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ぬいぐるみの世界で、本物の猫と戦います!

後編も執筆中です☆

「何とか持ってくれると良いけどなぁ」

青木舞子は、今にも降りだしそうな曇天を見上げた。まだまだ暑い9月、土曜日の遊園地。この遊園地の目玉は、なんといってもこのジェットコースター。当然ジェットコースターは長蛇の列になっている。

「間違いなく、降りそうだな」

今日の天気予報は雨のち曇。佐々木太一は言葉とは裏腹に、天気予報が外れることを願った。

「初デートなのになぁ……」

とさも残念そうに言う舞子の頭を、ポンポンと叩く。

「バーカ」

太一はそっぽを向いていた。


舞子と太一は同期入社で、入社当初から気が合い、仲が良かった。周りの誰もが2人の仲を疑ったが、お互いに他に恋人がいた。数年変わらずに過ぎたある日、舞子は突然振られてしまった。

「私の何がいけないのよぉ!」

落ち込む舞子を励まそうと、同期の仲良しグループで飲みに連れていってくれた。その中に太一もいた。

太一も同じ頃、彼女と別れたばかりだった。

(あれ、これって運命かな)

太一は驚く程ポジティブに出来ている。そして、顔に似合わずちょっと単純な考えを持つタイプだ。

たまたま帰る方向が同じだった2人。夜風はとても冷たく、悪酔いしていた舞子には心地よかった。太一は歩くのを止めて、舞子に向き直って告白する。

「なぁ、これって運命じゃないか? 」

「あぁ? 何でそうなるかな」

呆れて苦笑いする舞子の腕をつかんで、太一は真剣な表情で続ける。

「俺じゃ、嫌? 」

「え……いや、そう言う問題じゃ無いよ。別れたばかりで、もう太一君と付き合うとか、そんなの、やっぱりダメでしょ」

突然の事に思考回路が鈍り、口ごもる舞子。太一はそんな事構わず少しずつ距離を縮め、

「俺、舞子の事……好きだ」

と言いながらキスをした……


(いや、あの時の太一君カッコ良かったぁ)

舞子は馴れ初めを思い出しては一人で赤面し、デレデレしていた。隣でぎょっとしている太一。辺りをキョロキョロ見回し

「舞子お前、遊園地で変顔の練習とかするなよっ」

こそっと耳打ちする。

「練習してませんっ! 」

(あーもう! 思い出してドキドキして損したっ! )

舞子がふくれ面になる。あの時はあんなに優しかったのにと、恨めしそうに太一を見る。

「俺たちの番だぜ」

前を見ると、いつの間にか順番が回ってきていた。

(私ってば、どんだけ長い時間デレデレ思い出してたの……)

太一は190㎝近い身長。隣の舞子は155㎝、なかなかの差である。太一はキリリとした切れ長の瞳で、一瞬近寄りがたいハンサムだが、人懐っこい笑顔とその優しい人柄に老若男女に人気がある。舞子は肩よりやや長めの緩やかにカールした髪と、真ん丸の瞳。おっとりとした性格の癒される雰囲気は、男子社員からの人気が高い。


「天気、どうにか持ちそうだな」

カップルシートに座り、シートベルトを閉めながら太一が言う。

「あ、ホント。ふふっ良かったぁ」

舞子は膝の上でスカートの裾を押さえながら言った。

(ううっ……気合い入れてスカートで来ちゃった。パンツにすれば良かったなぁ)

その様子を優しく見つめながら、また、耳元で囁く。

「……舞子、捲れても見てる余裕ないから、安心しろ」

「もうっ! たいち……」

太一に文句を言いかけたその瞬間、大きな雷が鳴り響く。

《きゃー》

悲鳴が聞こえる。

「すごっ! 」

舞子も耳を塞ぐ。太一はそんな舞子を庇うように肩を抱く。

ゴロゴロ……今にもどこかに落ちそうなほど近い。そして次の瞬間、物凄い雷鳴と共に、眩しい稲妻がジェットコースターめがけて、落ちた。あちこちから悲鳴があがる。焼け焦げた臭い…

《落ちたー! 》《誰かっ》《きゃー!! 》


「……子、舞子っ……舞子……」

(うーん……痛たたっ……)

なんだっけ……私、太一君と初めてデートをしてて。スカートが短いの気にしてたら……雷が……

え? 私死んじゃったのかなぁ? やだ! 24歳と言えばまだまだこれからだし、太一君とこんな風にキスしたり……そう、こんな風にキス……え?!

「えっ! 」

舞子は太一のキスで目が覚めた。

「良かった。舞子!! 」

ほっとした顔をして舞子をぎゅっと抱き締める。抱き締められながら、舞子は辺りを見回す。生い茂る緑、見たことない鬱蒼とした、森?突然怖くなり、太一にしがみつく。

「……ここ、どこ? 」

遊具は一つもなく、もちろん雷が落ちたはずのジェットコースターすら見当たらない。

「分からない」

「……ってか、太一君今、私にキ……キス……」

思い出して急に恥ずかしくなる。太一は聞こえないふりをしている。

ガサガサっ……

目の前の草むらが音を立てる。

「……今、何か音がしたよね」

「ああ……」

ガサガサっ……ガサガサ

それは段々と近づいてくる。

(何?! 熊? ライオン? お化け? ゾンビ?? )

恐ろしさのあまり心臓が激しく脈を打つ。太一にしがみつく事しか出来ない。

ガサっ!!

「きゃー! 」

ぴょーーん!!


「……」

「……」


「……うさぎ、だな」

「……うさぎ…だね」

2人はしばらく考えていた。

勢い良く2人の前に飛び出して来たのは"うさぎ"だった。

(うーん。何かと聞かれればうさぎ。100人に聞いたら100人がうさぎ、と答えるだろう)

今目の前にいるのは、ふわふわの生地、ステッチの効いた縫い目……そう、ぬいぐるみの"うさぎ"だった。

(どうだろう、この状況。もう一度寝るか? 寝たら目の前から居なくなってるか? )

太一は真剣に悩んでいる、その横で腕組みをする舞子。

「どうした? 」

「うーん……私どこかで会ってる……」

うさぎと見つめ合う。

『……』

うさぎは身動きをせず、こちらを凝視している(ようだ)。突然舞子が思い出した様に叫ぶ。

「あっ! らび?! あなたらびじゃない? 」

「ら、らび? 」

ぎょっとする太一と対照的に思い出した喜びで、舞子はみるみる笑顔になる。

「ま、舞子、こちら知り合い? 」

「昔私が作って、友達にプレゼントしたの」

「手、手作り?! 」

(いや、ちょっと、頼む、置いていかないでくれ)

トタトタトタ……トタトタトタ

ぎこちない足取りで2人に近づいてくるうさぎ。もはやホラー。

トタトタトタ……ペショ

(あっ、こけた)

「あなた、らびなんでしょ? 」

うさぎのぬいぐるみに駆け寄り、そっと抱き起こした。

『やあ、マイコ、久しぶり』

(えっ! 日本語?? )

むくっと起き上がって舞子に飛び付く。

「きゃー、らび! こんな所で会えるなんて! 元気だった? 」

(こんな所? 元気?? )

『さっき、マイコ空から降ってきたよ』

空を見上げる2人。空から??

「えっ…そうなんだ…ここはどこ? 」

『ここ? うーん、夢と現実の真ん中? 』

「そっかぁ」

(納得?! いや、舞子、順応性ありすぎだろ)

らびは太一を見る。

『ところでこれ、マイコのなに? 』

「ああ、太一君よ。ふふっ私の彼」

少し恥ずかしそうに耳打ちをする舞子。

じーっと太一を見るらび。

『……。……。……ぷーっ!!! 』

我慢出来ずに吹き出しているらしい。

(このっ! 耳引っこ抜くぞ! )

『行くとこ無いなら、ついておいで』

らびの提案に従うしかなかった。


一時間ほど歩いただろうか。長い森を抜けると目の前に白くて大きなお城がそびえ建っていた。お城を見上げる2人。

「うわぁ…絵本みたい☆ 」

わくわくした表情をする。

(いや、舞ちゃん、俺を置いていかないでくれ)


お城の中庭で何やら声がする。バシッ、バシッ

「あれは何をしているの? 」

舞子がひょいと覗き込むと、そこでは数体のぬいぐるみ達がチャンバラをしていた。そう、まさにチャンバラ。ぬいぐるみ達が手にしているのは、剣、なのだが、それは遠くから見てもふわふわだった。

(あれは、フェルトかな。ぬいぐるみらしいな)

舞子は思わず微笑んだ。

『あれは特訓だよ。敵と戦うための』

(いや……無理でしょ)

「そもそも敵って? 」

『それは、後で長から…着いたよ』

らびが大きな入り口でノックをすると、扉はゆっくりと開く。

『お客さんだよー』

らびが声をかけると、中から沢山のぬいぐるみ達が出迎えてくれた。

『ようこそ!! 』

『うわぁ……すごーい、夢みたい』

舞子はキラキラと目を輝かせてお城に足を踏み入れた。

「ち、ちょっと舞子! 」

舞子のテンションは最高潮だった。

(夢なら早く覚めてくれ! )


らびは2人を大広間に案内する。

(いや、シャンデリアとか本物見たこと無かったぁ。キラキラしてキレイ~)

舞子はハイテンションで、城内をキョロキョロ見回す。

『ここが大広間。マイコ達の食事は、ここに用意するよ』

扉が開くと、さっき出迎えてくれたぬいぐるみ達が一斉にこちらを見る。よく見ると、色んな顔ぶれだった。破れかけている者、新しい者、古い者。種類の分かる者、明らかに空想の者。

『お腹空いてる? これ、みんなが買い主さんの見よう見まねで作った。食べて』

長いテーブルに様々な料理が並んでいる。

(そう言えば、何も食べてない)

2人はテーブルに座ると、食事を食べ出す。思っていたよりも、ずっと美味しかった。ざわついていたぬいぐるみ達が、端から静かになる……誰かが入ってきた様だ。

(フクロウのぬいぐるみ? )

それは舞子達の前に来て、止まる。

『ようこそ、ニンゲン。ワシはこの者達の長でフクロウの"ポン太"だ』

(やばい……)

舞子と太一は急いで下を向く。

(いや、みんなを治める長が "ポン太" って)

(買い主さんが決めたとは言え "ポン太"ダメだ、ウケる……)

2人はしばらく声を出さずに笑いを堪えていた。

『……つづけても? 』

ポン太は口を開く。怒ってはいないようだ。2人はうなずく。声に出して返事すると、笑ってしまいそうだったからだ。


『ここは古くなったり、飽きられたりして、買い主さんから捨ててられたぬいぐるみ達が集まっている』

(うん? 私のプレゼントのらびは……? )

舞子がらびを見ると、らびはわざとらしくそっぽを向いた。

『ワシ等は静かに、楽しく暮らしておったのじゃが、最近になって猫の溜まり場になっておるのじゃ』

(え? らびは美知子ちゃんに捨てられたって事? )

『その数、数百とも数千とも言えよう』

「ってか、美知子ちゃんひどいっ! 」

「えっ、そこっ? 」

(いや、舞子話聞いてないかーいっ)

太一は舞子の怒りを沈めつつ、口を開いた。

「危害を加えられたり? 」

ポン太は首を横に振る。

『猫達が来るとみな怖がって、部屋から出て来ないんじゃ。あれだけの数揃うと、鳴き声も異常なほど大きくて恐ろしい』

ポン太はため息をつく。

『他にも鉄の塊の犬を見かけたと言う情報もある』

鉄の塊の犬……ロボット犬か?

『何とか知恵を借りられまいか』

心配そうな舞子。少し考え込んだ太一。

(なるほどね。それでさっきの特訓を……)

「ちょっとお時間貰っても構いませんか? いい案が無いか考えてみます」

(た、太一君カッコ良い~! )

「太一君、大丈夫なのかな? 」

太一は親指を立ててニヤリと笑う。

「俺に任せてろ! 勝算はある」

もともと、彼もポジティブで単純な性格であった。


「私がもっと可愛く作ってあげてたら、らびの運命もちがってたのかなぁ」

部屋に案内されながらポツンと呟く。案内はキリンのぬいぐるみの"シマウマちゃん"。ここまで来ると、んもう、わけが分からない。

『らび、可愛いよ』

長い廊下の一番奥でシマウマちゃんは止まった。大きな扉。

『ここが2人の部屋だよ』

「……」

2人は顔を見合せる。

「えーと、シマウマちゃん? 人間の世界ではですね、結婚前の男女が1つの部屋に泊まると言うのは……」

『急なお客さん、部屋無い』

少しムッとした口調になる。しゅん……ですよね。

「ごもっとも…あれ? シマウマちゃん、しっぽが取れそう」

『買い主さんに振り回された時に……』

いいよどむシマウマちゃん。舞子は少し寂しそうな顔をした。

「ちょっと待ってね」

いそいそと鞄から立派なソーイングセットを取り出した。ぎょっとする太一。

「舞子、なんでデートにそんな物持って来てんだよ」

「だって太一君が転んでズボン破いちゃうかも知れないし、壁の釘に引っ掻けて破いちゃうかも知れないし」

(俺は子供かっ)

涼しげに答えて、鼻歌混じりで針に糸を通す。慣れた手つきに見とれてしまう。

『それ、痛くしない? 』

「うーん(相手はぬいぐるみだしなぁ)……やってみない事には何とも。でも痛かったら言って? 止めるから」

舞子は手際よく、シマウマちゃんのしっぽのほころびを直した。

『痛くなかったよ、マイコありがとう! 』

シマウマちゃんは嬉しそうに戻って行った。


2人きりの部屋。

しーん

「じ、じじじじゃぁ、寝ましょうかっ」

「そ、そそそそうだな、明日も早そうだし! 」

「おやすみっ! 」

2人の声が被る。

(いきなりこれは無いでしょっ! 緊張して眠れない……)

すぴーすぴー……

(えっ、舞子寝るのはやっ)

ため息混じりに一人でベッドに起き上がる太一。隣の舞子の寝顔を見て、そっと髪を撫でる。

「これは結構しんどいぜ? 」

と苦笑いして、おでこにちゅっとキスをした。


太一は早起きしていた。いや、起きざるを得なかった……舞子が寝ぼけてしがみついてきたからだ。

(ご、誤解するだろうがっ)

太一はここに来る途中見かけた、葉っぱを思い出していた。

(ひょっとしたら、使えるかも)

「あ、太一君おはよう。意外と早起きなんだ」

「おはよ、一言多いんだよ」

(誰のせいだと思ってるんだ! ったく、人の気も知らないで)

窓から射し込む朝日に、舞子の白い肌が眩しい。開けられた窓から秋の風が入り込み風になびく髪も、とても綺麗だった。しばらく見とれてしまった。ドキドキ……

「舞子……」

太一が舞子に触れようとした瞬間、勢いよくドアが開く。

ぴょーーーーん

『マイコおはよ、タイチもおはよ!ごはん出来てる』

(恐らくニコニコして)らびが入ってくる。らびはタイチに飛び付いて腕にちょこんと収まった。

(……覚えとけよ)


朝ごはんも豪勢なものだった。2人しか食べないのだが。

『その葉っぱなら、生えている場所分かる。後で一緒に行こう』

食事するのを見ていた、ぺんぎんのぺんぺんが言う。

「助かる! 急いで食べるよ。舞子はどうする? 」

「私は残って、(フェルトの)武器を修繕しとく」


太一は出かける準備をし、舞子に声をかける。

「じゃ、行ってくる」

「はーい、いってらっしゃい」

笑顔で送り出す。

(いや、新婚かいっ)

一人で照れながら、もう一度振り返る。他の舞子が縫い物をする姿が大好きだった。優しくて、舞子の周りには暖かい空気が漂っている……そんな感じがした。いつの間にかその手解きを受けようと、舞子の周辺に数体のぬいぐるみが集まっていた。


太一はぺんぺんと愉快な仲間達と、森へ入った。正直、動物か何か分からない者もいるが、比較的みんな愛嬌がある。ずんずん進む。

(確かこの辺……)

「あった、これこれ」

蔓状に延びる、楕円形の葉っぱ。そして、その実。太一は持てる限り、実を収穫した。太一の周りで、仲間達も収穫を手伝う……モタモタ……手伝う?集めた実をこぼす……それを追う、わらわら……

(頼む! じ、じゃましないでくれ)


太一とその仲間達は、日が暮れる少し前に戻って来た。

「つ、疲れた」

帰るなり大広間のソファに寝そべる。舞子は太一に駆け寄る。太一が持って帰った大量の実をしげしげと眺める。

「これ、何の実? 」

「マタタビ」

「マタタビ?! 猫が喜ぶやつ? 」

「そうそう。これで猫を手なずけるって作戦」

なるほどね。

『皆で手分けして、頑張りましたー! 』

おおーとぬいぐるみ達の労いの歓声と拍手。

(い、いや、俺一人の方が捗りましたけど? )

『英雄達に宴を!! 』

(まだ、作戦成功してませんけどー!! )

こうしてお城の夜は更ける……


翌朝、お城の中庭。よく晴れている。

太一はマタタビの実を潰し、砕き団子状の物をひたすら作っている。何度かぬいぐるみ達が手伝いに訪れたが、太一はやんわりと断っている。舞子は首をかしげた。

「手伝って貰ったら? 」

「舞ちゃん? 彼らはお仕事を増やす天才なんだぜ? 」

「その言い方っ」

舞子は思わず吹き出してしまう。そして、手際よく作業する太一に見とれていた。

「太一君、手慣れてる」

「特別に手伝わせてやっても良いよ、舞子なら」

舞子はふふっと笑いながら、太一の隣で見よう見まねで作ってみる。

「おままごとみたいね」

舞子が子供みたいにはしゃぐ。その笑顔に思わずきゅんとした。

(い、い、いやいや、きゅんって)

太一は赤面しながら、首を振る。

「それにしても、マタタビなんて良く知ってたわね」

「うち実家で猫飼ってるからさ」

まばたきをする舞子。

「へぇ、そうなんだ、知らなかった……」

(良く考えたら、私、太一君の事あんまり知らない……)

そう考えると、少し寂しくなる。急に作業が遅くなったのを不思議そうに見たが、太一は特に気にはしなかった。


「こんなもんかな」

額の汗を拭う。中庭にずらっと並んだマタタビ団子。ぬいぐるみ達もなぜか整列している。

『これどうする? 』

「お城の周りにまんべんなく並べよう。どこから来るか分からないし」

『了解!! 』

ぬいぐるみ達は一斉に団子に群がり、あっという間に全てを並べてしまった。

「あとは、夜を待つだけだな」


その日の夜。舞子と太一は真っ暗な部屋のバルコニーに居た。いや、何もラブシーンな訳ではない。部屋の明かりも消し、バルコニーに望遠鏡と三脚を準備して、来るであろう敵を待っている。敵に見つからないように、望遠鏡ごと黒い布を被り、隠れている。

「来るかな? 」

「来るさ、マタタビあるし」

「逆に呼び寄せてるんじゃない? 」

「それで良いんだよ」

「……何か、近い」

「え? 」

舞子と太一は1つの望遠鏡を見ているからだ。近い、と言うかほぼ密着状態。

「この状況で贅沢言うな、アホ」

太一の声は笑っていた。

(そういう意味じゃないんだけどなぁ……ドキドキしちゃう……)

どのくらい時間が経っただろう。

「た、太一君」

「うん……」

真っ暗闇の中に光が2つ…4つ……奴等が来た!

「何か凄い数……怖い」

ニャーニャー

ニャーゴ、ニャーゴ

その数、数百とも数千とも……鳴き声がこだまして、頭がどうにかなりそうだ。耳を塞ぐ舞子。

(他のみんなは大丈夫だろうか? これは、失敗? したのか? )

太一が諦めかけた時……


にゃーお

にゃにゃにゃにゃーお

威嚇するように鳴いていた猫が、甘えた声に変わる。マタタビの匂いですっかりいい気分になったようだ。猫はじゃれたりゴロゴロ砂に背中を擦り付けたりしている。


(はぁぁぁ……助かった……)

『タイチ、大成功だね』

らびが飛び込んでくる。らびを受け止めて、太一はそのままポン太の所へ向かった。

「ポン太さん、いまです。話し合いを」

『うむ』

ポン太はゆっくりと玄関へ進む。

(うーん、行きたくないんだな。分かりやすいなぁ)


ぎぃぃぃ

重たいドアを開け、マタタビですっかり可愛くなった猫の前に進む。

『この者達の長はおるか、話がしたい』

そう声をあげると、意外とすぐ近くから声がした。

『私だ』

これまた意外に、小さな真っ白な猫。小さいが毛並みは艶やかで汚れ1つ無い、綺麗な猫だった。

『中へ』


猫の集団も理由は同じだった。飼い主に捨てられたり、いじめられたりして逃げてきた。初めの1匹に始まり、いつの間にか大所帯になってしまった。

『嘆かわしい事です』

白猫は悲しそうに言った。数の増えた群れは、安住の地を求めてさ迷い、この土地へたどり着いた。そして、この城からの良い匂いに誘われて、いつしか溜まり場になってしまった。

『怖がらせてすまなかった』

『どうだろう? 今後我々と共存出来るように、仲間を説得してみては』

(ポン太、たまに良いこと言うじゃん)

部屋の外で聞いていた太一と舞子は、ハイタッチをした。

猫達はひとしきりごろついた後で、マタタビを全て回収し森の中へ帰っていった。


時々数匹ずつ、猫が遊びに来るようになった。


ある日の午後。冬が始まろうとしていた。

舞子は太一を誘って森へ散歩に出かけている。

森へ入った2人。会話もなく黙ったまま歩いている。

「太一君? 」

「うん? 」

「いや、良い天気だねぇ……あの遊園地のカップルシートも、そろそろ探さなきゃだねぇ」

あははと頭をかく。

「……どうした? 舞子、何か言いたいことでも? 」

真っ赤になって目を背ける舞子。

(うーん、明らかにおかしい……)

「どうした? キスでもして欲しいのか? 」

太一が冗談混じりに言うと、舞子は少しうつ向いて

「……うん」

と、答えた。

「えっ! 」

自分で言ったものの、冗談のつもりだった。思っていた答えとは真逆の返事。太一が驚いて動けずにいると、舞子は慌てて継ぎ足しする。

「いやっあのって言うか……その……ここへ来て、そう言う事してないじゃない? 毎日一緒にいて、毎日一緒のベッドに寝てて……あの、全然何もないし……いやっ、あの、何かして欲しい訳じゃなくて…私って、女として魅力無いのかなとか、付き合って後悔してるのかな、とか……他の人、いやここの場合、他のぬいぐるみの方が良くなっちゃったのかなぁ、なんて」

(いや、最後の方、明らかにおかしいだろ)

太一は、はぁと深いため息をつく。そして舞子をまっすぐ見つめる。

「あのなぁ、舞子。俺、これでも我慢してるんだぜ? 」

そう言いながら舞子に近づく。ドキン

「キスしてやるから、こっち来いよ……」

そう言って、太一はゆっくりと舞子にキスをした。

「……あんまり、俺の事煽んな……」

苦しそうな表情で言う。キスは段々と激しくなり、荒々しく舞子を求める。

(太一君……いつもと違う)

舞子がバランスを崩し2人は倒れこむ。太一のキスは終らない。今まで抑えていた物が外れたように。

「あのっ……たい、ちくん……」

はっとしてすぐに止め、愛しげに舞子の髪を撫でて

「ごめん」

と言い、深呼吸した。

舞子の横に仰向けになった太一。

「毎日さぁ、横に寝てるの、何度もキスしようと思ったんだぜ。だけどキスで終わる自信も無かったし、そもそもこんな夢の国みたいな所で、そんな現実的な事、舞子が望んでるかなって思ってさ」

「太一君……」

「元の世界に戻ったら(うーん、戻れるかな)一晩中だって、してやるから、そのつもりで覚悟しとけ」

「!! 」


2人はお城に戻る。らびは勢いよく太一に飛び乗る。その様子を微笑ましく見る舞子。舞子の後ろを歩いていたねこちゃんが

『マイコ、髪の毛にいっぱい草付いてる、タイチと何してた? 』

「ええっ」

焦って手櫛で髪の毛を解かす。

太一は振り向いてニヤリと笑う。

(気がついてたなぁ! )


『あ、お邪魔しております』

大広間のドアが開き、人間の女性が出て来る。

(えっ?! 人間?? 誰っ?? )


~後編へ続く~









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