ピートギルドマスター
フフフ、このスミルカの町はなんて過ごしやすい。
王城で勤務していた頃は上位爵位持ちの目を気にする必要があったが、この町ではそんな必要もない。
城下町をうろつくだけでも気を遣っていたが、この町では正にこの私、男爵でありギルドマスターであるピート様を頂点として成り立っていると言っても過言ではないだろう。
このスミルカの町、あのイルスタは中々良く制御していたようで、町も奇麗だし賑わいもある。
この私の為にここまで整備してくれた事だけは感謝しておこう。
平民風情がこの私に感謝されているのだから、光栄に思うが良い。
私は日々通りを散策して異常が無いかを観察しているのだが、ギルドの受付嬢のノエルと言う女も上物だったのだが、最近この私が懇意にしてやっている商店に勤務しているキロスと言う女も素晴らしい。
この高貴なる血族である私の妾にしてやっても良い位だ。
そう、高貴な血族。フフフ、このままスミルカの町を統治して行けば、やがて私は正式にバリッジの構成員、ゆくゆくは幹部になれるに違いない。
正に天の采配、天に愛されているのだ。
だが、そんな私に不敬な態度を取るものがいる。
いくらお忍びでの視察とはいえ、ただの商人や冒険者共がひれ伏さないなどとは許される事ではない。
あまりにひどい冒険者は、とりあえず冒険者としての身分を剥奪して国外追放にしてやった。
なんて優しい、寛大な処置なのだろうか。普通であれば一族郎党奴隷落ちの所を、軽い処分で許してやっているのだ。
この結果を見て、ここの住民は正に慈悲深い私に対して尊敬の念を抱いているに違いない。
だが、そうは言ってもまだまだ不敬な輩がいなくなるわけではないので、犯罪奴隷に落としてこの町で働かせ、見せしめとした。
その結果、このスミルカの町では犯罪奴隷と言う使い捨てができる労働力が増加し、私に対する不敬な態度を取る者も一切いなくなった。
そして私は、今日も住民共の為に町をお忍びで探索している。
いつものコースをたどるので、お気に入りの商店に入る。
「おっ、今日もいたか、キロス。どうだ?いい加減に心を決めたか?早く私の所に来て妾になれ。悪いようにはしないぞ。一週間に半日は自由な時間をくれてやろう。その他には、こんなチンケな商店では見られないような商品を見せる事も出来るし、何よりこの私の傍にいる事ができるのだ。迷う理由が分からんのだがな」
そう、このキロスと言う女、魔力レベル0ではあるが、見た目と佇まいは貴族と言っても疑わない位のレベルにある。
そんな女ではあるが、所詮は平民。そんな立場でこの私の妾になれるのであれば考えるまでもないはずなのだが、中々首を縦に振らない。
万が一にでも意中の男がいるのであればその男を即刻奴隷に落としてやろうと思うのだが、尊敬する男はいるが、恋仲はいないと言うではないか。
その話を聞いて暫くは視察のついでに通っているが、未だ良い返事がもらえていないのだ。
「キロスよ、私も忙しい身なのだ。お前の我儘にいつまでも付き合っていられるわけでもないからな。それに、もし私がこの商店の商品を購入するのをやめたらどうなると思う?こんな小さな商店は、あっという間に潰れるだろうな。その辺りも良く考えるんだぞ」
この私がここまで我慢できているのは、既に私にもバリッジの構成員として認められつつあり、非常に機嫌が良いからに他ならない。
バリッジから私が自由にできる戦力、いや、悪魔だから中々扱いが難しいが、私の為に与えられた戦力があるのだ。
特に最近は、以前追放した冒険者のねぐらや、いつの間にか住人がいなくなっていた家を没収して悪魔達の拠点としている。
私の配下に無い悪魔も数多くいるのだ。
このままいけば、このスミルカの町は完全にバリッジの配下になり、その功績を持って私は構成員になれるだろう。
だが、ハンネル王国の王都はまだそのような状態に至っているとは聞いていない。
バリッジと言え、国家をそのまま乗っ取るのは難しいのかもしれないな。
そんな状況ではあるが、私にも我慢の限界と言う物はある。そう、キロスの件だ。
こうなったら、あの商店に少々強めの命令を出す他ないだろうな。
と思いながら相変わらず数日視察を行っているが、ある日商店にはキロスはいなかったのだ。
当然休みもあるのだがら当たり前なのだが、私はこの日を待っていた。
キロスのいない間に、私は店主に命令を行う。その命令に従わない場合、家族共々奴隷落ちと言う至極真っ当な罰を行う事も付け加えたのだ。
「そ、そんな。あの子はとても良く働いてくれているんです。そんな子に……」
と訳の分からない事を言っていたが、罰について説明すると任務を快諾した。
初めからグダグダ言わずに命令に従うべきなのだが、間もなくキロスが手に入るのだ。
少々懐の大きい所を見せておいた方が良いだろうと判断して、この不敬な態度を不問としてやった。
そして翌日、いつもの視察を行う足取りは速くなる。
昼を過ぎた頃に商店に到着すると、店主に中に通される。
何故か店主は泣きそうな顔をしているが、それほど私の命ぜられた任務成功が嬉しいのだろうか?平民の考える事は良くわからん。
その店の中には小さな机と椅子があり、この私が入るには聊か戸惑われる程の貧相な部屋ではあったが、その机に突っ伏して寝ているキロスがいるので、高貴な血を持つ私にはふさわしくないこの部屋に入って、キロスを配下に運ばせようとした。
「お待ちください、ピート様、本当にその……キロスを連れて行くのですか?」
また訳の分からない事を言ってくる店主。
私はキロスに触れる事が出来て機嫌が良いので、この不敬な態度も不問に出来るほど心に余裕がある。
「その通りだ。私の妾にふさわしいのだからな。私としても、お前に食事に睡眠薬を混ぜるような真似はさせたくなかったのだが、私の誘いに対して全く首を縦に振らないのだから仕方がないだろう」
少々きつく睨むと、店主は黙り込んだ。
「よし、じゃあ運べ」
ここにいる配下、バリッジから配置された者で、魔力レベルは相当高いらしい男に指示を出す。
ようやく私の居城にキロスを連れて来る事に成功したので、男には一旦帰って貰った。
ようやく、ようやくだ。魔力レベル0の平民のくせに、この私の誘いを断り続けた事による鬱憤も含めて、たっぷりと可愛がってやろう。
だが、意識がないのは面白くない。
暫くは逃げないように牢獄に入れておく事にしよう。
牢獄に入れたキロスを眺めていると、使用人が慌ててやってくる。
「ピート様、国王陛下と宰相閣下がおよびです」
何やら至急の案件という事で、通信用の魔道具がある執務室に慌てて移動する。
本当はもう少しキロスを眺めていたかったのだが仕方がない。
「お待たせいたしました、ハンネル様、トロンプ様」
どうやら、国家の重鎮が魔道具で全て繋がっているようだ。迂闊な事を言わないように気を付けなければならないな。




