いこなせるようになったのだ。


「コンちゃん、ありがとう。疲れたよね?今日は帰ったらマッサージしてあげるね」


 魔力レベルが高い魔獣にしてみれば大して疲れてはいないのだが、魔獣は嬉しそうに頬をキロスに擦り付けている。


 こうして魔獣の力を使えるようになったアンノウンゼロは、各国家の市井の者として過ごす任務に就く事になった。


 キロスは、ハンネル王国のスミルカの町にある商店の使用人だ。

 任務に就いた当初は、ハンネル王国の人たちも穏やかで楽しく過ごす事が出来ていた。


 しかし、時間を追うごとに状況は変化し、バリッジ、そして悪魔まで出てくる始末だ。


 更には、イルスタギルドマスターまでが国外追放となり、混沌とした様相だ。


 こんな状況だからこそ情報収集の任務は重要であると考えているキロスを含めたアンノウンゼロ。


 そんな折に店に毎日顔を出すようになったのは、イルスタギルドマスターの後任である悪い噂しかないピートギルドマスターだ。


 本人はお忍びの視察とアピールしているが、屈強な護衛と共に、無駄に煌びやかな服装でうろついている上、少しでも気に入らない態度の者を強制的に奴隷に落とすなど、傲慢が服を着て歩いているようなもので、全く忍べていないのだ。


 そんな男が、毎日のようにキロスの勤めている商店に顔を出して妾になれと煩いのだ。

 大っぴらに断るのも良いのだが、今まで良くしてくれていた商店の店主に迷惑がかかる可能性が高いので、やんわりと断り続けていた。


 だが、この考えが甘かったのだ。

 ピートは店主を脅し、食事に睡眠薬を混入するように指示を出していた。


 家族を含めた奴隷落ちを示唆されては、店主に抗う術はなかった。


 こうして、キロスはピート男爵邸の地下牢に捕らえられている状況に陥った。

 未だ意識は回復しておらず、その横には悪魔によって魔力制限の魔道具を装着されてしまった魔獣コンが、心配そうにキロスの顔を舐めていた。


 やがてキロスの意識が戻ると、コンは嬉しそうに尻尾を振るが、守り切れなかった申し訳なさからか、表情は沈んでいる。

 この表情の変化はキロスしかわからない変化だが……


「コンちゃん、私……まさかここって?ピートギルドマスターが噛んでいるのかしら?」


 既に魔力が使えなくなっているコンだが、当初から相性が良く、ある程度の意思疎通は魔力を使わずとも行えるのだ。

 その結果、今の状況を理解したキロス。アンノウンにも緊急信号を発した事までは理解できたので、少々安心していたが、逆に迷惑と心配をかけてしまった事を恥じていた。


「目が覚めたか」


 そこに現れたのは、ピート。いやらし目つきは相変わらずで、欲望に忠実な目をしているからか、より一層嫌悪感を持たせる雰囲気を醸し出している。


「お前が私の誘いにさっさと返事をしないからこのような事になるんだぞ。全く、この私が妾にしてやると言っているのだから、喜んでその身を差し出す以外に選択肢はないだろうが!だがそのおかげか、思わぬ大物が連れたようだ。流石は神に認められた高貴な血筋を持つこの私。フフフ」


 キロスは、何とかコンの力を使って術を発動しようと試みるが、見た事のあるような首輪がコンに取り付けられている事、既に念話などは一切使えなくなっている事等から、この首輪が魔力を抑え込んでいる事は薄々理解していたのだ。


「結論を言おう。お前はアンノウン。そこは疑いようがない」


 ピートに、自らがアンノウンの一員である事を指摘されたキロス。

 既に魔獣に対して魔力制御の首輪がなされている事、自らが魔力レベル0であるにも関わらず、魔力レベル99の魔獣を引き連れている事から、言い訳は聞かないだろうと判断していたので、一切口を開かない。


 何がきっかけで情報が洩れるか分からない為、その可能性を排除しにかかったのだ。


「だんまりか。まあいいだろう。それが返事になっているからな。だが、まさか魔力レベル0がアンノウンの一員だったとは恐れ入る。良く考えているな。魔力レベル0であるならば、確かに警戒の対象からは無条件で除外されるからな」


 ジトロの考案したこの作戦が、自らの失態で明らかになってしまった事に悔しさを隠しきれないキロス。


「これからはお前と同じように、魔力レベル0も警戒するとしよう。いや、むしろ魔力レベル0を洗いなおす事からした方が良いな。良くやった。お前の手柄だぞ。ハハハハ」


 この時点でピートと言う男は、アンノウンに敵対する者……そう、バリッジであるという事を理解したキロス。

 正に最悪の事態に陥っていると理解した。


 敵対する組織に対して秘密が漏れ、あまつさえ人質の様な形になっているのだ。

 人質として扱われるのならば良いが、バリッジ側の方針によっては命の危険性も十分にある。


 魔獣の力を使えるようになり、更には魔力レベル99にまでなったコンのおかげで、最近は何の危険も感じる事なく活動する事が出来ていた。

 更には、長い間良くしてくれていた店主への信頼もあり、油断があった事は否めない。


「もうお前も気が付いているだろう。私はバリッジだ。正式な構成員ではなかったが、お前を捕らえた事、そして魔力レベル0の秘密を明らかにした事によって、構成員になる事が決定した。ハハハハ、何と素晴らしい日なのだ。機嫌が良いので、今はこのまま消えてやろう。だが、組織から引渡し命令が来ればその時がお前の最後になるだろうな。もって後数時間か?楽しみにしておけよ」


 言いたい事を告げると、この場を後にするピート。

 執事から門の外にアンノウンが現れたと聞いたから対処に向かったのだ。


 既にキロスへの興味は薄れ、バリッジの構成員になれる事の喜びで溢れていた。

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