イズンの故郷(4)
イズンの調査で、森には異常がなかった。
イズンは長く幽閉状態にあった事、時々町に抜け出していたのは食糧調達限定であった事から、森の魔獣の通常状態がどのような物かを把握していなかった。
そのため、魔獣のレベルが特段高いものではない事だけを確認して異常がないと判断したのだ。
もし熟練の冒険者やこの辺りの事情に詳しい人物が傍にいれば、いるはずのない魔獣の存在、狂乱状態に陥っている魔獣の異常さを理解する事ができていたのだが。
イズンは止む無く、更なる情報を求めて国内に入国してギルドから情報収集を始める。
ギルドでは冒険者の数が少なくなっているのだが、通常状態を知らないイズンに違和感はない。
普段はいないような場所で魔獣が突然現れる上、狂乱状態で強さが増しているので、冒険者側は今までの経験による準備が全て無駄になり、大けがをする事が多発している。
そのため、怪我の療養をしている者、このギルドに見切りをつけた者が多数いるので、実際にギルドで依頼を受けようとしている冒険者が激減しているのだ。
「ほ~、これがギルドですか。なかなか奇麗な所ですね」
初めてギルドに入り、辺りを見回し感動しているイズン。
ただ、感動し続けていても何の収穫も得られないので、受付から情報を得ようとする。
「申し訳ない、最近見かけない魔獣を発見した情報はありますでしょうか?」
突然依頼書も持たずに質問をされた受付嬢は少々イズンを怪しそうに見つめるが、かなり暇であったため、話に応じる事にした。
「そうですね、一部の冒険者は今までに一度も見た事がない魔獣を目撃したという情報を上げてきましたが、現在の所確認されていません。恐らく、狂乱状態にある魔獣を見て勘違いしたと言うのが、ギルドの見解です」
「そうですか。ありがとうございました」
ここでも大した情報を得られる事はできなかったイズン。
マーロイが仕入れた情報も、強力な魔獣が現れたというものだった。
つまり、受付が教えてくれた狂乱状態の魔獣の事を言っている可能性が高いと判断したのだ。
「ここにバリッジの影はありませんでしたか。最後に念のため、気が乗りませんが元の家を確認しておきましょうか」
受付にお礼を伝えた後、ギルドを後にして人気のない場所に移動するイズン。
その後、勝手知ったる公爵家に転移で潜入する事にした。
転移の事前準備として、転移先の情報を先に得ておく必要がある。
場所、周囲の状況を確認できないと、安易に転移はできないからだ。
過去に自分が幽閉されていた部屋の状況を確認し、そこに転移する。
「私の部屋だった場所……フフ、あの当時のままですか。まぁ、彼らにしてみれば価値のある物は何もありませんしね」
目前に広がる自らの部屋だった場所を見て、寂しく笑うイズン。
ノエルと共に強制的に連れ去られた時のまま、まるで時が止まったような状態になっていた。
「じゃあ、行きますかね?」
イズンは隠密を発動して部屋から出ると、公爵……つまりは元弟のツツドールがいる場所を目指した。
その場所に近づけば近づくほど鼓動が早くなるイズン。
過去にされた事を鮮明に思い出し、今にも心臓がはち切れそうなほど緊張している。
「フフ、私とした事が。この程度で心を乱しては、アンノウンの頭脳としてはまだまだですね」
自らを戒めるように呟き、部屋の前に到着する。
突然扉を開けるような事はしない。
当然隠密を使用していようが、扉が開くという事実は認識されてしまうからだ。
この場合は、短距離の転移を行うのが正しい。
イズンも魔獣の力を使いこなせているので、この世界では一般的に不可能とされている並列起動を行う事ができる。
そのため、隠密を使用した状態のまま、短距離転移で公爵の部屋に侵入した。
そこには、やはり忘れもしない元弟であるツツドール、そして見た事のない冒険者風の中年の男がいた。
こっそり鑑定を行うと、ツツドールの魔力レベルは8、そしてさえない中年冒険者と思っていた男、プラロールの魔力レベルは33である事を知ってしまった。
これには目を見開くイズン。
『正直軽い気持ちでこの場に来ましたが、まさか当たりを引いてしまうとは……』
声には出さずに、自らの元弟がバリッジ側の人間である事を確信したイズン。
魔力レベル10以上の一般人など存在するわけがないからだ。
もちろんバイチ帝国のナバロン騎士隊長は別で、アンノウンの力によって魔力レベル40になっている。
アンノウン、そしてナバロン騎士隊長を除いて魔力レベル10以上となると、最早バリッジ確定なのだ。
隠密を使用したまま、彼らの会話に耳を傾ける。
すると、驚く事にツツドールは実の父を殺害したようなのだ。
更には王族も見せしめに一人殺害し、最早このタイシュレン王国はツツドールの、最終的にはバリッジの傀儡になっている事が判明した。
あまりの理不尽さに怒りを抑えきれないイズン。
「誰だ!!」
冒険者風の男、プラロールは魔力の揺らぎに気が付き、抜刀した状態で未だ隠密を使用しているイズンの方を鋭い目で睨みつけている。ツツドールはあっけにとられているだけだが。
これは明らかにイズンのミスだ。
今この状態でも魔力レベル差によって隠密を看破されているわけではないが、怒りにより魔獣の制御が疎かになったために、大きな魔力の揺らぎが出てしまった。
プラロールには魔力その物を察知されたのではなく、揺らぎによって察知されてしまったのだ。
こうなってしまっては穏便にこの場から転移で消えるか、姿を現して二人を処理するか。
姿を現して二人を見逃す事は有り得ない。僅かではあるが、情報がバリッジに漏れる可能性があるからだ。
イズンは今までに自分がされてきた理不尽な行い、そして今回の愚弟の行動のケジメを自らの手で取る必要があると考えた。
しかし、バリッジ相手に勝手な行動を取るわけにはいかない。
既に落ち着きを取り戻して魔力の揺れもないので、プラロールの視線から外れる位置に移動している。
こうなると、プラロールにはイズンの気配を読み取る術は一切ない。
「どうしたのだ?プラロール殿?」
未だ状況がつかめないツツドールだが、プラロールは厳しい視線のままだ。
「チッ、まずいな。ひょっとしたらアンノウンの連中に嗅ぎつけられた可能性がある。この俺がはっきりと気配を掴めない連中。間違いないだろうな」
「何?アンノウンだと?この場にいるのか??」
急に焦りだすツツドールだ。




