イズンの故郷(2)
あのクズ兄、いや、あの元クズ兄であるイズンを排除してから良い事尽くめだ。
フフフ、やはり私は天に愛されている、特別な存在だったのだ。
あのクズ兄を始末できたのは、私の人生にこれ以上ない幸運を運んでくれた。
そう、私はただの一公爵ではない。この国家に対して国王すら凌駕するほどの力を持っているツツドールだ。
私の目標は首領の目指す所、そう、高貴な血を持つ者だけの理想の世界を造る事だ。
その足掛かりとして、このタイシュレン王国を完全に統治し、目障りな豚を排除、そして下民は下民らしく生活させる事を当面の目標にしている。
フフ、私は本当に恵まれているな。あのクズ兄を排除してからかなりの時が経ったある日……
私の部屋に、突如として現れた人物。
公爵の私室に平然と侵入できる人物なので、魔力レベルも相当だと判断した。
だが、私は常に命の危機にさらされる事を想定しているので、慌てる事はない。
この部屋にも多数の罠が仕掛けられているし、万が一の時には、この首飾りがあれば一度は完全に傷を回復する事ができるからだ。
「突然の訪問、申し訳ないな。だが流石は若くして公爵になった方だ。騒ぎもせずに落ち着いている。助かるぜ」
「誉め言葉として受け取っておこう」
ここで焦るのは愚策だ。
恐らくこいつの力であれば、たとえ騎士を呼んだとしても気配を消して逃げる事は可能だろう。下手に騒いでこいつの機嫌を損ねれば、騎士の命もなくなる可能性が高いからな。
だとすれば、こいつの目的を聞く程度はしておくべきだと判断したのだ。
「まずは名乗らせてもらおうか。俺はハンネル王国でしがない冒険者をやっているプラロールってもんだ。あんたに耳寄りな情報を持ってきた」
しがない冒険者?嘘をつくな。そんな奴が平然とこの場に来られるわけがないだろう。
「でな、実はあんたに力を与えようと思うんだ。少しだけあんたの事は調べさせてもらった。その結果、俺の首領があんたに力を与える事を許可してくれたんでな」
無造作に魔道具を持ち出して、こちらに放り投げてくるプラロール。
「これは?」
思わず、当然の疑問が口からでる。魔道具だけを渡されても、効果が分からないからだ。
「それはな、魔力レベル30の新種の魔獣を制御できる魔道具だ。但し一体だけだがな」
「なに?魔力レベル30だと?お前、私を愚弄しているのか?人族最大魔力レベルは10。この私でさえ魔力レベルは8だ。そんな中で、魔力レベル30の魔獣?信じられると思っているのか?」
魔力レベル30などと言う魔獣を好きに出来るのであれば、この国家、タイシュレン王国を手に入れたも同然だ。
だが、そんなレベルは聞いた事がない。
いや、待て???そういえば、つい最近高レベルの新種の魔獣騒ぎがあったはずだな。
あれは……ハンネル王国の貴族が関与していたとか?その組織は確か……バリッジだった。
私の表情の変化を読み取ったのか、プラロールと言う男は嬉しそうにしている。
「おっ?気が付いたか?やはりお前は見込みがあるな。そう、この魔獣はバリッジからお前への貸与となる。これを使って、この国を掌握しろ」
「……なぜ私を選んだ?」
「お前、血のつながった魔力レベル0の兄を消したそうだな。それも絶望を与えながら。それに、貴族以外に対する非情な行動も調べがついている。その強靭な心があれば、俺達と目的を共にできると思ったのさ」
こいつの話を聞くと、私の理想とバリッジの理想は共感できる部分がかなりあった。
そう、高貴な血を持つ者の理想郷だ。
かなり前のクズ兄の件すら調べ上げている事、この私室に平然と忍び込める力、ハンネル王国の新種魔獣騒ぎ。この男、いや、バリッジにかなりの力がある事は間違いない。
「そういえば、ハンネル王国の元貴族。王城の牢獄で消されたそうだな。それもバリッジの力か?」
プラロールは、にやりと笑うだけで明確な回答をしなかったが、そうなのだろうと確信した。厳戒態勢の王城内部の牢獄で事を起こせるその力。素晴らしい。
「わかった。いいだろう。で、お前のバリッジでの立ち位置はどの程度だ?それと、私はどういった扱いになる?」
「俺はしがない冒険者だ。そこの所は間違いの無いように頼むぜ。あんたは、協力者と言った形だな。だが、これからの成果によっては、希望すればバリッジの構成員になれるだろう」
なるほど、魔力レベル30の魔獣を平然と持ち出せる組織。そう簡単に内情は教えてくれるわけはないな。
プラロール自身の立ち位置も、今の私には明かす事ができないという事だ。
これから私の成果如何では、その辺りの情報も与えてくれるに違いない。
当然、この男がただの冒険者であるなどとは、露程にも思っていない。首領に許可を取ると言っている時点で、かなりの位置にいるのは間違いないだろうな。
「良く分かった。私がこのタイシュレン王国を早めに掌握しよう」
「本当に理解が早くて何よりだ。だが、目立たないように行動してくれ。国王を消したりはするなよ?一応教えておくが、バリッジに楯突く組織、アンノウンの連中が嗅ぎまわっているからな。あいつらの情報はほとんど入手できていない。この国が目を付けられると面倒だ。ひょっとすると、この国にも情報網を持っているかもしれないからな」
私も、ハンネル王国の貴族の件で、バリッジと共に、アンノウンと言う組織の情報も得ている。
バイチ帝国の下民上がりの宰相を排除しようとしたバリッジを叩き潰したらしいからな。
この事件が、ハンネル王国の貴族の一件だから、良く知っている。
あの貴族、確かドストラ・アーデと言ったか?奴のような無様を晒すわけにはいかない。
「わかった。その辺りは上手くやれる自信があるから安心してくれ。それで、魔獣はどこにいるのだ?」
「その魔道具に魔力を流してみろ。少しで良いぞ」
言われた通りに魔力を流すと、魔獣の存在が朧気ながらわかる。
なるほど、このツツドール公爵領の森にいるのか。これならば、少々冒険者どもでテストをしても、揉み消す事は容易だな。
だが、やりすぎは禁物だ。
この魔獣の力を利用して、辺りにいる普通の魔獣をコントロールする方が不自然さはないだろう。
あのハンネル王国の貴族の失敗は、新種の魔獣、バリッジから得られた力を直接的に使った事だと思っている。
新種の魔獣など目立つ戦力は、簡単に使って良いものではない。アンノウンに自分の居場所を教えているようなものだからな。
それと、この魔道具……魔力を通した今ならばわかる。
その魔獣をこの魔道具の中に保管する事ができるのだ。
この力があれば、王族を支配するのも容易だ。王族に直接魔獣を見せて脅せばよいだけだからな。
場合によっては、一人位は生贄になって貰えば、反抗する気も起きなくなるだろう。
王族の末端であれば腐るほどいる。一人程度がいなくなっても、噂にすらならないからな。
「素晴らしい力だ。なるほど。これならばタイシュレン王国の掌握は問題ない。掌握後は、ハンネル王国のギルドに暗号でも出せばよいか?」
「いや、その程度の情報は伝えて貰わなくてもこちらで把握できる。わざわざ危険な橋を渡る必要はない。その後の動きは別途指示しよう」
このプラロールという男と共に新種の魔獣の前まで行き、魔道具に魔獣を収納した。
魔獣の気配からは、確かに魔力レベル10以上の圧倒的な力を感じた。
この力さえあれば、私は更に高みに上る事ができるだろう。ハハハハ。




