ぬいぐるみの世界で、ロボット犬を撃退します!
完結編です
舞子と太一は大広間の入り口に、一番近いテーブルに着いた。そして、その向かい側に先程の女性と、この城の長であるポン太が座る。ポン太の場合は"止まる"かもしれない。
ふわふわのブロンドの髪は、胸の辺りで軽くカールしている。薄ピンクの頬、赤みがかった艶やかな唇は、何か言いたげな半開き。存在感のある長いまつげの下で、茶色の瞳が潤んでいる。
『紹介しよう。こちらはタイチにマイコ。人間をやっている。2人もここへは来たばかりじゃ。こちらは今日からここで一緒に暮らすことになった、ジェニファーじゃ。彼女はアンドロイドじゃよ』
アンドロイド?!
『よろしくお願いいたします』
ペコリとお辞儀をするジェニファー。
舞子は改めてジェニファーを見た。無表情だけど、見れば見るほど可愛らしい。ちらりと横目で太一を見ると、太一もニコニコとして見ていた。
舞子達は3人で部屋までの廊下を歩いていた。ジェニファーの部屋は舞子達の向かい側に用意されていた。
「じゃあ、おやすみ」
『おやすみなさい』
部屋にはいるなり太一が口を開いた。
「良くできてるなぁ、本物かと思ったぜ」
「うん、そうだね~人間じゃなくて残念だった?」
舞子はからかうように聞く。太一はあまり気にも止めず
「まあな」
と答えていた。そして、何かを考え込む。
(何を考えているの? )
舞子は少し不安になった。部屋の中央に置かれたテーブルを何気なく触る。太一は大きく背伸びをした。
「俺シャワー行ってくるわ」
「うん。ごゆっくり」
舞子は部屋に一人になった。
「今日は疲れたなぁ」
声に出して言ってみる。舞子はバルコニーに出て、ベンチに腰かけた。空は舞子の心のように星の見えない曇り空だった。
(帰りたいな……)
シャワーから戻った太一は辺りを見回す。
(舞子は……バルコニーか)
テーブルに置かれた温くなった水を飲み干す。そしてバルコニーに行き声をかける。
「風邪、ひくぞ」
「あ、うん」
舞子はゆっくりと立ち上がり、部屋に入った。
「シャワー行くから、太一君先に寝ちゃってて? 」
「ああ」
舞子がシャワー室に行くと、太一はソファに深々と座る。膝の上で手を組むと、また、少し考え込んでいた。
翌朝。今日もとてもよく晴れていた。ぬいぐるみの世界には、余り雨が降らないのかも知れない。
お城の中庭は賑やかだった。新入りのジェニファーの周りには、多種多様のぬいぐるみ達。いつも新しい仲間が増えると、こうして皆でおしゃべりをし、仲良くなるのが常だった。楽しそうな笑い声が遠くまで響いているようだ。
舞子はその声で目を覚ました。カーテンを開け、すぐ下の中庭を見下ろす。ぬいぐるみ達はやはり無表情だが、楽しそうに見えた。ふと、舞子は部屋を見回す。
(あれ? 太一君は? )
急いで身支度を整え、部屋を出る。そわそわしてしまう。
「ジェニファー、ちょっと良い? 」
舞子はその声につられて、窓の外を見る。
太一がジェニファーに声をかけていた。ジェニファーは軽やかに立ち上がり、太一の傍に駆け寄った。楽しいひとときをお開きにされたぬいぐるみ達は、しばらく不満そうな声を上げていたが、すぐにおさまる。2人は森へと向かっていた。
(どこへ、行くんだろう? )
舞子は心臓がばくばくするのを止められなかった。舞子に、迷っている暇は無かった。急いで後を追う。
(相手はアンドロイドよ? 私は何を心配しているの? )
2人は森を抜けた、見晴らしの良い丘に来た。大き木の枝が、ベンチの様に横たわっている。2人はそこに並んで座った。そよそよと風が吹く度、ジェニファーのブロンドの髪が揺れる。
(素敵なカップルにしか、見えない)
時々顔を見合わせ笑い合う。
(もう、帰ろう……)
そう思って立ち上がろうとした時、ジェニファーがゆっくりと太一の肩にもたれかかった。
(……!! )
舞子は目をぎゅっとつぶり、その場を走り去った。
「ジェニファー? 」
太一はジェニファーを揺する。
「って、おいっ! 充電切れかいっ! 」
ジェニファーは充電式のアンドロイド。充電はポン太しか知らない……頭を抱える太一。
(重たいんだろうなぁ)
やれやれとため息をつき、太一はジェニファーをおぶった。
「…おもっ! 」
よろよろと来た道を引き返す。外見こそ人間そっくりの質感に
作られているが、中身はただの機械である。
(何キロあるんだ? いや、考えるのよそう……舞子に見られたら大変なことになるな)
太一の足取りは重かった。
舞子は必死で走っていた。来た道をひたすら戻っていた……はず、なのだが。ただ、戻るだけ、それだけだったのだが……?
(うーん……こんなとこ通ったかなぁ? )
森の中は目印など無く、同じような景色が続いているだけ。
(これはもしや、迷子?! 舞子ならぬ、マイゴ?! 上手い! 私っ! )
「……って、むなしい」
ふと、舞子は足を止める。茂みの向こうに黒い物体が……
(怖いけど、好奇心が……えっ! これって! )
茂みの奥にあったのは、あの時のカップルシートだった。舞子はそれに近づき確認する。
「うん、間違いない。これだわ! 太一君に知らせなきゃ」
って言うか、ここ、どこ?!
舞子が急いで振り返ったとき、思いの他低い位置にあった木の枝で頭をぶつけ、舞子は気を失った。
ガサガサ……ガサガサっ……
『ニャーン』
草むらから一匹の猫が現れる。猫はしばらく舞子の周りをぐるぐるしていたが、ふいっと居なくなってしまった。
重たいただの塊となったジェニファーを背負い、やっとの思いでお城にたどり着く。玄関で遊んでいたらびが、それに気づく。
『ジェニファー、どうした? 』
「おお、らび。悪い、大広間のドア開けて! 」
『うん! わかった』
らびは言われた通り玄関から入り、大広間のドアを開ける。太一は最後の力を振り絞って、大広間奥のソファにジェニファーを寝かせた。ふぅと息を吐く。
「ああ、ポン太さんいるか? 充電切れたみたい」
『呼んでくる! 』
「あ、らび! 舞子はいる? 」
ドアの手前で振り向き
『タイチ一緒じゃ無かったの? 朝から姿を見てない』
(えっ? )
一気に疲れが襲い、ソファの前に座り込む太一。
(舞子? 一体どこへ? こんな土地勘の無いところで! )
ぐるぐると考え込んでいると、ぺんぺんと一匹の猫が寄ってきた。
『タイチ、マイコが……』
太一とぺんぺんそれに一匹の猫は、足早に森を進んでいた。猫はマタタビ事件の猫の長だった。べんぺんの話によると、森の中で舞子が倒れていると……
(舞子……! )
それにしても遠いな……太一は先程の疲れを思い出しかけていた。ふと、それまで先を走っていた猫が、目の前の大きな木に登っていく。そして、なにやら尻尾で合図を送る。逸る気持ちを抑え、木を掻き分ける……
「舞子!! 」
そこで舞子は倒れていた。太一はやや乱暴に舞子を抱き締める。
『タイチ、もう少し優しく……』
ぺんぺんが焦ってあたふたしている。
『ニャーン。落ち着け。マイコはその枝で頭を打って気絶しただけだ』
(……いや、舞子らしいけど)
「そもそも舞子、何でこんなところに? 」
ぺんぺんは少し迷い、口ごもっていた。
『タイチがジェニファーと森へ入るのをみてたんだ。そして、それを追いかけて行った。マイコ、寂しそうだった』
(……原因は、俺か)
ぺんぺん達を先に帰らせ、太一は舞子に膝枕をしている。風が少し冷たくなってきていた。舞子の髪を撫でながら考えていた。
(舞子は一体どんな思いで、俺とジェニファーを見ていたんだろう……ってか、相手はアンドロイドだぜ? 少し前にも、他のぬいぐるみが良くなったんじゃ? みたいな事言ってたなぁ……いや、一体俺って……? )
深いため息を吐く。
「……ため息吐くと、幸せが逃げちゃうって、お母さんが言ってたよ? 」
「まい、こ」
舞子は膝枕されたままで、太一を見上げて得意気に言った。焦る太一。
「お、おまえ、目覚めたなら言えよっ! 」
「えー! だって心地よかったんだもーん」
「はぁぁ?」
ちっとも起きようとしない舞子のほっぺたを、両手でつねる。
「痛っ! 」
太一は優しく微笑んで、舞子のおでこにキスをした。
「舞子、俺の後を追ってきたんだろ? 」
お城へ帰る途中、太一は口を開いた。少し間を開けて、舞子はうなずく。そして少し笑った。
「えへっ、ゴメン、なんかストーカーみたいな事して」
「いや、俺の方こそゴメン。ちゃんと話しておかなかったから。舞子、今朝気持ち良さそうに、高いびきかいて寝てたし……」
(いや、うん、あの、ひとこと多いよね? )
「どこまで見てたの」
「ジェニファーがもたれかかるところまで」
「いや、それほぼ全部じゃん! 」
太一は人差し指を舞子の鼻先につきだす。
「言っとくけど、あれはアクシデントだぜ? ジェニファーの充電が切れた瞬間だ。それから俺は、あの機械の塊をだな、おぶって城まで帰ったんだ」
「ふーん」
「な、何だよ? 」
「信じてるよ~」
「ムカッ、何かムカつく! 」
2人は喧嘩しながら歩いた。あっという間の道のりだった。夕日が2人を照らしていく。真っ赤な夕焼け。
「うわー! 綺麗だねぇ」
舞子が目を細める。太一も同じように空を見て舞子の手を握る。
翌日。2人は疲労の為、お昼前まで寝ていた。らびが運んできた遅めの朝食を部屋で食べている。
「そう言えばジェニファーと何を話してたの? こそこそと」
「お前、ひとこと多いんだよ。ほら二つ目の課題のロボット犬。あれの撃退法についてさ。彼女アンドロイドだろ?」
太一はスープを口に運ぶ。今日もとても美味しい。
「なるほど! で? 何とかなりそう? 」
「まあな」
太一はニヤリと笑った。
「そもそもあいつらは、鉄ではなくプラスチックだ」
『タイチさん、マイコさん、こんにちは』
2人の会話を遮るように、ジェニファーとらびが目の前に来た。
『タイチに頼まれたこれ、集めてきたよ』
そう言って、らびは透明の水筒を見せてくる。あれは……ペットボトル?
『タイチとマイコが仲良く起きて来ないから、らび達だけで行ってきたぁ』
「いや、俺達何もしてないぞ! 」
太一は赤面して抗議する。それを見たジェニファーが、まぁまぁとなだめている。
(ぷっ、おかしな光景。……それにしても、こんなに沢山? )
舞子が大量のペットボトルをしげしげと見ていると、太一がいたずらっ子の様に笑う。
「これで、ロボット犬と戦う」
中庭に全員集まる。お昼を少し過ぎていた。ぬいぐるみ達は何も食べないので、余りお昼と言う概念は無いらしい。
『昨日も一昨日も、ロボット犬が城の周りをうろついておった。小さなぬいぐるみ達は怯えて、外で遊べない状況に陥っておる』
ポン太は絶望的な表情をした(と、思う)。小さな、幼いぬいぐるみは世間を知らずここへ来ている場合が多い。あの不気味な集団を見れば、当然なのかもしれない。
「ポン太さん。今日らび達が集めてくれたペットボトルで、撃退しましょう」
ポン太は深くうなづいた。
『タイチの指示に従うように』
ポン太はぬいぐるみ達に告げる。ぬいぐるみ達は一斉に太一を取り囲んだ。
「ペットボトルに、この消毒用のアルコールを入れて。そうしたらキャップではなく、このコルクで詮をして」
《ザワザワ》
コルクには紐が通してある。
「太一君、これどうするの? 」
舞子が出来上がったペットボトルを持ち上げて聞いた。太一はニヤリと笑った。
「みんな、これをお城の回りの木にくくりつけて。そう、紐を垂らして……紐を地面に埋めて。ロボット犬がここを通って紐を踏んだら、コルクが外れて消毒用のアルコールを浴びちゃうって作戦。プラスチックはアルコールに溶ける物があるらしいから、それに、賭ける」
「なるほど」
「アルコールは、ジェニファーの情報だ」
とジェニファーに笑顔を向けると、ジェニファーは頷いていた。
その日の夜。不気味な唸り声が聞こえた来た。ぬいぐるみ達は大広間に集まり固唾を飲んでいる。肩を寄せ合い、励まし合っている。唸り声は段々と増え、そして近づいて来ている様だ。
「うまく、いくかしら……」
不安げに呟く舞子。太一は力強く頷いて
「上手く行って貰わなきゃ困る」
とみんなを笑わせた
(なんだかんだ言って頼れるわぁ。カッコいい! )
舞子は顔がにやけてしまう。太一はそんな舞子を見ながら
「お前、ホント変顔の練習に余念がないよな」
と、耳打ちをする。
(いや、してねーし! )
と、その時
《キャイ~ン、キャイ~ン!! 》
あちこちでロボット犬の悲鳴に近い声が上がり始めた。太一は2階のバルコニーに走る。舞子も、らびも続いた。
仕掛けたペットボトルの栓が外れて、あちこちでアルコールを浴びているロボット犬。それはプログラムが壊れたように震え、そして皆、来た方向へ走り去っていった……静寂が訪れる。
しんと静まり返る城内。
『成功したの? 』
『勝ったんじゃない? 』
『……! 』
《わーーーーーーーー! 》
大広間は大歓声に、包まれた。太一もジェニファーとハイタッチをしている。ポン太は(恐らく)ニコニコして頷いている。舞子は太一に抱きつき、らびもそれに参戦する。楽しい夜は長く続いた。
翌日太一と舞子は、舞子が倒れていた場所へ向かっていた。カップルシートが落ちていたからだ。見つけたところで、帰れる術など考え付かない。でも2人に残された望みは、それしかなかった。
「確かこの辺だったかな」
「うん、あの茂みの奥だわ」
ガサガサ……
そこには黒光りした、カップルシートが横倒しになっていた。見たところ損傷は無いようだ。
「……」
「……」
あったけど、ね……
2人は無言で見つめ合った。微妙な空気。
「あったね……お城へ戻ろうか? 」
「うん! 」
2人の足取りは軽かった。その様子を木の上でらびが見ていた。
『マイコ……』
そして、その日は来た。ロボット犬の一件から1週間程経っただろうか。空はどんよりとした曇天。
(あの日に似てる)
舞子は直感的に、そう思った。猫の長の言うことが正しければ、今日は午後から雷雨になる。遊園地こそ無かったが、カップルシートが落ちていたその場所に、一同が集っている。一同、あの日と同じ状況になれば元の世界に戻れるのでは、との考えで一致していた。
《ゴロゴロゴロ……ゴロゴロ……》
遠くで雷の低い音が響き始めている。舞子はキョロキョロと辺りを見回す。
『あの、らびは? 』
『……マイコ達と別れるのが寂しいって、部屋に閉じ籠ってる』
ぺんぺんは心配そうに言う。舞子は唇を噛んだ。
「そう……らびによろしくね、いつまでも大好きだよって」
『マイコ~!! 』
ぺんぺんは舞子に飛び付いた。
「お世話になりました」
太一はポン太に右手を差し出す。
『いや、こちらこそ。この城の安泰はタイチのお陰じゃ』
ポン太は右の翼を差し出し、固く握手をする。
「光栄です」
太一はにっこりと笑った。ポツリポツリと雨が降りだした。太一は舞子の肩を抱き、シートへと促す。
「舞子、そろそろ」
「うん……」
2人がシートに収まると、ぬいぐるみ達が口々に言う。
『タイチ、マイコ、元気で』
『いつでも来てね! 楽しかったよ』
「さようなら、ありがとう! 」
舞子がそう言ったとき、激しい雨が降りだした。慌てるぬいぐるみ達。散り散りに木の下に逃げ込んでいる。
「舞子、大丈夫? 」
太一の声は豪雨にかきけされてしまう。そして、眩しい稲妻と共に大きな雷鳴が轟いた、そして次の雷が2人を目掛けてに落ちてきた。
『きゃー!!! 』
《ドーーン!!!》
地面が激しく揺れる。
「……さん、お客さん? 」
「やだ、起きないの? カップルで失神て……ウケる」
うん……何だ?太一がうっすらと目を開けると、遊園地のスタッフがこちらを見て笑っている。
(えっ! )
太一は驚いて起き上がる。そして横の舞子を揺さぶった。
「舞子! 舞子! 起きろ! 」
舞子もゆっくり目を覚ます。
「太一君……」
「俺たち……」
スタッフは呆れた顔をする。
「お客さん達ジェットコースター苦手なんです? コース廻って戻ってきたら、お二人とも気絶してましたよ」
「気絶……」
「でも、戻れたんだ……」
「お客さん、次のお客さん待ってるんで、降りてもらえます? 」
「す、すみませんっ! 」
2人は慌ててジェットコースターから降りた。2人はふらふらと出口のゲートへとむかう。まだ賑わう遊園地は雨が降った後のようだ。
「ねぇ……あの日のままって事? 何も無かったって事? ぬいぐるみのお城も……全部、夢? 」
舞子は独り言のように呟いている。太一も同じ思いだった。夢か現実か……確かめる方法が思い付かなかった。
「分からない……」
と言って、舞子の頭をポンポンと叩く。
「でもさ、夢だったとしても2人同じ夢を見られたなら、それはそれでOKなんじゃねぇ? 夢とは言え、いっぱいキスもしたし」
「た、太一君! 」
真っ赤になりながら、太一を叩く真似をする。
2人は顔を見合わせて笑った。
まぁ、うんと親しくなれたし……悪くないか
舞子のショルダーバッグの隙間から、ひょこんと耳が飛び出る。それは少しの間、そよそよと風に吹かれていたが、またバッグにおさまった。
『……♪』
ー完ー
ありがとうございました!