バリッジと第三の勢力
「やはりあの冒険者達はアンノウンの者だったか」
「状況がそう言っている。情報収集をさせていた冒険者どもの暗号文が回ってこない上、暗部からの連絡が一切途絶えたのだ」
「そうだな。それにあの対象の冒険者共の所在も掴めなくなったとなると……」
「おそらくあの丸薬を使用して奴らを始末したのだろう。その命と引き換えに、な」
バリッジ拠点で会話をしている幹部達の会話だ。
あの場で解放された冒険者二人は、あまりの恐怖からか暗号を伝える事もなく怯えるように日々を過ごしていた。
見た事、聞いた事、全てを一切話さずに生活していたのだ。
バリッジとしてもお金によって情報収集を行わせていた程度の人間なので、いちいちその存在を確認したりはしていない。
そのため、結果的には対象の冒険者、そして暗部の消息が全て掴めなくなったと言う事実だけが残ったのだ。
「相手が四人のパーティーだとすると……こちらの暗部も四人だったな。そこから考えると丸薬を使用した時点で、敵の魔力レベルが40を超えている事は確実。そして、結果から魔力レベル80以下の可能性が高い」
「そうなるな。だが魔力レベル40以上の力をつける。我らと同様、魔獣の合成技術、制御技術がなければ到底成し得る事はできないのではないか?」
彼らの中では、ジュリアのパーティー一行はアンノウンであり、暗部によって完全に始末されたと判断している。
実際問題、アンノウンの拠点から当面の間ジュリア一行が出る事は無いので、その存在を認識できる事はない。
アンノウンの拠点は拡張しており、田畑の整備、街道の整備、森林の適度な伐採、色々と行わなくてはならない事がある。
ジュリア一行には、その辺りの作業を頼む事になったためだ。
かなり広大な土地となっているが故に閉塞感を感じる事はないのだが、四方はしっかりと防壁に囲われており、安心感がある。
当然拡張時には、ナンバーズがこの防壁を調整しているようだが、ジュリア達には何をしているかを理解する事ができなかった。
数日が経過した頃、彼女達の姿は拠点内部の森林と畑にあった。
「ねぇ、ロレンサリー。なんだか私、この作業がとっても合っている気がするの。自然と触れ合いながら、安全に体を動かして作業するって言うのが良いみたい」
「そうね。私も同じよ、メリンダ」
この二人は森林に入って樹木の剪定を行っている。
この拠点内部は安全なのだが、彼女達のケアの為コシナが付き添っている。
一方の二人、ジュリアとマチルダにもピアロが付き添っているが、こちらは一方は畑を耕し一方は収穫していた。
「あ~、楽しいわね。今までの冒険者の仕事がいやになっちゃうわ」
「本当。自分で食べ物を育てる事ができるなんて夢みたい!」
彼女達は、思った以上にアンノウンの拠点の生活を満喫していた。
作業が終われば好きに温泉も入れるし、体を動かしたければ鍛錬場もある。
更には、料理や裁縫、木工に鍛冶や錬金、好きな設備を自由に使って良いのだ。
必要な素材も素材保管庫の中から自由に使って良いと言う破格の対応。そして、この保管庫の中に収納されている素材が、魔力レベル80超えの有り得ない素材ばかりが揃っているのだからたまらない。
残念ながら、魔力レベル4の彼女達にはその素材の魔力レベルを判別する事はできないが、破格の素材である事だけは理解できている。
ある程度の作業をこなせば冒険者時代よりも自由に生活ができるので、充実した日々を過ごしている四人。
そんな四人を見て一番安心しているのは、ナップルだ。
「皆さん、もう慣れましたか?」
「あっ、ナップルさん。おかえりなさい。今日の魔道具はどうでした?」
「フフフ、もうこの生活が楽しくって、本当に感謝しかないわ」
「今日の果物!本当に出来が良いのよ。今日の調理担当には頑張って貰わないと」
「おかえりなさい、ナップルさん。すっかり慣れて、楽しく過ごさせてもらっているわ」
既に全員の精神状態も復活して、楽しく生活できているのは誰の目からも明らかだ。
満面の笑みで話を始める元冒険者パーティー。
その日の夕食、いつもの通り楽しい夕食となるはずであったのだが、ジトロから思わぬ情報がアンノウンに開示された。
「皆、今いない者には念話で連絡をしておいてくれ。これはギルマスからの情報なので間違いない情報だと思う。俺達アンノウンの情報網がないタイシュレン王国があっただろ?」
タイシュレン王国出身者であるイズンとノエルに一瞬視線が集中するが、当の本人は涼しい顔をしている。
既に二人にとってあの国は何の感慨もない、いや、むしろ滅亡しても良い国……程度の位置付けだからだ。
「あの周辺国家の何処かに魔族が現れたらしい。やはり聖剣が見つかった以上、相対する存在である魔族が現れるのは今までの歴史からも証明されているそうだ」
「ジトロ様。何が何だかわからないのですが、アンノウンの敵対組織であるバリッジと悪魔は別、ですよね?」
突拍子もない話について行けず、思わずジュリアが口を開いてしまう。
「ああ。そのはずだけど、確証は一切ない。ひょっとしたら、バリッジが悪魔の封印を解いて制御している可能性もある。そもそもあいつらの魔獣合成技術は異常だ。そう簡単にできるものではないからな」
自分達の魔力レベルを棚に上げて発言しているジトロだが、自分達が異常と言う感覚は一切ない。
「一応、No.2にナバロン騎士隊長に確認を取って貰ったのだが、この情報は事実だそうだ」
「ジトロ様。そうなると我らアンノウンとしても悪魔の情報を掴む必要がある……と言う事ですね」
アンノウンの頭脳であるイズンの発言に、ジトロは頷く。
「だが、悪魔が一体なのか、未だタイシュレン王国周辺にいるのか、何もわかっていない。ただ単に、とある冒険者が悪魔の風貌をした人物を見た……と言う情報だからな」
あまりの情報の少なさに、どう動けば良いか決めかねているアンノウン。
そもそも悪魔が実在していたとして、魔力レベルがどの程度なのかもわかっていないのだ。
安易に行動に移すわけにはいかない。
「ジトロ様。この件について更なる情報がありましたら、私の方で今後の方針を考えて提言させて頂きます」
結局、アンノウンの頭脳であるイズンによって今後の作戦がたてられる事になった。
但し、追加の情報があった時点で、と言う条件付きだが。
こうして、何事もなかったかの様に夕食は進み、やがて自由時間となる。
その日の深夜、ジトロとイズンにハンネル王国の宿泊所に勤めているアンノウンゼロのラターシャから念話が飛んできた。
『ジトロ様、イズン、ハンネルのラターシャです。この時間に帰還してきた冒険者達が騒いでおり、近くの森で悪魔らしき者を見たという事です。かなり動揺しているので要領を得ませんが、二人程の姿を見たような事を言っています』
すると、ハンネル王国のギルドで夜勤をするために転移したばかりのノエルからも念話が飛ぶ。
『冒険者ギルドから国王陛下に報告が行き、恐らく聖剣がハンネル王国最強の冒険者に貸与される事になるようなのですが……』
一瞬渋い顔をするジトロとイズン。
なぜならば、あの聖剣は抜剣時にNo.8によってへし折られ、何となく力がありそうに見える付与をNo.10が施したからだ。
つまり、期待する力は一切ないただの装飾品と言っても過言ではない。
イズンはジトロの部屋に急遽赴き、打開策を検討する。
「ジトロ様、まさかこのような事態になるとは……悪魔との戦闘の作戦を考えるのは容易だと思っていたのですが、あの聖剣の対応をしなくてはいけないとは……」
かなり頭を悩ませているイズン。思わぬ方向に話が向かい、頭痛がしている。




