イズンの故郷(1)
「まて、やめろ。ツツドール!」
はぁはぁ……、夢か。
久しぶりに昔を思い出してしまいましたね。
あの愚弟が夢に出て来る程度で魘されてしまうとは情けない。
しかもかなり前の出来事なのに未だにあんな愚弟を思い出してしまうとは、まだまだです。
どうせ夢を見るなら、アンノウンとの楽しい出来事を見たいものです。
私は、タイシュレン王国の公爵一家に生まれたイズン。
今は愚弟のツツドールが爵位を継いでいるでしょう。
私のタイシュレン王国での記憶は、迫害、嘲笑、侮蔑、そんな事をされた位しか思い出がありませんね。
いえ、唯一の良い思い出は、今も共にアンノウンゼロとしてジトロ様に仕えているノエルとの出会い、そして生活でしょうか。
今はノエルを含むアンノウンのメンバーと、本当に心の底から楽しく生活をさせて頂けています。
これほど満たされた生活は、未だ迫害されていない頃のタイシュレン王国での生活でも経験はありません。
では、何故満たされている生活の中で、あの愚弟の夢を見てしまったかと言うと……
昨日の夕食が原因です。
我らアンノウンは、任務に就いている者を除けば基本的には夕食を共にします。
和気藹々と話す事もあれば、任務の報告を皆にする事もあります。
昨日は、任務の報告があったのです。
我らアンノウンゼロは、複数の国家に潜入して情報収集を常に行っています。
例えば、私と同郷のノエル。
彼女は、ジトロ様が以前勤務されていたスミルカの町のギルド職員として勤めています。
他には、ハンネル王国の商店に勤務しているドリノラムやミハク。バイチ帝国の宿泊所に勤務しているアマノン、オウカ。他にも沢山おります。
私と、最近アンノウンゼロとして新たな家族となったノイノールとフォタニア以外は、全員何れかの国家で任務についているのです。
私は、アンノウンの頭脳としての働きを期待して頂けているので、拠点で勤務と言う事になります。
そして昨日の夕食時、スミルカの町から馬車で二週間程度の私の故郷、タイシュレン王国の情報が、スミルカの町で任務についているノエルを含む数人から上げられたのです。
「ジトロ様、最近ギルドにタイシュレン王国からの冒険者が大量に流れてきております。皆さん事情までは話されておりませんが、何か深刻な事態が起きている可能性があります」
「私の宿泊所にも、確かに見た事のない冒険者達が増えていますね」
ノエルが任務についているギルドの状況をジトロ様に報告すると、同じ町の宿泊所で任務についているラタリアもその発言の内容を認めている。
「そう言えば、俺の所で酒を飲んでいた見た事のない冒険者、随分とタイシュレン王国の事で文句を言っていたな。急に依頼内容が変わって危険な依頼が多くなったとか、町の治安が悪くなったとか。スミルカの町に移動するまでも、相当危険な橋を渡ったような事を言っていたな」
彼は、ノイノールとフォタニアに余計な事を吹き込んだ前科があるフリーゲル。
彼らが報告している話の内容としては、私は当然だと思って聞いている所です。
あの愚弟が公爵を務める事ができる国。恐らく国政にも口を出しているのだろうから。
その結果、治安の悪化や、本来は国家に依存されないギルドの状態も悪くなるのは、至極当然の結果だと言えます。
しかし、その事について言及する事はしません。
未だに私は、タイシュレン王国の元貴族である事をアンノウンに公開していないのですから。
まぁ、ジトロ様とナンバーズにはバレていると思いますがね。
「そうか、ただそれだけでは情報不足だな。そこにバリッジの影は見えそうか?」
ジトロ様の意見も当然ですね。ですが、私は、それはないと思いますよ。自分至上主義の愚弟が国政の一端を担えば、こうなる事は当然の結果ですから。
「いえ、今の所はバリッジを匂わすような情報は入っておりません」
ノエルの回答も当然ですね。
と、こうして夕食は進んだのですが、同じくスミルカの町の食事所で調理を担当しているマーロイが、珍しく口を開きました。
彼は寡黙で、あまり自ら進んで話す事はしません。もちろん他のメンバーもそれをわかっているので、無理に話させるような事はしていないですし、会話はあまり無いながらも、大切な家族・仲間として共に楽しく過ごしていますよ。
そんな彼が自発的に話し始めるのです。余程の情報でなければ、自らこのような場所で話す事はないので、少々場に緊張が走ります。
「調理している時に、料理長が言っていました。なんだか、タイシュレン王国の近くで、強力な魔獣が現れたらしい……と」
恐らく、料理長は食材として色々な場所に魔獣を仕入れに行っているのでしょう。そこで、ギルドや食事所で仕入れる事ができなかった情報を手に入れたのだと思います。
我らアンノウンが、ギルドだけではなく町の至る所で任務を行っているのは、情報収集能力、精度を上げるためです。
まさに今回は、その結果が出たと言えるでしょう。
ですが、強力な魔獣。それだけではバリッジの関与とは確定する事は出来ませんね。
新種の魔獣であれば、警戒度合いは上げる必要がありますが……
「わかった。ありがとう、マーロイ。一応アンノウンでも調査をしておこう。どうだ、イズン。久しぶりに任務に就くか?時間が調整できれば、ノエルも同行して構わないぞ?」
やはりジトロ様は、私とノエルの事を完全に把握されていますね。
恐らく、私が祖国の状況を知りたがっていると思っての配慮でしょう。
懐も大きいお方です。財布の中身は小さいですけどね。
ですが、外での任務ですか。私もテイムを外した魔獣の力を実践で使う必要がありますし、丁度良いのかもしれませんね。
「わかりました。その任務、このイズン、受けさせていただきます」
ノエルに関しては、残念ですが時間を合わせる事は難しいですね。
最近は、人気の受付嬢として多忙を極めていますから、急に受付に穴を空けるわけにはいきません。
調査であれば、私一人でも良いでしょう。
こうして久しぶりに私は拠点から外に出る事になりました。
頼みましたよ、相棒!
私を守護してくれている狼の魔獣、魔力レベル61の相棒と部屋で戯れます。
あんな夢を見てしまいましたが、今日は早速任務です。
気合を入れて行かないといけませんね。
こうして私は、最悪の目覚めではありましたが、気持ちを切り替えて祖国に向かって移動を始めます。
とは言え、転移をするだけなので移動と言う程ではありませんが、長距離転移術を発動するのも、テイムを完全に外してから初めてなので、緊張したのは内緒です。
そして私は、今森の中にいます。その先には見覚えのある、タイシュレン王国の防壁。
実はあの夕食後に、少しだけマーロイと話をしました。
その結果、恐らく魔獣の目撃地点はこの辺りになるのです。
本当に残念ながら、私の元家族が統治している場所だったのです。予想通りですが……
まずはこの周辺の調査、そして必要であればツツドールの周辺も調査する必要が出て来るかもしれませんね。




