スミルカの町のギルドマスター
……イルスタの回想……
私は、ハンネル王国スミルカの町のギルドマスターであるイルスタだ。
一応これでも貴族の端くれでな、男爵の爵位を持っている。
だが、俺には貴族は柄に会わない。
領地経営も兄に任せておけば問題ないので俺自身は勝手気ままに生活したかったのだが、やはり貴族社会と言うのは無駄なしきたりにこだわるので、ある程度の地位に就く事が求められたのだ。
万が一の時には弟もいるし、俺がいなくなっても問題ないはずだと思うのだが……
本当にくだらないと思うが、俺一人が騒いだところでどうしようもない。
そこに、急遽スミルカの町のギルドマスターの職に空きが出た。
今まではドストラ・アーデと言う貴族がギルドマスターになっていたのだが、あろうことかそいつはバイチ帝国の宰相一行を襲撃しようとしたのだ。
どうやらバリッジとか言う訳の分からん組織の一員であるらしいのだが、驚く事に王城の牢獄内で暗殺された。
俺はこの話を聞いて、バリッジと言う組織の恐ろしさを認識した。
ぬるま湯につかっている貴族共が、どれ程この現実を正確に受け止めているかはわからない。
その一連の事件で、アンノウンと言う組織がバイチ帝国の一行を救ったと言うのだ。
俺にとってはどちらも正体不明のきな臭い集団に過ぎないが、今の所だけはバイチ帝国一行を守るために動いたアンノウンと言う組織に若干好感が持てる。
話がそれた。
結果的に、俺は煩い家族や貴族連中からの指摘を逃れるために、このギルドマスター職に飛びついた。
俺自身も結構冒険者の様な活動をしていたので、ある程度の強さがあると思っている。
いざ冒険者ギルドのギルドマスターとして仕事をしていると、なかなか俺の性に合っているのに驚いた。
下らない見栄などない、いや、完全にないわけではないが、貴族連中に比べればないと言って良い位気にならないレベルだ。
そして、自由に依頼を受け、報酬で楽しく飲み明かす。
仲間を助け、家族を思い、腕一本で稼いでいく。
そんな連中を見て、俺自身にもこの町を守りたいと思う気持ちが強くなってきた。
中々楽しい仕事、正に天職ではないかと思ったこのギルドマスター。
こんな日が続けば良いと思っていると、やはりそうはいかない事件が起こる。
この世界に聖剣が顕現して、宰相であるトロンプ様が、以前このギルドに努めていたジトロ副ギルドマスター補佐心得の力を借りて、その聖剣を手に入れていた。
ジトロ副ギルドマスター補佐心得とは本当に少ししか共に仕事をする事が出来なかったが、かなり優秀な人材であったのは覚えている。
聖剣を難なく手中に収める位なのだから、当然と言えば当然か。
それで、だ。聖剣ある所に悪魔あり。
こんな事は幼い子供でも知っている事で、当然悪魔に対する警戒を行おうとしていた。
そんな折、タイシュレン王国で悪魔が目撃されたと言う情報が入り、冒険者達には最大限の警戒をするようにギルドから依頼と言う形で指示を出した。
その厳戒態勢の中、ハンネル王国にも悪魔の目撃情報が入ってしまったのだ。
宰相は近衛騎士の一人であるフォトリに聖剣を託して、悪魔討伐を命じたらしいが……
結果的には悪魔は全て倒されていたようなのだが、情報を正確につかめていないので何とも言えないが、どうやらフォトリが倒したわけではないようだ。
むしろ聖剣の力は一切なく、仲間を見捨てて逃げ帰ってきたと言う噂すらある。
俺自身も少々情報を仕入れようとした。
すると、フォトリが常に従えていたレンドレンと言う魔力レベル9の猛者が悪魔討伐に同行した後、行方が分からなくなっている事が判明した。
火のない所に煙は立たぬと言う事だろうな。そもそもあの近衛騎士に対して良い噂は聞いた事がないからな。
どのようにして悪魔が討伐されたのか?
これは、現場に向かった冒険者からの報告だが、謎の黒ずくめの亡骸の一部もあったらしいので、この集団が悪魔を討伐した可能性が高いと判断した。
悪魔と対峙できるほどの力を持つ謎の集団。
俺の知る限り、バリッジがアンノウン。どちらかで間違いないだろうな。
今までの目撃情報からだと、アンノウンであれば覆面をしているはず。
しかし、残っていた亡骸はまるで大爆発に巻き込まれたかのような状態だったらしく、覆面をしていたかどうかなどは分からなかったそうだ。
何れにしてもこれらの情報を纏めると、聖剣でも歯が立たず、常識はずれの人外の力を持つ組織の連中が相打ちになる程の力を悪魔は持っているという事だ。
これは……まずいな。今までの伝承から、宰相トロンプ様の功績である聖剣入手によってこのハンネル王国は盤石だと思っていたのだが、そうではないとなると正直俺達では対抗する術はないかもしれない。
住民達の一時避難を指示するか迷っていたのだが、この迷いが致命的だった。
なんと、スミルカの町の門を破壊して悪魔が入ってきたのだ。
厳戒態勢を取っている俺達は、すぐさま門に向かった。
俺と共にギルドを飛び出した冒険者。門に着くと、既にその近くにいたであろう冒険者達が武器を抜いて臨戦態勢になっていた。
周囲には、悪魔が門を破壊した時の巻き添えになったのであろう人々が倒れている。
ぱっと見だが、命に別状はなさそうに見える。
そして、正面には初めて見る悪魔と言う存在。
確かに俺だけでは相手にならないだろう。
だがこれだけの冒険者がいればどうか?
相手は一体。何とかなるのかもしれない。
それにギルド職員には、住民の避難命令を出すように指示している。
最悪はこの身を犠牲にしてでも、少しでも悪魔の足を止められれば良いだろう。
と、甘い考えをしていた。
あの悪魔が軽く手を振っただけで、冒険者の大半が戦闘不能に陥ったのだ。
残った内の一人が全力で切りかかるも、防御すらせずにその刃を破壊して見せた。
その直後にその冒険者に対して攻撃をしようとしたので、俺は必死にその右手を全身で抑えに行った。
しかし、全く手も足も出ずに吹き飛ばされた。
更に追撃とばかりに、見た事もないほどの巨大な炎魔術を行使したのだ。
これはダメだ。門周辺だけではなく、スミルカの町は消し飛ぶだろう。
道連れになってしまう冒険者、町の住民には申し訳ない事をした。
俺個人としては、最後に楽しい生活をさせて貰えて良かったがな……と、既に全てを諦めていたのだが、何時まで経っても意識がある。
目を開けるとそこには覆面の二人がいて、アンノウンであると名乗ったのだ。
目の前の悪魔の右手は切断されており、魔術もいつの間にかなくなっている。
俺は少々パニックになった。
悪魔の本気の魔力にも驚いたが、最大の驚きはその魔力を見ても微動だにしないばかりか、戦闘相手としては不十分だと言い切るアンノウンの二人。
そして、自らが悪魔の戦闘相手にふさわしいと軽く言いあっているのだ。
そのうちの一人、No.10と呼ばれているアンノウンが持ち出した無駄に煌びやかな魔道具。
その見た目とは裏腹に禍々しい力を放ち続けている魔道具を見て、俺はこいつが悪魔の親玉、そう、魔王ではないかと疑ってしまったほどだ。
だがその不安をよそに、俺に悪魔を討伐する事、門が破壊された時に被害に遭った人々は既に回復済みである事を告げると、悪魔と共にこの場から消えたのだ。
あれがアンノウン。バリッジの方は未だ良く分からないが、アンノウンは少なくとも人族の敵ではなさそうだ。




